従う(求める)者達
味方二人と同様、伯爵の雰囲気の変化はサーヴも察知していた。そしてそれは、彼をより高い興奮状態へと促していく。
「やぁーっと完全解放か? 遅ぇんだよ、ドラキュラっ!!」
ブナの陰から急襲するサーヴに対し、伯爵はすうっと息を吸い、言葉と共に吐いた。
「黙れ」
「がっ……!」
突っ込んできたはずのサーヴは、伯爵の一声だけで跳ね返されて木の幹に全身を強打する。なかなかのダメージがあったようで、「いってぇー」と蹲ってからゆっくり起き上がった。
その間に、抱えていたアリスをマーチ・ヘアに預ける伯爵。
「頼む」
「分かった。ここは任せても」
「構わない、行け」
伯爵の返答を聞いてすぐ、マーチ・ヘアは「行くぞ」とリトル・ジョンに呼びかけ走り出す。リトル・ジョンは気絶しているアリスの首元に、真新しい咬み痕を見つけた。
「……人狼を前にして、吸わなきゃやってらんなくなったってこと?」
「恐らくアリス殿が促したんだ」
「え?」
「伯爵の性格上、吸うくらいなら衰弱を選ぶはずだ。その固い意思を覆せるのは、アリス殿しかいまい」
「ホント、物好きなお人好しだね。……つーかさ、こっちで合ってんの?」
「ああ。このまま真直ぐ走れば、じきブナ林を抜けられる」
ブナ林を抜ければモンス・ダイダロスのふもとに出る。そこから龍穴を目指すのだが……恐らくそうスムーズに運ばないだろう。モルガンの側近はあと2名いる。
「リトル・ジョン、質問がある」
「何?」
「ロビン・フッドは、モルガンの警護についているだろうか。それとも、キャメロット侵攻のために動いている可能性が高いか……意見を聞きたい」
「多分だけど、モルガンの傍にいようとして、必要ないとか言われてんじゃない? 出会った頃からそんな感じだったみたいだし」
「出会った頃?」
「……俺にだって、未だによくわかんないよ。どうしてロビンがあそこまで、モルガンの傍に居続けようとしてるのか」
ロビン・フッドとモルガンのことは考えたくもない、とでも言うように、リトル・ジョンは眉間に皺を寄せて呟く。小さな返答を聞き取ったマーチ・ヘアは「そうか」と短く返し、走る速度を緩めた。
「ねぇ、アリス背負うの代わるよ」
「負傷しているだろう」
「あんたの方が重傷だろ。てゆーか俺の方が体力あるし」
体力の差を指摘されたマーチ・ヘアは数秒沈黙した。ここであっさりと任せるのは、軍人の名折れになるような気がする……が、身体の筋肉量を見れば妥当な判断だ。
「迷ってるヒマあるなら早く寄越しなよ」
「ああ、すまない」
ひょいっとアリスを背負ったリトル・ジョンは、唐突に尋ねる。
「どうしてアリスに協力してんの? あんた、あのネコと一緒でハートキングダムからずっと付いて来てるらしいけど」
「女王様に命じられたからだ。魔法石を捨てる道中、必ずあの男が……ハッターが動くだろう、と」
「ふーん……対ロビンの備えに俺を囲ったのと似た感じか。じゃあさ、そもそも何で女王様ってのに仕えてんの? 誰かに従って命令聞き続けんのって、面倒じゃないワケ?」
「君はそう思うのか」
「まぁね。従うって自由じゃないイメージだし」
走りながらの会話でも、やはりマーチ・ヘアの表情は崩れない。が、その視線は眼前に乱立するブナの木々ではなく、どこか遠くに向けられているようだった。
「……僕には身寄りがない。君は、シャーウッドに家族が?」
「いるよ。両親と妹」
「ロビン・フッドには」
「だいぶ歳のいった親父さんがいたかな。あんま仲良くないっぽかったけど。てゆーか何で急に?」
問い返しながら、リトル・ジョンは薄々マーチ・ヘアの質問の意図を察していた。当人は無表情のまま行く先を見据え、「見えた、ブナ林の出口だ」とアナウンスする。立ち込めていた白い霧も突破したことで、二人の視界もようやくクリアになった。
「で?」
「分からないと言っていたな。ロビン・フッドがモルガンの傍に居続けようとする理由が」
「うん」
「分からないままでいい。というより、然るべきだ」
「あんたは分かるんだ」
