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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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リトル・ジョン ―悩める大熊―

 彼がこれから相手をするのは、幼馴染みでありかつての仲間である、ロビン・フッド。しかもリトル・ジョン本人曰く、体術も知略(ちりゃく)も武器の扱いも、ロビンの方が上手(うわて)だとか。実際に宝物庫でロビン・フッドと対面したアリスは、溢れんばかりの彼の強者(つわもの)らしさを間近で感じた。


「マーチさん、ロビン・フッドは……ジョンさんに容赦なく攻撃するんでしょうか」

「任務と愛着、どちらが(まさ)るかということだろうか」

「はい……」

「現時点で答えは出せまい。場の空気、会話、遭遇した瞬間の思考……流動的な要素が多い」

「……そうですね、行きましょう」


 覚悟を決めて、前を向く。迷うことは一つもない。「涙」を処分するために「龍穴」を目指す……それだけなのだから。



  ***



 シャーウッドでの生活が、リトル・ジョンにとっての全てだった。

 共に生きる獣人たちは皆、温かくてお節介で、仲間意識も強い。森の中で自給自足をし、時々多く獲れた肉や鉱石を街へ売りに行く。どの家にも木や石や獣の皮などで作られた楽器があり、成人や結婚や出産、狩りデビューの日などは全て、村落(そんらく)全体で大演奏会をして祝っていた。葬儀も同じく皆で粛々(しゅくしゅく)(おこな)った。喜びも悲しみも、そして……弾圧への怒りも、シャーウッドは村全体で分かち合う場所だった。


 いつからだろう、幼馴染みが頻繁に物思いに(ふけ)るようになったのは。いつからだろう、リスティスへの暴力行為が正当な抵抗だと信じ始めたのは。いつからだろう、義賊を率いることが本当にシャーウッドのためなのかと迷い始めたのは。

 分かっていた、理由がどうあれ盗みを働けば罰せられること。村の仲間を危険に巻き込んでいること。盗み続けても、堂々巡りにしかならないこと。やめられなかったのは、やめたくなかったのは……尊敬し、憧れ続けた幼馴染みの残した、自分に対するたった1つの願望だったから。


―「引き継いでくれよ」


 何年待っても、ロビンは帰ってこなかった。モルガンの傍を離れようとしなかった。ロビンが、アヴァロンの一兵(いっぺい)として功績をあげたと聞くことも多くなり、リトル・ジョンは心のどこかで諦めた。勝ち気で自信家な幼馴染みは、最早(もはや)シャーウッドの一員ではないのだ、と。


 ならば放っておけば良い……誰しもそう思うだろう。アヴァロンの標的はキャメロットであって、シャーウッドには危害を加えようとしていないのだから。正直、リトル・ジョンも、もし再会できたら身勝手さを責めて一発殴ってやろう、ぐらいしか考えていなかった。昨晩の襲撃で、ロビンがアリスに「あの毒」を使うまでは。



 馬が山道を駆けあがってくる音を聞き、リトル・ジョンは弓を構えた。岩肌に沿()う、大きなカーブの向こうから、その姿を捉えた瞬間、放つ。


「おっ、と!」


 やはり反射神経が常人のレベルを遥かに上回っている。咄嗟に手綱を器用に操り、ジョンが放った矢をかわし、小麦色の髪と尻尾を(なび)かせる彼――ロビン・フッドは、「くはっ」と笑った。


「まさかこうして、お前に出迎えられる日が来るとはなぁ」

「分かってたはずだよ。俺がロビン迎撃要員だってこと」

「昔のよしみで通せよ。用があんのは魔法石だけだ」

「嫌だ」


 緩い雰囲気で話すロビンに向かって、ジョンはもう一度矢を放つ。腰のベルトにあったナイフでそれを弾いてから、ロビンはすたっと馬から降り、肩を回した。なおも警戒しながら、ジョンは三本目の矢を構える。


