容赦なき手合わせ ―本領発揮―
***
砂埃が一向に収まらない荒野に、転倒した馬たちと、落馬を余儀なくされた兵士たちの悲鳴が響く。乱れぬ陣形でランスロットを囲みながら迫っていた先遣隊は、完全に体制を崩されていた。
数キロ先にいるアリス達も驚かせるほどの地響きを起こしたランスロットは、変わらずかったるそうに地面から剣を抜く。左手で勢いよく突き刺した槍の方は、元々自分の所持品ではないのでそのままにして。
見回しても砂埃で視界が覆われている。その向こうで多くの兵が混乱と恐怖に躍らされている様子は、容易に想像がついた。ランスロットが剣と槍を地面に思い切り突き刺したことにより、地震に匹敵する衝撃波が生まれ、広がった。馬は本能的に逃げ出したり、衝撃に耐えられず転倒したりで、跨る兵士も例外ではなかった。そして歩兵の多くも腰を抜かしてしまっていた。
化け物だ、と喚きながら遠ざかる者達の声に、ランスロットはほくそ笑む。モルガンの洗脳を受けてなお……戦う目的を克明に刻まれているにも関わらず、本能的な恐怖の前で人は総じて無力である。
自分だったらどう感じるだろうか。圧倒的不利でも一太刀ぐらいは入れようと奮闘するだろうか、いや、恐らく違う。洗脳を受けている身で、強敵を前にすればきっと……――
ガキイィィィン!
「お前なら笑って挑んでくると思ったぜ、パーシヴァル」
師と弟子は似るのだろうか、それとも、似ている何かが内在するから師として仰ぐのだろうか。今のランスロットにとって、その答えはどちらでも良かった。ただ一つ、彼が今何をすべきかは明確となっている。
空気までも震わせるような金属音を立て、ぶつかり合った二人の剣。ランスロットはその向こうに、パーシヴァルの笑みを見ていた。洗脳され、記憶に靄をかけられたところで、根本の性質は変わらない。パーシヴァルは、与えられた任務に「歯応え」があることが嬉しくてたまらないのだ。味わったことのない刺激を与える相手との邂逅ほど、気分を高揚させるものはない。ただし今のパーシヴァルは、その本能に対する理性の介入がない。すなわち、相手が誰であるかなどどうでもいいのだ。
隙なく撃ちこまれていく剣撃をいなし、かわし、弾きながら、ランスロットは考える。キャメロット王都近くの森でアーサー王がしたように、パーシヴァルの心の靄を言葉によって晴らす方法を。モルガンに洗脳されていた自分がひたすら「キャメロットのために」と盲信し動いていたのと同じく、パーシヴァルにも譲れない理由があるはずだ。
考えながら攻撃を受け続けるランスロットに対し、パーシヴァルは突然距離を取り、動きを止めた。もしや刃を交える中で記憶や意識に訴えるものがあったのか……ランスロットは次の瞬間、そんな甘い考えを僅かでも抱いた自分を嘲笑うことになる。
「すごいなぁ……強いなぁ……」
肩が上下するほどの呼吸を落ち着かせ、パーシヴァルはニタリと笑った。握っていた剣を捨て、腰に差していた「本当の武器」を手にする。それは、彼がリスティスから王都へ移住し、ランスロットの弟子となった後で持つようになった、彼特有の武器――双頭刃式の槍だった。
王都にいた頃、ニミュエの加護で早い切り返しができるランスロットとの手合わせを繰り返すうち、刃部分を増やせばよいという結論に行きついたパーシヴァルが、積極的に使うようになった武器である。
「正直、キャメロット侵攻の方が楽しそうだと思ってたんすけど……勇者襲撃で良かった」
「……同感だ」
剣を握り直したランスロットは、ほんの少し、眉間に皺を寄せて答えた。