ポケットの地図とコンパスを取り出しておおよその方角確認した後、再び駆け出すマーチ・ヘア。その数秒の間に、リトル・ジョンは背負っているアリスの様子を見る。だいぶ顔色は良くなってきたが、未だ意識は戻っていなかった。
「あくまで、『類似している』程度の認識だ。彼の抱く理由が分かると言っても分からないと言っても、嘘になる。だが、だからこそロビン・フッド迎撃の適任者は、僕でなく君であるということだ」
「適任かどうかは微妙だと思うけど。ちゃんと止められるかって聞かれたら即答できないし」
「彼の思考と行動に納得していない、それで充分だ。僅かでも納得できてしまえば、無意識のうちに妥協案を探してしまう。だから君のやるべきことはいたって単純だ……自らの主張を通すために、殴り合いで勝て」
「……あんたでもそーゆーこと言うんだね」
ブナ林を抜けたことで、遠い景色の一部だったモンス・ダイダロスが、前方に聳え立つ高い壁のように現れた。目指す龍穴は東側の中腹。数回の深呼吸の後、二人は歩みを再開した。
***
―「罠の林を抜けたぞ」
「ああ、分かった」
予想通り、サーヴがリスティス侵攻から離脱し勇者御一行に襲撃をかけたことで、ロビンの動きも変わっていた。別動隊を率いて抜け道から直接王都侵攻を企てていたロビンだが、アヴァロン方面へ引き返すことを余儀なくされる。
サーヴがいなければリスティスを落とす戦力が落ちてしまうため、ロビンが率いている別動隊を合流させる必要が出て来たのだ。
「もう少し手こずると思ったんだがな」
―「あの熊に読まれたのだろう」
リスティス付近で部隊から離れ、ロビン自身はアリスの方へ向かう。
「サーヴのヤツも、せめてリスティス落とすまでちゃんとやれってんだ。モルガン、王都はどーなんだ?」
―「アーサーの姿がない」
「何?」
―「一足早く北へ向かったようだな。王都の指揮はトリスタンが取っている」
「ちっ、面倒だな……」
遠方の状況を魔力で把握できるモルガンだが、唯一アーサー王だけはその検索対象から外れていた。その原因は、彼の持つ聖剣・エクスカリバーの「魔力干渉の無効化」にある。今回ロビンが王都へ向かっていたのも、アーサー王の位置を押さえるという目的を含んでいたのだが……
「見つけたら教えてくれ。アイツの首は俺が獲る」
―「涙を優先させろ」
「分かってるさ」
頭の中に響くモルガンの声に返したロビンは、手綱を強く握り返す。シャーウッドを離れたあの日、強く心に誓ったことを、今日こそ叶える。そう、自らに念押しして。
ペリノアの首を落とすのは、シャーウッドに置いてきた者達のため。だがそれ以上にアーサー王の首を落とさんとするのは……もう何年も前に一度だけ見た、たった一つの微笑みのため。
***
ロビンが初めて聞いた「彼女」の声は、とめどない哀しみの声だった。
義賊団を結成する以前から、シャーウッドにはリスティス寄りの洞窟に魔物が住んでいるという噂があった。その魔物は付近の木々をも自在に操り、近付こうとする者を全て絞め殺してしまうという。
7歳になった頃、ロビンは自分の力試しも兼ねて探検しに行くことにした。例によってリトル・ジョンに「危ないよ」と言われたが、「だったらお前はその辺で待ってろ」と置いていく。
実際、洞窟に近付こうとした途端に周りの木々が枝を振るったり伸ばしたりしてロビンに襲い掛かってきた。まるで生きているように動き、ロビンを捕えようとしてくる。小柄で身軽なロビン少年は持ち前の身体能力で回避し、飛び移りながら洞窟の入口へと迫る。
「もう少しっ……!」
入口の縁に手がかかりそうになった、その時。真上と右手側、左後方から新たに枝が伸びてくる。咄嗟に後方から来た枝を踏み台にし、体を捻りながら腰のナイフを握る。行く手を阻もうとする枝をスパッと切り落とし、ロビンは背中から洞窟内に滑り落ちた。
「いつっ……く~……まぁ擦り傷だけで辿り着けたなら上出来か?」
擦りむいた肩甲骨のあたりを気にしつつ、洞窟内から外を見る。木の枝はもうロビンを捕えようと伸びてこなかった。あくまで侵入を阻止するための魔法らしい。
今度は洞窟内の岩が襲ってくるのではないかと警戒しつつ、足を進める。と、奥深くからすすり泣くような女の声が聞こえてきた。




