沈んでしまった宝物
空と地面の境界線は 目には見えないけれど
手を伸ばせばそこにある この空気も 空の一部と言うならば
僕は
とても低い空の中を 今歩いているのかな
元居た場所へと戻り、ゴンドラの上に寝そべると、また一人お客さんが乗り込んできた。
いや、正確には一匹。
「レイン、今日は魚はないよ。」
にゃーんと僕に擦りよってきた黒猫は、名前をレインと言う。
かれこれもう五年の付き合いになる僕の飼い猫だ。
名前の由来は、この街で突然降り始めた黒い雨と突然僕の前に現れた黒い猫が何となく似たものに感じたからである。
黒は不吉。
そんなイメージを持つ人は多い。
雨が黒くなった時、街の人は実際大騒ぎだったし、それが理由で街を出た人も多かった。
ただ、僕は不吉というよりは、こうしてほしいという何か空からのメッセージのようなものだと、なんとなく思っている。
だから僕は雨が嫌いじゃないし、不吉とは思わない。
ただちょっと雨を見ると悲しくなるだけだ。
「陽が高くなってきたな…。」
今日は二番街に住むじいさんの忘れ物を沈んでしまった一階に取りに行く約束になっている。
急に水位が上がったこの街では、一階から二階に引っ越しする際に大事なものを忘れてきた、というのは、よくある話だ。
それを探して持ってこれたら、1割のお礼を渡すこと。
そんな、暗黙の決まりごとなんかもある。
ただ今回は、じいさんの思い出の品らしく、恐らく金目のものじゃない。
まぁ、近所付き合いのただ働きというところだ。
思い出の品か。
一体どんなものだろう。
写真?いや、音楽好きのあのじいさんのことだ。古ぼけたギターとかピアノとかだろうか。
いずれにしても、持ってきやすい軽い物であることを願うばかりだ。
そんなことを考えながら、ゴンドラを漕いでいると目的地近くでまた引っ越しの準備をしてる家族を見かけた。
小さな女の子二人がお揃いのぬいぐるみを抱えながら、両親にくっ付いて荷物運びを手伝っている。
恐らく明日にはこの島を出るのだろう。
レイラの飛行船に乗って。
そうやって、また一つ、また一つと島の住人が島を出る。
レイラは、この島を出る全ての人を送り届けたらどうするのだろう。
この街を出て行くのだろうか。
それはまだ先のことかもしれないけれど、そう遠くないうちにそんな日が来るのだろう。
「さて…と。」
ゴンドラの上で潜水服を着る。
これは、服の上から被るオーソドックスタイプで、このタイプの潜水服は、酸素ボンベはついておらず、首から下への水の侵入を遮断するだけだ。
一時期は、肌に直接噴射して、水を遠ざけるスプレータイプなんて物が開発されて、潜水服なんて時代錯誤な物は無くなるって言われていたが、そいつを開発していた研究者も途中でこの街を出ていった。
じいさんの家に着いた。
このじいさん、元気なんだが、耳が遠いからインターホンは意味をなさない。
思いっきりドアをぶっ叩いて、大声で呼ぶ。これに限る。
しかし、今日は気合いを入れて殴ろうとしたドアが、勝手に開いた。
危なくじいさんの顔をノック(アウト)するところだ。
「よう、じいさん、探し物って何だよ。」
「ん?おお、リーフか。」
「何?探し物?ああ、そうだ、探し物な!どこにしまったかわからないんだが、大切な物なんだ。」
忘れてんじゃねーか…。
「大切な物?何だよ、それ?」
「大切な物、大切な物。はて、なんじゃったかのぉ。見れば思い出すと思うんじゃが。」
「見れば、って…。それじゃあわかんないだろ?じいさんが潜って取ってくるか?」
「わしゃ、冷たいのは嫌じゃ。」
…、このじじい…。ってか、こんなボケてたか?このじいさん。
「はぁ、一階の部屋数は?」
「五部屋じゃ。」
「そんじゃ、どの部屋にあるのか教えてくれ。」
「どこじゃったかなぁ。」
「どんなものだよ。」
「どんなものじゃったかなぁ。」
「写真とか、本とか、宝石とか何かヒントをくれよ、手探りで五部屋はきついぜ。」
「思い出の品って言ったのはじいさんだろ?頼むぜ。」
「ふむ。写真だったような気もするし、本だったような、いや、宝石だったかのぅ。とにかくずっと大切にしていたものなんじゃ。」
駄目だ。話にならない。
帰ろうと思ったが、帰り道は気付けばじいさんに塞がれている。そしてニヤリと笑われた。
もう探してもらう気満々だ。
仕方ないか。このじいさんには、昔世話になったしな。
「わかった。」
「とりあえずそれっぽいのを適当に引き上げてくる。当たってたらそれだと言ってくれ。」
「すまないのう。」
「言っとくが疲れたら帰るからな。」