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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
80/257

接近 ―モンス・ダイダロス―

  ***


 リスティス城では、アグロヴァル卿が迎撃の指揮をとっていた。ペリノア王は数年前の戦争で足を悪くして以来、領主としては現役であるが軍人としては退役しているからである。とは言え、アグロヴァル卿にとって軍の指揮を全面的に任せられるのは初めてであり……つまるところ、城内には情報が錯綜(さくそう)し、バタバタしていた。


「いやはや、あっちもこっちもご苦労サマだねぇ」


 単身リスティスに残ったチェシャ猫は、新米の兵から拝借した軍服と帽子を纏い、南棟を探るべく潜入していた。

 ロビン・フッド襲撃の前、守るべき宝物庫を伯爵と探索していた際、チェシャ猫は複数の魔力反応をキャッチしていた。最も反応が大きかった礼拝堂には、宝物庫への入口(アリスが見つけた金のスイッチ)があった。だがそれとは別に、南棟に数箇所、魔力反応があったのである。ロビン・フッド襲撃とは関係なさそうな微弱な反応だったため、伯爵にも告げなかったが、どうやら彼には気付かれていたらしい。魔力保持者を否定する先代派のペリノア王が、何故リスティス城に魔力反応を隠し持っているのか……チェシャ猫の目的はそれを突き止めるところにあった。

 微弱な反応があったのは、南棟の2階と3階。2階には書庫、3階にはペリノア王と4人の息子たちの個室がある。アヴァロンにいる四男・パーシヴァル卿は除外されるとして、このリスティスにおける魔力保持に関与しているとすれば……


「そこのお前、何処の部隊の者だ」

「あっ! 失礼します! 自分、先日国境守備からこの城に配属されたばかりでして……どなたにお伺いを立てるべきか分からず、皆さま大変ご多忙(たぼう)のご様子で……」

「当たり前だ! アヴァロン侵攻の報を聞いてないのか!」

「申し訳ございません!」

「手が空いているのなら武器の運搬に行け。この棟にはペリノア王がいらっしゃるのだ。守備の指揮は我らラモラック卿直属の部隊が担っている」

「承知しました!」


 衛兵に敬礼してからチェシャ猫はやむなく南棟を去る。


「なるほど……アヴァロン軍迎撃の総指揮はアグロヴァル卿で、城の守備はラモラック卿……で、トー卿は指示系統を整えてる、ってトコかな?」


 武器の運搬を手伝いに行くのを装い、無駄に広い中庭の木の上に身を潜める。キノコの森での暮らしが長いせいか、思考する時は木の上にいるのが落ち着くのだ。

 魔力反応の正体を突き止めるには、どう振る舞うのが手っ取り早いか。アリスに協力的だったトー卿を言いくるめてみるか。それとも、ランスロットと少し和解したアグロヴァル卿に近付くか。もしくは、ラモラック卿部隊の守備をくぐり抜け、ペリノア王に直接問いただすか。


「……って、リスク高すぎて笑えるね」


 自分の案を鼻で笑った後、最も合理的かつ地道な作戦を思い描き……実行に移し出した。



  ***



 後方のリトル・ジョンを振り返り、呼びかけるマーチ・ヘア。


「そろそろ代わろうか」

「別に、まだ平気」


 山道をしばらく進み、少しずつだが標高が高くなってきた。そもそも、モンス・ダイダロスはこの世界で3番目に高い。目指す「龍穴」は中腹にあると言えど、それなりに空気の薄い地点だということになる。

 また、ユフィが脚を()られた時点で、積み荷を全て持って行くことができなくなった。よって彼らは今、必要最低限(というより所持できる最大限)の水と食料、武器しか持っていない。つまり登山をするには圧倒的に準備不足なのだ。


「う……」

「アリス?」


 刺客(しかく)の接近を察知するため、やや遠方の音に聴覚を集中させたいたマーチ・ヘアは、どうやらすぐそばの音に鈍感になっていたらしい。リトル・ジョンの呼びかけを聞いて初めて、貧血による失神からアリスの意識が戻ったことを把握する。


「ジョン、さん……?」


 辛うじて目は開けられたが、アリスはこれまでにない身体のだるさに襲われていた。若干息が苦しいのも、気のせいではないだろう。先を進んでいたマーチ・ヘアが、リトル・ジョンの隣まで下がり、アリスと視線を合わせる。


