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ありふれた空の下で

私立小麦肌高校は管内において中間くらいの入学難易度を誇る、ありふれた普通校だ。その一年3組に霜太郎は属していた


「おはようございます、すみませんどうもー」


割と小声で挨拶しつつ、教室へと入る。既に登校していた十数名の生徒たちは各々話し込んでおり、霜太郎の事は誰も見ていなかった


ただ一人を除いて


「シモやん」


霜太郎に対して下から見上げるようにして話しかけたのは、小田栗毛(おだくりげ)その人である。彼は霜太郎よりも若干背が高いのだが、極度の猫背のために体感身長160cm程度でしかなかった


「なにさ。ていうかシモやんて呼び方何なの。初めて呼ばれたし」

「嫌?」

「別に」

「じゃあいいじゃん」

「うん」

「シモやんさ……」

「なに」

「聴いた?」

「うん」

「どう?」

「どうって……」

「感想聞かせてって言ったよね。ねぇ、言ったよねボク」

「うん……」

「言ったよね。聞かせてよ。約束じゃん。ねぇ、ボク言ったよね。ねぇ、ねぇ、ボク言ったよね」



霜太郎は小田栗毛の一人称がボクだという事をこのとき初めて知ったくらいには、彼に対して何の興味も持っていなかった。しかしここへ来て彼の余りにもネチョネチョとしたウザったい性質に初めて触れ、心の中の抹殺リストに彼の名前をデカデカと書き殴らずにはいられなかった


霜太郎は財布の中からおもむろに10円玉を取り出すと、机の上に叩きつけた


「……は?なに」

「あのCD。ハード○フで10円だった。」

「……」



小田栗毛は霜太郎の机に置かれた汚い10円玉を、伏し目でジッと見つめたままフリーズしてしまった。その目に涙が溜められていたことに気が付いた霜太郎は、少しだけ可哀想になり、本当はCDを売ってもいないし、まだ一曲しか聴いてないけどとても精神を揺さぶられた旨を話そうとした。しかしその時丁度始業のベルが鳴ったので、面倒になって辞めた





最初の休み時間。霜太郎は小田栗毛に話しかけようとして立ち上がった。小田栗毛は窓際の席でじっと外を眺めている



「オイ!キモ太郎!お前今日顔色悪くね?てかヤツれた?」



霜太郎に対して唐突に話しかけたのはクラスのイケメングループの筆頭、沢谷(さわや) 火山(かさん)である。彼の周囲にはイケメン数名とイケウーマン数名が常に陣取っており、陰湿な霜太郎にとって見た目の圧が強くて近寄り難い集団であった


「別に。元気だし」

「声小さッ!!元気ないじゃん全然」

「おい火山。ほっとけよそんなヤツ。コッチまでキモくなるって」



イケメン二番手の筋肉児、最上(もがみ) 丹兵(たんぺい)が蔑むように言い放つ


「そんなことよりさぁ。放課後どうする?」


イケウーマン日本代表、明日描(あすかき) ララが話を変える。彼女は伏し目がちな長髪乙女で、髪色は少し脱色されて茶色気味だったが、これは故意の脱色ではなく体質によるものらしい。彼女はいつも気だるそうにしているクールビューティー・ジャパニーズウーマンだ


「ぁあ?そうだなー……カラオケは?」

「飽きたし。違うのがいい」

「ぇえー……てかお前が考えろや」



話の流れが変わり、彼等の興味が既に自分に無い事を察した霜太郎は、そっと教室を後にした


階段を一番上まで登り、屋上のドアを開ける。誰もいないホコリだらけの小汚い屋上。ここに侵入する事は校則で禁止されている。そのド真ん中に寝っ転がると、霜太郎は空を見つめた


