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喪女が人生やり直したら?  作者: 斉藤ナオ
11/13

11話


   34


 「そうだ! 確かに。本当にあの時は、ありがとうございました」


深々と頭を下げるパパさん。


 宇田川さん、結婚していて、子どももいるんだ•••。じゃなくって! まさか、私が男の子を助けたことで、何か起こっているとか?


 頭を振って、息をはく。宇田川さんの子どもと目が合うと、ほほえんでくれた。私がこの子を助けたことで、今、何か起こっているとしても、この子が車にひかれてもいいとは思えない。ビビりながらだったが、気合いを入れて


 「今日は、お二人とも偶然•••会ったって感じですか?」


 飯田くんと宇田川さんを交互にみながら聞くと、横に座っていたキミが


 「宇田川さんの子が飯田さんにぶつかっちゃって。それで飯田さんが起こしてあげたところに、後から来た宇田川さんを見て。そしたら飯田さん、顔を真っ赤にさせたかと思ったら、いきなりお店に入ろうとか言い出して。ね?」


 キミが話している間も顔を赤くする飯田くん。そんな飯田くんを責めるように見るキミだったが、私は逆に顔が青くなっていたと思う。


 未来をかえた何かの代償? また飯田くんを巻き込んでしまったの?


 飯田くんが宇田川さんにどんな話があったのかわからないけど、私が男の子を助けたことで、飯田くんと宇田川さんは出会ったのでは?


 自分の鼓動で胸が痛くなる。つらそうに見えたのだろう。男の子も含め、全員心配そうに見ている。


 「ど、どうしたの? やっぱり帰る?」

 「いえ•••、飯田くんたちが大丈夫だったら、やっぱり一緒にお話を聞かせてもらえれば•••」


 キミの言葉はありがたかったけど、もし私が原因だったら•••という責任感の方が強かった。

 私の言葉を受けて、宇田川さんは息子と旦那さんを見ると


 「リク、聞いてくれる? ママ、リクを助けてくれたお姉さんと大事なお話があるの。パパと待っててくれる?」


 男の子は私の方を見ると、ぺこりと頭を下げた。来た時と同じようにテーブルの下をくぐると、父親の手を握って、一度宇田川さんを見てから立ち去った。


 「話の腰を折ってごめんなさい。えっと、別れた時のことだよね?」

 「あぁ」


 飯田くんの声がかすれている。緊張しているのが私にもわかった。


 「結論から言うと浮気はしてないよ」


 思わずキミを見ると、キミも微妙な表情になっていたが、黙って聞いている。


 「でも、しおり•••。あの時、何も話をしてくれなかったから•••」

 「うん。でも浮気はしてないよ、本当に」

 「そうか•••」


 飯田くんの身体から力が抜けるのがわかった。しばらく、沈黙が続いたが、飯田くんから


 「しおり。もう一つ、教えてくれないか?」

 「いいよ」

 「•••なんで説明してくれなかったんだ?」


 飯田くんは怒るでもなく、悲しそうな感じもなかった。ただ、何かの感情をおさえているのはわかる。宇田川さんも少しだけ下を向いたけど、すぐに飯田くんの方に視線を戻した。


 「卒業した頃のこと、おぼえてる? お互い社会人になって、気持ちに余裕がなくなっていって•••」

 「•••連絡しなくなっていったな」

 「うん•••。それで•••他の人がいる前で恥ずかしいけど•••」


 宇田川さんは言いづらそうにしていたが、まわりを見てから


 「あの時の私、精神的につらくて、寂しくて•••」


 宇田川さんの声が小さくなる。下を向いてしまったが、その場の皆が宇田川さんの言葉を待っていると、赤くなった顔を上げて


 「正直、抱いて欲しかったの」


 え?

 だ、抱くって、その、いわゆる•••。


 動揺する私なんかにかまわず二人は話を進める。


 「•••そうか。じゃあ、俺は逆なことをしていたわけか•••」


 首を振る宇田川さん。


 「アキトが優しいのはわかっていたの。ただ、私のわがままで•••」


 二人とも、そのまま黙ってしまう。

 先に話しかけたのは、飯田くんだった。


 「しおりが何か言いたいことがあるっていうのは、感じていた。でも、あれこれ聞くのもって思って•••。いや、ウソだな。ただ臆病だったんだと思う。優しいふりだけで•••」


 再び黙ってしまう二人。

 沈黙をやぶったのは、キミだった。


 「えっと、飯田さん。とりあえず話はついたってことですか?」

 「あぁ、そうだな。しおりも秋野さんも、島田さんも悪かった」


 頭を下げる飯田くん。


 え? 今の会話で何か解決したの?


