母によろしく
家に帰ると霜太郎は、ただいまと言った。何故なら帰ってきたからだ。それに対して、おかえりなさい、今日は何人の尻穴に野菜を詰めてきたの?と尋ねるは霜太郎の母である。湘南の元気小僧こと霜太郎は母子家庭で育った。霜太郎の母はマントヒヒの体毛を頭部以外全て剃ってしまったような外見をしており、脳内で人を無残な姿にすることが趣味の純情乙女である。そんな母からごく自然に放たれた辛抱できない発言に対して、霜太郎は屁をかました。それは不意に漏れた恥辱音ではなく、確固たる意志のもとに奏でられた熱い叫びであった。俺はそもそも野菜は嫌いだ!とでも言いたかったのか。その真意は誰にもわからない
霜太郎はまず部屋にこもった。帰宅即おこもりが得意な霜太郎にとって、それは日課のようなものであった。霜太郎はまず窓を開けると、助走をつけてカバンを外へブン投げた。勢いよく放たれたカバンは家の前の歩道に落ちた。通りかかった人達は、当然のごとくカバンを踏み歩いている。カバンとは踏みしめるために存在しているのだとでも言わんばかりの踏み歩きぶりである。霜太郎は薄汚れた自身のカバンを眺めつつ、お似合いだよ……とつぶやいた。そして全裸になると、少しだけ新体操の動きをした。霜太郎は以前に見た大人のビデオに出てきた少女に感銘を受け、全裸になると必ず新体操の動きをしてしまうのだ。全裸での新体操。それはこの世の全ての動作の中で、最もうつくしきものである。いたいけな少女の恥じらいと、ぎこちなさ。人体の神秘と変態性。心・技・体……心・技・体……様々な色々が渦を巻き、その中心で新体操をしつつも心の中では膝を抱えて無力にしている少女。それを見て楽しむ無数のオトナたち。それら全ての要因が複雑に絡み合う様は、もはや芸術と言えてしまうほどの熱を帯びていた。霜太郎は近づきたかった。芸術を体現する少女に。霜太郎は少女になりたかった。それ故の全裸新体操である。しかし、悲しいことに霜太郎は男であり、その裸体は醜かった。霜太郎は芸術にはなれない
部屋着に着替えてベッドにもぐり、天井を眺める。ふと思い出すのは先ほど小田 栗毛からお見舞いされたデブのCDである。それを試聴することに対して霜太郎は気が進まなかった。何故ならジャケットに描かれたデブを見つめると、なんだか胸がドキドキして止まなくなってしまうからだ。正直そのドキドキの出どころがイマイチよく分からなかったが、それはまさか性的興奮によるドキドキではないにせよ、なんだかイケないものを見ているようであり……とグズグズと考えていると、唐突に部屋のドアが開いた。思いっきり開いた。破裂音を鳴らしつつ開いた。そして登場純情乙女!!殺人モンスター、マントヒヒウーマンこと母である。しかも悪いことに彼女は不貞腐れていた!その手には先ほど路傍へ投げ捨てられたハズの霜太郎’s bagが握られていたのだが、その事を霜太郎が認識した瞬間にはもう既にソレは母の手を離れていた。何故なら母が霜太郎’s bagを霜太郎に向かってぶん投げていたからだ
「貴様また窓からカバン捨てたね!!!何度言ったらわかるの!!モノは大切にしなさいよ!!」
そう叫ぶと母はものすごい勢いで反復横跳びをして霜太郎を威嚇した。そして部屋から出て行った。しかしまたすぐに戻ってきて反復横跳びをして霜太郎を威嚇し、その辺に転がっていたヤカンを蹴り飛ばし、履いていた靴下を霜太郎の口に突っ込んで部屋から出て行った。霜太郎は母の靴下の甘納豆臭に心から参ってしまい、神様ギブミーマネー一人暮らしができるくらいに……とつぶやいて意識を失った
数時間後に目がさめると、霜太郎は何故か全裸だった。理由はわからないが、清々しい気持ちだった。家に帰ってからしばらくの記憶が抜け落ちていることに気がつき、少し悩んだが気にしないことにした。何故なら彼は覚えていないことは思い出さないほうがいいのだろうと考えているからだ
空腹感に責め立てられて立ち上がる。今日の晩御飯はなんだろう。甘いやつは嫌だな。甘納豆とかは食べたくない。甘納豆なんて晩御飯に出たことがないけれど、なんか嫌な予感がするんだ……なんて考えていると不意に吐き気を催して思わずうずくまる。するとカバンが目に入り、小田 栗毛から借りたCDのことを思いした。霜太郎はよく考えもせずに、導かれるようにカバンをまさぐりCDを取り出した。ジャケットのデブに舌を打ちつつ、フタを開けて中身を取り出し、ソレをCDラジカセの中に放り込んだ
そして彼は何の気構えもなく再生ボタンを押した
これから発せられる音楽が彼の人生の本質的なオープニング・テーマとなることも知らずに