「モンス・ダイダロスに入った。伯爵は人狼サーヴを足止めしている」

「あの、私……伯爵に、」

「血を吸うよう促したのだろう。アリス殿の人柄は、把握しているつもりだ」


 アリスが安堵の笑みをこぼしたところで、リトル・ジョンが「ねぇ」と話しかける。


「休憩しとこーよ。まだロビンもマッド・ハッターも来てないんならさ」

「ああ、そうだな」


 切り株にアリスを降ろし、リトル・ジョンはぐーっと背伸びをした。マーチ・ヘアは持っていた水筒をアリスに差し出す。


「ありがとうございます。いただきます」

「リトル・ジョン、君も飲むか?」

「貰っていいなら貰う」


 当然だろう、ともう一つの水筒をパスするマーチ・ヘア。ごくごくっと半分ほど飲んでから、深呼吸するリトル・ジョン。


「あの、ジョンさん」

「ん?」

「ずっと背負ったまま登らせて……その、ごめんなさい」

「何で謝んの? しかも過去形」

「え?」

「まだ歩くの無理そうだし、あんたのこと、も少し背負ってあげるよ。仔犬みたいなモンだから、背負っても背負ってなくても大体同じ」


 ふっと思い出されたのは、王宮内でガヴェインに持ち上げられた時のこと。彼も「仔犬みてーだ」と笑っていた。それほど日数は経っていないはずなのに、随分前のことのようで。

 元の世界に帰れた時、果たして時間軸はどうなっているのだろうか。時折やって来る不安がまた、アリスの心拍数を上げる。


「アリス?」

「えっ? あ、何でもない! 背負ってくれるの、ホント、ありがとう」


 咄嗟に笑い返して、思考をリセットした。今はまだ、帰れた時のことを考えるべきじゃない。まずは、この旅を終わらせなくちゃいけない。

 リトル・ジョンにおぶさり、肩に掴まる。身を起こしているとまだ少しだるさを感じるが、そんなことは言ってられない。きちんと自分で目の前の景色を見ていなくては、と思った。


 その瞬間は、突然訪れる。休憩を入れてから30分弱、山道を先行していたマーチ・ヘアの耳が動き、彼の視線が正面から斜め後ろに向けられた。


「マーチさん?」

「騎馬が接近している。恐らく……ロビン・フッドだ。単騎のようだが」

「どっち?」

「4時の方向、半径5キロ地点を通過した」


 ふぅ、と一息吐いたリトル・ジョンは、背負っているアリスに告げる。


「だってさ。ここらでお別れだね、アリス。歩ける?」

「うん、大丈夫」


 そっと屈んだリトル・ジョンの背から降り、頭を下げるアリス。だいぶ体力は回復したようで、目覚めた時のようにふらつく感覚はなかった。


「ありがとう、ジョンさん。結局こんな、モンス・ダイダロスの奥地まで来てもらって……出発前にも言ったけど、困ったら呼んで」

「あんたじゃ助太刀(すけだち)にならないと思うけど」

「そうかも知れないけど……ホントにヤバくなった時は、何がなんでも『涙』の力を引き出すから」

「……アリスって、たまにおかしなこと言うよね」


 軽く笑うリトル・ジョンを前に、アリスは首をかしげた。マレフィセントの涙の「現状維持」は、アリスの望んだ通りに発動するものではない。ここまで実際に旅をしてきたアリス自身が、それを一番よく分かっているはずなのだが……。


「ま、いーや。俺はとりあえず、勝手にシャーウッド出てったロビンに文句ぶつけて、殴り合いで勝てばいい。そーゆーことだろ? ウサギ軍司」

「ああ、任せた」

「ちょっと……殴り合い!?」

「殴り合いで済めば可愛いモンだよ、多分。んじゃー、行ってくる。こっちの方向だよね?」


 (うなず)くマーチ・ヘアの横で、アリスはなおも不安そうな目をしていた。コロコロ変わる表情が、不思議で、おかしくて、リトル・ジョンは再び口元を(ゆる)ませる。


「ねぇアリス、もっかいだけ教えてよ」

「え?」

「俺たちは盗賊に成り下がっちゃったけど、変われんのかな」


 目を丸くしたアリスは、リトル・ジョンの問いかけに対し、自信たっぷりな笑顔を見せた。


「変えられる! 絶対!」

「……うん、分かった」


 アリスの頭をぽんっと一撫でして、リトル・ジョンは山道を降りて行った。彼の体躯(たいく)は2メートルを超える大きさだが、十数秒見送ったところで山の木々に隠れて見えなくなってしまった。

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