 戸惑う私をよそに、皆席を立ちたじめた。流れ的に私も立ち上がって席を離れると、飯田くんと宇田川さんは立ったまま向かい合っている。そこへ男の子が走り寄って、宇田川さんの足にしがみついた。

 それを合図に


 「悪かったな。時間とらせて」

 「ううん。正直、私もアキトのこと、心配だったから」


 宇田川さんが私をチラッと見る。


 「でも大丈夫そうだね」

 「わからないけどな。ライバルもいるし。でも頑張ってみるよ」


 お互い笑いながら、どちらともなく離れた。


 それを少し離れたところから見ていた私たちだったが、キミでタックル気味に抱きついてきて


 「お姉ちゃん、この後、どうするの?」

 「え? いや、今日はこのまま終わりじゃない?」


 小声でやりとりしていると、飯田くんが近づいてくる。


 「秋野さん、今日は本当にごめん」

 「飯田さん、これからどうするんですか?」


 キミが飯田くんにつっかかる。


 「え? いや、こんな状況にしておいて何なんだ、って思うだろうけど•••」


 思わずキミの服を握ってしまう。それを感じてか、キミは半歩前に出ると


 「当然、ご馳走してくれますよね?」


 キミ! 違うだろ~!


 「え? あ、もちろん•••」


 見ろ、飯田くんも呆気にとられてるじゃないか!


 「お姉ちゃん、お店、まだ大丈夫だよね?」


 時間を確認する。


 なに? えっと、行きのタクシーくらい飛ばせば•••。


 「たぶん、大丈夫」

 「よし! じゃあ仕切り直しだ! 飯田さん、しっかりね!」


 そう言うと、この店のレシートを飯田くんに手渡して、キミは去っていった。


 「じゃあ、行こっか」

 「は、はい•••」


 すでにHP、だいぶ削られているの、気のせいじゃないよな•••。



   35


 タクシーは飯田くんがつかまえてくれた。私が運転手さんに行き先を告げると、思ったほど時間もかからず、当初の予約時間より三十分の遅れでお店の前に着いた。タクシー代も飯田くんが払ってくれる。

 到着したのはスペイン料理のお店で、遅れたことをお店の人に謝ると、席に案内された。


 とりあえず、落ち着けたけど•••。


 望月くんと違って飯田くんは口数が少ない。ぐいぐい来られても困るけど、私から話しかけるのには、まだまだ修行が足りないッス•••。

 というわけで、お店の人が来るまで、私たちは無言だった。

 そして第一声は飯田くんで


 「ビールで。秋野さんは?」

 「赤ワインをグラスで」


 で会話は終了。


 •••と思いきや


 「すみませんでした」


 頭を下げる飯田くん。


 いや、マジでみんな見てるから!


 私は慌てて


 「いや、大丈夫なんで! とりあえず頭を上げてください•••」


 半立ちで手をじたばたさせる。

 それでも数秒間キープしていた飯田くんは、頭を上げると


 「言い訳になるけど、俺の話、聞いてもらっていいですか?」

 「は、はい•••」


 もちろん正直なところ、事情は知りたかった。飯田くんの方から話してくれるのなら、聞きたい。

 飯田くんが話し始めるのを待っていると、最初の一皿目がきた。と同時に飯田くんは次の飲み物を注文する。


 ペース、はやくないか?


 最後の一口を飲み干すと、飯田くんは話し始めた。


 「しおりとは同じ大学で、それでまわりの勧めで付き合い始めたんだけど•••」


 まわりの勧め?


 「しおりは俺の友だちからも人気があって。あの時、俺がちゃんと考えれば良かったんだけど•••。いいヤツだってことは知っていて、あまり深く考えないで、付き合うことにしたんだ」


 話し方にこの間の飯田くんのキレがない。まぁ、確かにあまり思い出したくない記憶っていうのは、誰でもあると思う。私なんか思い出したくない記憶を全てデリケートしたら、生きていくのに必要な記憶すらなくなるよ。


 あれ? 飯田くんにその気がなかったってことは•••


 「えっと、しおりさんが飯田くんのこと、好きだったってこと?」

 「••••••そうだったらしい」


 困ったような顔をして答える飯田くん。アルコールのせいか、そうじゃないのか、顔を赤らめる。

 飯田くんは息をつくと、


 「最初に断っておくけど、俺、別に女の人に興味がない、ってわけじゃないから」


 はい?