「おいおい、マジで俺と()り合おうってのか?」

「少なくとも一発は殴るつもりだよ。あの女のために故郷捨ててさ、作った義賊団は俺に投げたし」

「んじゃあ、大人しく一発殴られてやるから、ここは通せよ。お前の言う通り、俺の手はもうシャーウッドのためには動かねぇ。この手で支えんのはただ1人って決めたんだ」


 口調こそ変化はなかったが、ロビンの眼光(がんこう)が鋭くなったのをジョンは見落とさなかった。ここで「ノー」と返答したその瞬間に、始まってしまうのだろう。自分よりずっと優れていて、かっこいいと憧れた幼馴染みとの、待ったなしのガチ喧嘩が。

 怖くないと言えば、嘘になる。後悔がないワケでもない。説得をしても無駄だと分かってはいるが、説得して戻って来てくれればと期待する自分もいる。シャーウッドにはまだ、「ロビンが帰ってきてくれれば怖いものなんてない」と思っている若者たちも多い。彼らのためには、やはり……――


―「貴方も、シャーウッドの皆さんも、変われるから」

―「やめさせたいんです。私、諦めたくない」

―「ジョンさんは、ジョンさんの信念に沿えばいいと思う」

―「変えられる! 絶対!」


 無意識のうちに再生されたアリスの言葉に、ジョンの口角が上がる。


「……一発じゃ足りないに決まってんじゃん」

「あ?」

「俺が今まで、自分勝手なロビンにどれだけ振り回されてきたと思ってんの? いつだったか、お気に入りの石も川に捨てられたしさぁ」


 説得をすべきなのか、ただ不満をぶつけて殴るべきなのか、歩み寄って和解に持ち込むべきなのか、正直わからない。しかしこの瞬間、リトル・ジョンの中で絶対的な意志が1つだけ固まった。


「だから1個だけ言わせてもらうけど、6歳も上の魔女選ぶとか、趣味悪すぎだし!」


 放った矢は当たらない。ロビンは最小限の動きをもってナイフで矢をかわし、そのままジョンとの距離を詰める。次の矢は間に合わないと察したジョンは、右手でサーベルを抜こうとするが……


「遅ぇぞ」


 ロビンのナイフは、容赦も躊躇いも一切なしに、ジョンの身を切り裂く軌道(きどう)を描く。しかし、キィンという妙な音が響き、違和感を覚えたロビンは再び距離を取った。後ろに一歩よろめいたジョンの胴体には、リスティス城から失敬しておいた防具。今の一撃で傷はついたが、身を守る盾としての性能はまだ失われていない。


「……そーだな。お前は昔っから、弱腰で心配性だった」

「そんなことも忘れるぐらい、あの魔女に首ったけなんだね」

「うるせぇよ、関係ねぇだろ」

「幻でも見せられてんじゃないの」

「はんっ、てめぇこそ。何吹き込まれたか知らねぇが、俺たちの苦悩を何も知らねぇあんなガキに肩入れするなんざ、どうかしてんだろ」

「一緒にされるのは心外だよ」


 2本のサーベルを両手に構え、リトル・ジョンは少し腰を低くする。


「アリスは……しつこいくらい諦め悪すぎるし、間違ってることはバッサリ否定してくるし、無茶苦茶な励まし方もする。けど、だから……アリスの言葉は本物だ。アリスが俺にくれた希望も、本物なんだ」

「……モルガンの言葉が嘘だっつってるように聞こえたのは、俺の気のせいか?」

「そう聞こえたんなら、ロビンがそう思ってんじゃないの」


 シャーウッドを捨てたことへの怒りや疑問は、もうジョンを動かす理由ではなかった。頭の中に渦巻いていた絶望を()かすような「希望」のキッカケをくれたアリスのために、ロビンを食い止めようと思った。


「言うようになったな、ジョン。……いーぜ、ココでハッキリさせよーじゃねーか。最後まで立って生き延びて、惚れた女を守れんのはどっちか、ってな!」


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