純真の第四子 ―パーシヴァル卿―
アリスを追いかけようと、敵2名がマーチ・ヘアに背を向ける。が、瞬く間にその者達の足には短剣が刺さった。まるでダーツのごとく正確に投げられた短剣によって、彼らの機動力は落とされる。
ハートキングダム軍師を長く務めているマーチ・ヘアにとっては、強敵との一対一よりも、一対多の状況の方が好都合であった。
民兵の数を最小限にとどめる、というロゼの意向により、ハートキングダムの軍はチェスの駒やトランプ兵などを中心に構成されている。よって、少ない戦力での多く敵を迎撃することこそ、軍司マーチ・ヘアの真骨頂であった。
ただしその手法は、彼の得意とするところでもあった。
「残念極まりない」
つい先ほどアリス達が通った出口から、追ってきたマッド・ハッターが姿を見せる。
ハートキングダムで財務と司法を取りまとめていた彼は、マーチ・ヘアに勝る腕力など持ちえない。しかしその手には、黒光りする一振りの剣。高い戦闘力を持たない彼もまた、力の及ばない相手を討ち取る策を練る名人だった。
「これまで君の読みを見てきた身としては、その判断力は評価に値すると思っていたのだが……些か早計だったらしい。よもや本気で、あの娘が単独で龍穴に辿り着くと?」
「ああ、確信している」
「理解し難いな。確たる論拠もなく『確かに信じる』ことがどうしてできよう」
「……僕の知る君は、そんな愚問を口走らなかった」
零された小さな言葉は、ハッターの耳に届かない。
「仕方あるまい、これ以上の介入はさすがに鬱陶しいと言わざるを得ないのでね。もっとも、今この瞬間に頭を垂れるというのであれば別だが」
「笑えない冗談だ」
マーチ・ヘアの返答に、ハッターは鼻で笑い、剣を向けた。
***
―「お前の兄貴たち、そんなすげぇのか?」
パーシヴァルが、リスティスの親兄弟に一切の相談なく独断で王都へ移住し、アーサー王に仕え、ランスロットの弟子に(半ば無理矢理に)なってから、ランスロットは一度もその理由を問わなかった。ただ、彼の弟子入りを(アーサー王に言われて渋々)認めてから間もない頃、先の質問を投げかけたことがある。
ペリノア王とその息子たちとは、アーサー王と共にリスティスを訪問した際に挨拶を交わした。だが、一流剣士の腕を持つランスロットには、一目彼らを見ただけで分かってしまった。「よくて二流だ」と。だからこそ、四男・パーシヴァルが三人の兄を慕う理由が、分からなったのである。
―「もちろんっすよ」
手合わせの合間、水をごくごくっと喉に流し込んでから、パーシヴァルは笑顔で答える。彼には、ランスロットの問いかけの意図が分かったらしい。ランスさんの方が強いけど、と付け足した。
袖で汗を拭い、背伸びをしてから更に付け足す。
―「俺、兄上たちと違って、遠征先の飲み屋でできちゃった子供なんすけど、四男だし母親の身分は低いしで、正直、リスティスのメイドたちの視線は痛くて」
―「お前だけ母親違ぇのか」
―「いや、全員別々の母親だって、アグロヴァル兄さんが」
ペリノア王の正妻は、長男アグロヴァルを産んですぐ病死した。後妻としてやってきた、次男ラモラックの母親は、ある日夫の命を奪おうとして反逆罪に問われ処刑された。よって、三男トーの母親が現在リスティスの妃として城に住んでいるそうだ。噂では、それぞれ「良いとこ育ちのお嬢さま」らしい。
―「兄上たちの視線は痛くなかった。たったそれだけなんすけど、嬉しくて」
ニミュエに育てられたランスロットには、パーシヴァルが表情を綻ばせる意味がとれなかった。へぇ、と小さく返しただけ。結局、何が尊敬に値するのかは不明のまま。さして興味もなかったため、自分も持ってきた水筒に口をつけた。
ふと、今度はパーシヴァルが問いかける。
―「ランスさんは、どうして王都に来たんすか? 森の奥の湖でひっそり暮らしてたって聞きましたけど」
―「話す義理はねぇ」
―「えーっ! 俺、結構ナイーブな身内の話したんすけど! まるまる話さなくてもいーんで、ちょっとだけ教えてくださいよ!」
袖を引っ張ろうとするパーシヴァルの手を避けて、ランスロットは「うるせーな、わーったよ」と。
何故、ニミュエの元を離れたのか。離れるに至った経緯を説明するのは面倒に思ったため、離れる決意ができた理由だけを答えることにした。
―「……キャメロットを治めてたのが、アーサーだったから」
―「ってことは、ランスさんもしかして……国王陛下に惚れてんすか!?」
―「違ぇよ、ぶった斬るぞ」
―「だ、だって今のそーゆー感じにしか聞こえないっすよ!」
睨みをきかせたランスロットから咄嗟に距離をとり、パーシヴァルは慌てて弁解した。さすがに省き過ぎたかと思い、仕方なく答え直す。
―「俺は国家ってモンを信用してねぇ。為政者が語る平等は嘘くせぇし、かつてニミュエの湖付近も弾圧を受けたからな。けど、アーサーの思想っつーか、理想を聞いて……アイツは正しいと思った」
―「……やっぱり、こっち来て正解だった」
―「あ?」
横目で見ると、パーシヴァルは再び笑顔を見せていた。希望に満ち溢れ、気分が高揚しているのが手に取るように分かる。
―「もしランスさんぐらい強くなったら、俺、リスティスにたっくさん持って帰れるってことっすね!」
剣と槍をぶつけ合いながら、ランスロットは記憶を辿っていた。対峙しているパーシヴァルの表情は、あの時と全く異なる笑顔。凶暴性をむき出しに、戦闘の快楽に浸る狂気の笑顔だ。
「……意味わかんねぇよ、クソッ」
パーシヴァルがモルガンの支配に囚われる理由、彼の中で何よりも大切にしている信念が、わからない。彼との会話を記憶の中から引っ張れるだけ引っ張ってみても、明確な答えが見当たらない。
ランスロットは、まともに質問しなかった過去の自分を殴りたくなった。
「あれっ? 動きが鈍ってないすか?」
「ぐっ……!」
双頭刃式の槍だということが、一瞬、ランスロットの頭から抜けた。その隙を見逃さなかったパーシヴァルによって、ランスロットの頬にかすり傷がつく。
「どんどんいきますよぉっ!」
「……お前、何を持って帰るつもりだったんだ?」
槍を握るパーシヴァルの腕が、ぴくっと反応した。が、構わず攻撃は続行される。金属音と共にそれを剣で受け止め、ランスロットは更に問うた。
「ペリノアへの貢ぎ物か? それとも、兄貴たちへの土産か?」
「そうさ! 俺は! 強くなる! 一番強くなって! 変えるんだ!! 役に立つんだ!!」
槍を半回転させ、反対側の刃でランスロットに斬りかかるパーシヴァル。ここへきて彼の槍さばきは、俊敏性を増した。
勿論、ランスロットが一切の同情なく剣を振るえば、たちまちパーシヴァルは全身を切り刻まれることとなるだろう。しかし、彼は誓ったのだ。もう二度と、命は奪わないと。
「超えてやる! 強いヤツみんな……みんな殺してやる!!」
「そいつはたいそうな目標だ……殺れるモンなら殺ってみろ!!」