 「しおりと付き合い始めたんだけど、その•••。はっきり言うと性欲がもともとあんまりないみたいで。で、結局いつもキスまでしかいかなくて•••」


 まぁ、性欲がありすぎても困りものだけど、なかったらないで大変なのかな?


 「それで、さっき話してた通り大学も卒業して、お互い社会人になったんだけど•••」


 さらに歯切れの悪くなる飯田くん。


 「俺としては、その•••、そういうことは結婚してからのつもりで。しおりに対しては、大切にしているっていう気持ちで付き合ってたつもりだったんだけど•••」


 マジ? 乙女か!


 心の中で盛大にツッコミを入れる。


 「そしたら、大学の友だちとしおりが付き合っているって聞いて•••。本当か聞きに行ったら」


 行ったら?


 思わず身を乗り出していた。


 「逆に、私のどこが好きなのか? って聞かれて•••。情けないけど、答えられなかったんだ」


 あちゃー、やっちまったなぁ。

 まぁ、喪•••私も人のことは言えないけどね。


 「それからは、女の人のことがわかんなくなって•••。そのことがあった後、別の人と付き合ったこともあったけど、なんか違って•••」


 なに? 結局、別の女と付き合ってんの? これだからリア充は•••


 左手首の青い輪ゴムが目に入る。


 あっぶねー。また宮野さんに怒られちまう。


 パチン!


 宮野ゴムで軌道修正すると、黙ってしまった飯田くんに私としては素朴な疑問をなげてみた。


 「えっと、飯田くんは宇田川さんが浮気したと思っていたんですか?」


 宇田川さんの浮気が許せなくて、女の人とうまくつき合えなくなった、とか?

 正直、そんなに深い意味で聞いたわけじゃなかったんだけど、飯田くんのリアクションに驚いた。

 咳き込む飯田くん。顔を手で拭うと、覚悟を決めた表情で私を見る。


 「確かにそう思っていた。•••でも、それは•••、俺がしおりへの気持ちに向き合っていなかったことから逃げるため、だったんだと思う。っていうか、情けないけど、たぶん•••」


 飯田くんが頼んだ二杯目と料理が運ばれてくる。

 それらがテーブルに置かれている間、私は飯田くんを見つめていた。最初はわからなかったけど、飯田くんが苦しそうな顔で、でも必死に話す姿に、私の胸の中で共感のようなものがわき上がってきていた。

 お店の人が下がると、飯田くんは私をまっすぐ見て、絞り出すように言う。


 「俺は•••、しおりを好きじゃなかったんだ•••」


 私はなんて言えばいいのかわからず、下を向いて、チラチラと飯田くんの顔を伺っていた。

 そんな私に気づいた飯田くんは、勢いよく二杯目に口をつける。


 「今、話したことを自分の中ではっきりさせたくて•••。これがドタキャンしようとした理由。本当にごめん!」


 そう言うと、再び頭を下げる。

 でも、今回は私も同じように頭を下げて、謝った。

 私に気づいた飯田くんは焦りながら


 「な、なんで秋野さんが謝っているの?」


 顔を上げて、飯田くんの目を見ながら


 「今日、お誘いしたのは、この前、せっかく来てくれたのに、わけのわからないことを言って、帰ってしまったのを謝りたかったから•••、ごめんなさい」


 頭を下げる私に飯田くんは動揺しながら


 「それは俺たちが、酒の席で、二人同時に、おまけに久しぶりに会ったっていうのに、あんな大事なこと言ったからで•••」


 首をふる私に、飯田くんは言葉を止める。


 パチン!


 宮野ゴムを一回使って、あらためて飯田くんを見る。


 今度は私のことを話そう。



   36


 私も昔のトラウマがあって、そこをいつも心の逃げ場所にしていたこと。結果、他人と真剣に付き合うことから逃げてきたこと。まわりの出来事に対して、いつもネガティブにとらえ、自虐的な考えで自己完結してきたこと。

 そんなことを飯田くんに話した。

 飯田くんは否定するでもなく、諭すわけでもなく、ただ、聞いてくれた。


 「そうだったんだ•••」


 それだけ言って、飯田くんは残りの料理を食べている。

 そんな飯田くんを見ていたら、頭がフワッとした。


 あれ? 私、酔った?


