俺は今年も冬眠する
あれは今から十年前、高二の十月の終わり頃だった。俺はG子と初めて喋ったんだ。当時の俺は、特に勉強が出来たってわけではないが、授業態度は真面目で、生徒会活動にも進んで参加し、部活では副部長、友人とも当たり障りなくやっていた。一見有意義な高校生活を送っているように傍からは見えていたかもしれない。だが実際は無気力でだいぶ冷めていた。でもそれとは裏腹に悪を許さず、妙に正義を振りかざしていた節もあったと思う。
G子とは、同じクラスだった。一年の時からか、いや、二年の一学期からか、うーん、あやふやなのは俺は女子の前ではチキンだったので、あまり関わる機会がなかったのだ。
俺の家から高校までは自転車で約20分。朝ギリギリまで寝ていたい俺は、毎朝が時間との戦いだった。その日もトーストと目玉焼きをほぼ丸飲みし牛乳で流し込んで家を飛び出す。俺のプライドが遅刻は許さない。うっ、信号が赤だ。間に合うのか。でも不正は駄目だ。校門の目の前で信号待ちをしていた俺は、突如背後から羽交い締めにされたんだ。く、苦しい……息が出来ない…………そしてそこからの記憶がぷつんと飛んだ。
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聞こえて来たのは数学担当の先生の声だった。
「お前が授業中寝るなんてめずらしいなぁ」
どうやら教室で机の上に突っ伏して寝てしまったようだ。くっそー、俺としたことが。そう思いながら顔を上げた。なんか頭がポーッとする。俺の目の前に黒い獣の毛のようなものが見えた。うん? そのままゆっくり上に目をやると……こ、これは!! 黒光りする額に皺を寄せた顔のゴリラが俺を睨んでいた。
「うほ! うほ!」ゴリラが俺に何か言っている。「うほほん! うほうほ!」だめだ、何だかさっぱりわからない。ふと教室内を見渡すとみんな一斉にゴリラになっていた。俺は立ち上がった。そして何か叫びながら教室を飛び出し自転車に乗って必死にペダルを漕ぎ続けた。すれ違うのはすべてゴリラだった。そのうち少し冷静になった俺は小腹も減ったのでコンビニに寄った。ホットスナックのコーナーに俺の好きなチキンが見当たらなかったので「すいませーん、チキンありますか?」と店員に聞いた。店員はやはりゴリラだった。「うほっほほ!」
「七分位お時間下さいって言ってるよ」
そこに現れたのは、いよいよ登場G子だった(もうすぐ話終わるけどね。あー、スカート短すぎる。校則違反だ)
「どうするの? チキン揚げてもらうの?」G子が俺に聞いてきた。
「お前、ゴリラ語わかるの?」
「昔、習ってたから」
「そっか」(納得すんな)
俺はチキンを二本注文し、コンビニの駐車場でG子と一緒に食べた。
「おいしいね」G子が俺のほうを向いてニコッと笑った(や、やべーかわいい)
「うん、揚げたてだからね」俺はG子の顔を見ずに答えた。
「冬眠失敗だったね?」
「……??」G子は俺に意味不明なことを言ってくる。
「なんだよそれ?」俺はペットボトルのお茶を一気に飲み干した。
「でも大丈夫。まだ冬にはならないから」
と、その時俺の自転車のサドルにゴリラが跨っているのが見えた。グシャ……鈍い音がした。お、俺のチャリ…………
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うぅっ……く、く、苦しい…………そして俺はまた不意に後ろから羽交い絞めにされたのだ。そして春になるまで目を覚ますことなく冬眠したのだった。そう、俺の記憶のなかでは、あの時がすべての始まりだった。俺はあれから毎年冬眠する体質になってしまった。そして目覚めればいつもゴリラだらけだ(何故だ)
「何やってるの? またクソつまんない一人語り動画をSNSにUPするつもり?」
振り返る間もなく俺は彼女に後ろから羽交い絞めにされた。ああああああああああ(気持ちー)
彼女の名はG子。本名は…………言えない。