おんぼろ真白なゴンドラは今日も水路を歩く
波はどこまでも静かに
街のざわめきも 騒ぎ立てる子供の声も 照りつける日の光さえも
一度水面を通し やわらかな音に変えて
私の耳へ運んでくれる
ゴンドラに寝そべって空を見る。
今日も、乗客はこぎ手である僕だけ。
そらとうみの境界線で濡れない水に浮かび、そっと空に手を伸ばす。
こうしていると、空にふれている気がする。
空の色が手についてしまいそうな、そんな感覚。
「あぁ、ずっとこうしていたい」
そう独り言をもらした僕の手を、何かが掴んだ。
「つかまえた」
白く小さな手、隣に住んでいるレイラだ。
「なに?また客なし?」 「ちょうどいいわね、浮島まで連れて行って!」
「お客様、本日は満席でございます。またのご予約をお待ちしております。」
僕はそう告げると、レイラはニコリと笑って僕のゴンドラに乗り込んだ。
「そしたら、明日までここで寝て待たせていただきますね。」
そう言って僕の隣に寝そべってきた。
「はぁ…。急ぎ?」
「そっ、後10分で浮島まで付かなきゃ遅刻。」
「わかったよ。」
「さっすがリーフ!優しいね!」
頭を撫でられた。
「明日までこのままより、10分で送って帰ってきた方がのんびりできそうだからね。」
「えへへ。それじゃぁ、レイラ号浮島に向けて出発~!」
少し皮肉を込めて言ったのに全く応えていないようだった。
「いつからこの船はレイラの船になったの?」
「いいからいいから!」
この街には水路がある。というよりほとんど陸路がない。
50年ほど前から急激に水位が上がり、街の大半は水に浸かっている。
どの家も一階部分は水で満たされており、二階より上の階で生活している。
いつかは海に沈む街。そんな風に呼ばれている。
だから大抵の家はゴンドラを持っているのだが、レイラの家は持っていなかった。
代わりと言っては何だが、レイラは飛行士だ。
この街で唯一の飛行船を持っている。
彼女は毎日空を飛び、人々を各地に送り届けている。
この街を出て、新しい生活を送ろうとしている人々を。
「レイラ。着いたよ。」
飛行船の唯一の発着場である浮島。
ここもいずれ海底に沈み、この街は他の地域と隔離されるのだろう。
レイラを送り届け僕は元居た場所へ戻ろうとすると、
「帰りは、7時だからね~!」
と何やら図々しいことを言っているのが聞こえたような気がした。