「今のお前を、リスティスに向かわせるワケにはいかねぇ」
「意味わかんねぇ……よっ!」
言い終わると同時に攻め寄るパーシヴァル。剣を使っていた先ほどとは明らかに動き方が変わり、頭では分かっていたが少し押される。リーチの変化に加え、刃の形状、威力のかけられ方、回避すべきタイミングの変化……それら全てを、懐かしむ自分がいた。
初めてこの槍を使うパーシヴァルと戦った時のことが思い出される。確か、一瞬だけ不意を突く攻撃があった。咄嗟に回避して食らいこそしなかったが、どうやら表情に出ていたらしく、それを見たパーシヴァルは飛ぶように喜んで……――
そう、あの時確信したのだ。パーシヴァルには磨かれるべきセンスが備わっており、そのセンスは、彼自身の理想に沿って「正しく」発揮されるべきだと。その考えを思い出せた今だからこそ、ランスロットは自らに二つの約束を課したのだ。アリスとの約束、そして……アグロヴァルとの約束を。
―「悪かった」
リスティス城を出立する前、ランスロットはアグロヴァルの部屋を訪ねていた。
ロビン・フッド襲撃騒動の中、ランスロットに拳を食らったアグロヴァルは、鼻から頬にかけて大きなガーゼで覆い、痣を隠していた。ランスロットからの急な謝罪にほとんど動じず、大量の書類に目を通しながらアグロヴァルは返す。
―「はて、貴様から謝罪されるべき案件は両手で数えても足りないのだが」
―「パーシヴァルのことだ。それ以外でてめぇに謝ることはねぇ」
アグロヴァルの手が一瞬止まる。が、返答は何もない。構わずランスロットは続けた。
―「アヴァロンへの調査に出た時、俺は……モルガンの精神干渉を受け、アイツを斬った。俺の弱さが招いた結果だ。否定なんざしねぇ。だから償わせろ。俺がペリノアじゃなくお前に話しに来た理由は、お前が一番分かってるはずだ」
―「……償う奴が、よくもそんな上から物を言えるな」
―「知ってるだろーが俺はてめぇが嫌いだ。重責で雁字搦めにされてる悲劇の主人公面とかな。けど、アイツは……お前を慕ってた」
ランスロットの暴言に暴言を返そうとしたアグロヴァルは、口を噤んで目を閉じる。
―「ならば……連れ戻せ。アヴァロンの一兵になど成り下がるなと、伝えろ」
―「ああ」
***
左腕に抱える彼女から、血の気が引いてゆく。
人間の女性の血を吸ったのは、いつ以来だろうか。少なくともこれまで、伯爵に「自らの血を差し出した女性」は、力の継承を終えた直後のカーミラだけであった。感傷に浸る伯爵の舌と喉に、アリスの血が滑るように広がる。生温さの中にとける幽かな鉄の香りと、吸血鬼のみが感じとれる独特の「上質な甘さ」が、彼を緩やかに興奮状態へと導く。
止まらない、止められない、止めたくない……渦を巻く衝動にストップをかけたのは、血を差し出したアリスの小さな呼びかけだった。
「は、く……しゃく…………うぅ……」
彼女の首筋から牙を抜き、初めて気付く。貧血状態に陥ったアリスは意識を失っていた。細い呼吸をするだけで精一杯な様子を目の当たりにし、無理をさせてしまったのだと悟る。
「アリス嬢……すまない」
ぐったりとしたアリスの身体を片腕で支え直し、伯爵は急降下した。向かう先から聞こえた、愉悦の混ざる人狼サーヴの挑発的な声。
未だ立ち込める白い霧のせいで、マーチ・ヘアとリトル・ジョンは防戦一方にならざるを得ない。そんな彼らと交代をすべく、伯爵は降り立った。姿こそ変わっていないものの、纏う雰囲気は先ほどとまるで別人のようで。ヴァンパイアの力を解放してからも僅かに感じられた穏やかな雰囲気は、もはや残っていなかった。