太陽がまぶしい。網膜が焼けてチクチクと痛む。宇宙へと続く、なんの色かよく分からんけど青い青い空。ムカつくほど青い空を見つめる。風がそっと身体を撫ぜてゆく。しかしこの時の霜太郎にとって、心地よい風も、美しき青空も、まばゆい太陽の光も、それらに比べて余りにもチッポケな自分という存在も、全てどうでもよく感じられていた。誰でもいいから今すぐ俺に優しくしてくれよ……と思ったが、霜太郎は現状に対して為す術がなかった



「動かない思想 見えない希望 否応無しに続く日常 試しているのか知らんが腐乱が悪化の一途で苦難に混乱 」



脳内では相変わらず歩く肉の曲が、グルグルと繰り返し再生されていた


授業開始のチャイムが鳴る。しかし霜太郎はどうにも動き出すための気力が湧かず、そのまま眠ってしまった













「おい、キモ太郎!」


突然呼ばれてビックリして目が醒める。ヤバい!先生か!?とオノノキつつ、霜太郎は急いで起き上がった


しかしそこに居たのは先生ではなかった


明日描 ララだ



「キミがサボるなんて珍しいじゃん。何してんの、こんなところで」

「……別に」



霜太郎の胸はドキンドキンと高鳴った。彼女がどうしてここにいるのか分からなかったし、なにより女子との会話なんて滅多に無いから、恥ずかしくて緊張するし頭が真っ白になってしまった



「もしかしてさ。さっきアタシらが絡んだの……気にした?」

「……いや、別に」

「キミって『別に』しか言わないよね」

「いや、べつ……そ、そんな事無いし」

「ふーん……」

「……」



会話が止まる。気まずい空気があたりを支配する。霜太郎は必死に話題を探したが、真っ白な頭では何も浮かばなかった




明日描 ララはそんな霜太郎をじっと見つめていたが、暫くするとその場に座り、遠くの空を見つめ始めた


周囲の景色と相まってか、その横顔が余りにも美しくて、霜太郎はまるで奇跡を目撃しているような気持ちになっていた




「戻らないの?授業」



視線を遠くに向けたまま、明日描 ララが沈黙を破る



「いやあの……戻り……ません……」

「なんで敬語?」

「え?あ、べっ……えーと、なんで……だろう」

「ふーん……」

「明日描さんは?」

「ん?」

「戻らないの?」

「ん」

「そう……なんだ」

「邪魔?」

「いやいや、全然ですよ」

「じゃあいいじゃん」

「うん……へへ」

「アタシね」

「うん、うん」

「なーんか、退屈なんだよね」

「うん?」

「うーん……とね。授業も、周りのみんなも。楽しい瞬間はやっぱり有るんだけどさ。なーんか……ね。普通すぎて」

「そうなんだ」

「たまに全部どうでもよくなっちゃうんだよねー。で、そんな時は授業サボッて屋上来てね、一人でボーッとするの。でもね。今日は先にキミが来てた」



明日描 ララはチラッと霜太郎を見て、フフッと笑った


霜太郎は今までのどんなAVを見た時よりも興奮してしまった



「アタシ達の日常って、何なんだろうね」



自らの努力で得たワケではない平穏。その強制的な平穏の中で、明日描 ララは為す術なく膝を抱えていたのだ



「ホントだよ。何なんだろうね」



対する霜太郎は真逆であった。自らの意思に拠らない強制的不穏の中で、無力さに打ちひしがれて膝を抱えていたのだ



明日描 ララは相変わらず視線を遠くに飛ばしつつ、髪をかき上げた。爽やかな色香がフワッと香り、霜太郎の心をピンク色に染める



「ねぇ。大人になったらさ。アタシ達何か変わるのかなぁ」



大人になるってなんだろう。そんなこと想像もつかないが……と思いつつ



「多分逆だよ。自分達が変わって、大人になるんじゃないかな」



霜太郎は自分でも驚くほどスンナリと、素直な言葉をこぼしてしまった


それを聞いた明日描 ララは、少し驚いた顔をしつつも



「キミって面白いね」



そう言って控えめに笑った



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