 話していたからか、話していた内容のせいか、気がついたら結構な量を飲んでしまっていた。そのせいもあって、そこからは私も料理の感想くらいしか話せなかった。

 そのまま静かな時間が流れる。

 そして最後のデザートがテーブルに置かれた。

 デザートを食べていたら、一つの疑問が頭に浮かんだ。ポワンとした頭で飯田くんを見る。もうデザートだし、最後に、ということで飯田くんに聞いた。


 「あの、わからないことがあって•••。できたら教えてくれる?」

 「あぁ、もちろん」

 「飯田くん、女の人のこと、わからなくなったって言ってたけど•••」


 いざ、口にしようとすると、急に恥ずかしくなった。でも、私の言葉を待っている飯田くんを見て、気合いを入れ直す。


 「それなら、なんで私のこと、その•••、そういう風に思ったの?」


 うぅ、顔が赤いのが自分でもわかる。今度は私が飯田くんの言葉を待った。


 「•••正直に言うけど、気を悪くしたら言ってくれ」

 「•••はい。わかりました」

 「この前、秋野さんを久しぶりに見て、今までつき合った女の人たちと、その、無意識に比べてしまって」


 いくつかの単語にひっかかったが、とりあえず続きを聞く。


 「直感的に、つき合うならこの人だ、って思ったんだ」


 ウソをついているようには当然見えない。

 けど•••。ネガティブにならないように普通に考えてみても、美人でもスタイルがいいわけでもないのは自覚している。

 正直、今の気持ちは、本当かよ~、って感じ。

 それを察したのか、飯田くんはさらに続けた。


 「うまく説明できないけど、でも、わかったんだ。自分で言うのも変だけど、ほとんど心が動くことなんてない俺が、秋野さんを見た瞬間、はっきり『付き合いたい』って思ったんだ」


 今、耳まで熱い•••。自分から聞いておきながら何だけど、今、私、めっちゃ告白されてないか?

 私の様子を見て、飯田くんは自分が言ったことに気づいたらしく、二人で真っ赤になっていた。

 思い出したように飯田くんはデザートを食べ始める。

 私も熱くなった顔に冷たいデザートが心地よかった。

 二人してあっという間に食べ終わる。人心地つくと、目が合い、お互い笑い合う。


 「お、おいしかったな」

 「そ、そうだね」

 「じゃあ、出よっか」

 「はい」


 アルコールと先ほどの会話のせいで、ふらふらした。なんとか真っ直ぐ歩くことに集中する。気がつくと飯田くんが支払いを済ませていた。

 お店を出たところで


 「ごめんなさい。いくらでした?」


 私の飲み物代で、結構いったはず。なんかこれじゃあタダ酒飲むだけのヤツのようだと思った。

 飯田くんは照れながら


 「島田さんにも言われたし、大丈夫だよ」


 頬をポリポリとかいたりしている。

 そのはにかんだ笑顔と、スーツと、見上げるほどの長身は、私の好みのど真ん中で、リアルに後ろへよろけてしまった。


 「あ、秋野さん!」


 飯田くんはサッと腕をまわして、私を支えてくれた。飯田くんの顔が驚くほどアップになる。お互い、顔を真っ赤にしながら、バッと離れた。


 「ご、ごめんなさい!」

 「大丈夫?」


 飯田くんに支えられたところが熱い。正直、クラクラしている。これがアルコールなのか、そうじゃないのか、もうわからなかった。


 「うぅ、みっともないとこばっかり見せちゃって•••」


 マジ、ヘコむ•••。でも、次の飯田くんの言葉は私をノックアウトするのに十分だった。


 「そんなことない。むしろかわいい•••、って秋野さん!」


 ヤバいヤバい! 今、自分がちゃんと立っているのかもわからない。


 あれ? じゃあ、なんで私、倒れないんだ?


 なんか身体が楽。全然、力を入れないでも平気だ。ボケた頭で見上げると、顔を赤らめた飯田くんのアップがあった。


 あ、なんか飯田くんが話している•••。


 それが最後の記憶だった。



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