リトル・ジョン ―悩める大熊―
彼がこれから相手をするのは、幼馴染みでありかつての仲間である、ロビン・フッド。しかもリトル・ジョン本人曰く、体術も知略も武器の扱いも、ロビンの方が上手だとか。実際に宝物庫でロビン・フッドと対面したアリスは、溢れんばかりの彼の強者らしさを間近で感じた。
「マーチさん、ロビン・フッドは……ジョンさんに容赦なく攻撃するんでしょうか」
「任務と愛着、どちらが勝るかということだろうか」
「はい……」
「現時点で答えは出せまい。場の空気、会話、遭遇した瞬間の思考……流動的な要素が多い」
「……そうですね、行きましょう」
覚悟を決めて、前を向く。迷うことは一つもない。「涙」を処分するために「龍穴」を目指す……それだけなのだから。
***
シャーウッドでの生活が、リトル・ジョンにとっての全てだった。
共に生きる獣人たちは皆、温かくてお節介で、仲間意識も強い。森の中で自給自足をし、時々多く獲れた肉や鉱石を街へ売りに行く。どの家にも木や石や獣の皮などで作られた楽器があり、成人や結婚や出産、狩りデビューの日などは全て、村落全体で大演奏会をして祝っていた。葬儀も同じく皆で粛々と行った。喜びも悲しみも、そして……弾圧への怒りも、シャーウッドは村全体で分かち合う場所だった。
いつからだろう、幼馴染みが頻繁に物思いに耽るようになったのは。いつからだろう、リスティスへの暴力行為が正当な抵抗だと信じ始めたのは。いつからだろう、義賊を率いることが本当にシャーウッドのためなのかと迷い始めたのは。
分かっていた、理由がどうあれ盗みを働けば罰せられること。村の仲間を危険に巻き込んでいること。盗み続けても、堂々巡りにしかならないこと。やめられなかったのは、やめたくなかったのは……尊敬し、憧れ続けた幼馴染みの残した、自分に対するたった1つの願望だったから。
―「引き継いでくれよ」
何年待っても、ロビンは帰ってこなかった。モルガンの傍を離れようとしなかった。ロビンが、アヴァロンの一兵として功績をあげたと聞くことも多くなり、リトル・ジョンは心のどこかで諦めた。勝ち気で自信家な幼馴染みは、最早シャーウッドの一員ではないのだ、と。
ならば放っておけば良い……誰しもそう思うだろう。アヴァロンの標的はキャメロットであって、シャーウッドには危害を加えようとしていないのだから。正直、リトル・ジョンも、もし再会できたら身勝手さを責めて一発殴ってやろう、ぐらいしか考えていなかった。昨晩の襲撃で、ロビンがアリスに「あの毒」を使うまでは。
馬が山道を駆けあがってくる音を聞き、リトル・ジョンは弓を構えた。岩肌に沿う、大きなカーブの向こうから、その姿を捉えた瞬間、放つ。
「おっ、と!」
やはり反射神経が常人のレベルを遥かに上回っている。咄嗟に手綱を器用に操り、ジョンが放った矢をかわし、小麦色の髪と尻尾を靡かせる彼――ロビン・フッドは、「くはっ」と笑った。
「まさかこうして、お前に出迎えられる日が来るとはなぁ」
「分かってたはずだよ。俺がロビン迎撃要員だってこと」
「昔のよしみで通せよ。用があんのは魔法石だけだ」
「嫌だ」
緩い雰囲気で話すロビンに向かって、ジョンはもう一度矢を放つ。腰のベルトにあったナイフでそれを弾いてから、ロビンはすたっと馬から降り、肩を回した。なおも警戒しながら、ジョンは三本目の矢を構える。
「おいおい、マジで俺と闘り合おうってのか?」
「少なくとも一発は殴るつもりだよ。あの女のために故郷捨ててさ、作った義賊団は俺に投げたし」
「んじゃあ、大人しく一発殴られてやるから、ここは通せよ。お前の言う通り、俺の手はもうシャーウッドのためには動かねぇ。この手で支えんのはただ1人って決めたんだ」
口調こそ変化はなかったが、ロビンの眼光が鋭くなったのをジョンは見落とさなかった。ここで「ノー」と返答したその瞬間に、始まってしまうのだろう。自分よりずっと優れていて、かっこいいと憧れた幼馴染みとの、待ったなしのガチ喧嘩が。
怖くないと言えば、嘘になる。後悔がないワケでもない。説得をしても無駄だと分かってはいるが、説得して戻って来てくれればと期待する自分もいる。シャーウッドにはまだ、「ロビンが帰ってきてくれれば怖いものなんてない」と思っている若者たちも多い。彼らのためには、やはり……――
―「貴方も、シャーウッドの皆さんも、変われるから」
―「やめさせたいんです。私、諦めたくない」
―「ジョンさんは、ジョンさんの信念に沿えばいいと思う」
―「変えられる! 絶対!」
無意識のうちに再生されたアリスの言葉に、ジョンの口角が上がる。
「……一発じゃ足りないに決まってんじゃん」
「あ?」
「俺が今まで、自分勝手なロビンにどれだけ振り回されてきたと思ってんの? いつだったか、お気に入りの石も川に捨てられたしさぁ」
説得をすべきなのか、ただ不満をぶつけて殴るべきなのか、歩み寄って和解に持ち込むべきなのか、正直わからない。しかしこの瞬間、リトル・ジョンの中で絶対的な意志が1つだけ固まった。
「だから1個だけ言わせてもらうけど、6歳も上の魔女選ぶとか、趣味悪すぎだし!」
放った矢は当たらない。ロビンは最小限の動きをもってナイフで矢をかわし、そのままジョンとの距離を詰める。次の矢は間に合わないと察したジョンは、右手でサーベルを抜こうとするが……
「遅ぇぞ」
ロビンのナイフは、容赦も躊躇いも一切なしに、ジョンの身を切り裂く軌道を描く。しかし、キィンという妙な音が響き、違和感を覚えたロビンは再び距離を取った。後ろに一歩よろめいたジョンの胴体には、リスティス城から失敬しておいた防具。今の一撃で傷はついたが、身を守る盾としての性能はまだ失われていない。
「……そーだな。お前は昔っから、弱腰で心配性だった」
「そんなことも忘れるぐらい、あの魔女に首ったけなんだね」
「うるせぇよ、関係ねぇだろ」
「幻でも見せられてんじゃないの」
「はんっ、てめぇこそ。何吹き込まれたか知らねぇが、俺たちの苦悩を何も知らねぇあんなガキに肩入れするなんざ、どうかしてんだろ」
「一緒にされるのは心外だよ」
2本のサーベルを両手に構え、リトル・ジョンは少し腰を低くする。
「アリスは……しつこいくらい諦め悪すぎるし、間違ってることはバッサリ否定してくるし、無茶苦茶な励まし方もする。けど、だから……アリスの言葉は本物だ。アリスが俺にくれた希望も、本物なんだ」
「……モルガンの言葉が嘘だっつってるように聞こえたのは、俺の気のせいか?」
「そう聞こえたんなら、ロビンがそう思ってんじゃないの」
シャーウッドを捨てたことへの怒りや疑問は、もうジョンを動かす理由ではなかった。頭の中に渦巻いていた絶望を融かすような「希望」のキッカケをくれたアリスのために、ロビンを食い止めようと思った。
「言うようになったな、ジョン。……いーぜ、ココでハッキリさせよーじゃねーか。最後まで立って生き延びて、惚れた女を守れんのはどっちか、ってな!」




