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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
71/258

ランスロット卿 ―最強の剣士―

 ***



 シャーウッドを避けるように山道を進んでいたアリス御一行の中で、初めに異変を察知したのは、マーチ・ヘアだった。平常時よりも少し遠方まで音を拾えるよう意識していた彼は、その耳でキャッチしたのだ。迫りくる無数の騎馬の足音を。


「伯爵、10時の方角だ。数や装備など、可能な限り知りたい」

「やってみよう」


 黒い翼を広げた伯爵は、他よりも高く伸びた木の上に立ち、「音なき声」で()く。十数秒後、その反響音を解析してアリス達の所へ戻ってきた彼は、躊躇(ためらい)いがちに口を開いた。


「良いか悪いかはさておき、モルガンが優先する対象はこちらのようだ。200名前後で構成された先遣隊(せんけんたい)が接近している」

「えっ!?」

「なーんだ、キャメロットは二の次ってこと?」

「ってこたぁつまり、あの宣戦布告自体、俺らをリスティスの城から出立させるためのエサだったワケか。で? 率いてんのは誰だ?」

「あくまで推定だが、先遣隊長は……パーシヴァル卿」


 伯爵の口から「その名前」が出た瞬間、アリスは背後の空気が変わったのを察知した。振り向いて話しかけようとする前に、彼は馬を降りる。


「ウサギ、俺の代わりに乗れ。小娘はまだ一人じゃ無理だ」

「了解した。そちらは頼む」

「はっ、誰に言ってんだよ」

「え、ちょっと、待って……ランスロット!」


 降りたランスロットにかわってマーチ・ヘアがユフィに乗る。まるで予め決められていたかのような自然な会話や動きの流れに、戸惑いながらアリスは馬上から呼び止めた。


「1人でなんて、絶対ダメ! 200名前後って伯爵が……」

「うるせぇなー、どいつもこいつも」


 かったるそうに頭を掻いて、ランスロットはアリスを見る。


「これが俺の役割だ。パーシヴァルは俺がぶん殴りに行く。命は取らねぇ、それでいーだろ」

「で、でも……」

「伯爵、距離どんぐらいだ?」

「そう遠くない。向こうは約半数が騎馬だ。この方向へ真直ぐ行けば数分で出会うさ」

「そーか」

「装備はそれぞれ剣と盾、歩兵は槍で……」


 アリスの反論を聞かないつもりなのか、伯爵に問いかけ情報をもらうランスロット。その姿を見て初めて、アリスは痛感した。モルガンが(よう)する4人の側近に対して4人の護衛を用意してもらうことで、どういう状況になるのか。ゲームのように1体ずつ敵が出てくるワケじゃないということ。

 それにしたって、200人の迎撃に送り出さなければならないなんて、無茶ぶりにも程がある。不利どころか初手で詰んでるも同然だ。


「アリス殿?」


 僅かな震えを感じ取ったマーチ・ヘアが、アリスに呼びかける。罪悪感、無力感、不安……それらに増幅される「引き留めたい衝動」を、決意をもって呑みこんだ。


「ランスロット、一個だけ約束して」

「あ?」


 恐れの一切は口にしない。もう泣かないと、決めたのだから。彼らの決意を無駄にしない。アリス(勇者)に求められるのは、いつだって「勇気」以外ないのだから。


「私が全部クリアしたら、もう『小娘』って呼ぶのナシね!」


 想定と全く異なったアリスの主張に、ランスロットは一瞬固まり……笑った。


「バーカ。やってみろ、小娘」


 白銀のマントを(ひるがえ)し、ランスロットは駆け出す。非常時の連絡用に、伯爵のコウモリを2匹連れて。その姿を数秒見送ったアリスは、手綱を握り直して前を見た。


「行きましょう。とっとと終わらせなくちゃ」

「ああ」



 ***



 聞いていた通り、数分で敵の先遣隊の姿を捉えることができた。シャーウッドの外側に広がる荒野を駆け、真直ぐに勇者一行の方へ向かう軍勢。そしてその先頭に、特徴ある長槍を持った見覚えある人物の姿。

 リスティスの城からアリスを出立させるために宣戦布告をしたモルガンのことだ、パーシヴァルを先遣隊長にした目的は十中八九「最強の剣士であるランスロットを一行から遠ざけること」であろう……ランスロット自身、それは分かっていた。そう読んだ上で、乗ることにした。理由はただ一つ、向こうの策略通りになろうと何だろうと、パーシヴァルだけは絶対自分が止めなければ(・・・・・・)ならない(・・・・)からである。


「かったりーけど、やるっきゃねぇよな」


 リスティスの城にて、アリスに誓った。もう誰の命も奪わない、と。そして出立前、アグロヴァルと約束した。必ずパーシヴァルを連れ戻す、と。

 坂を滑り降りて荒野に出る。白銀に身を纏ったランスロットは、すぐさま敵部隊の目に留まった。予想通り、彼らはモルガンからランスロットの足止めを指示されているらしい。全員が全員、そろってランスロットに敵意を向け、押し寄せてきた。そこらの兵士であれば、円卓の騎士随一の剣士と名高いランスロットを前にしただけで恐れを抱き、動きが硬くなる。しかしさすがアヴァロンの兵士と言うべきか、そんな気配は(つゆ)ほどもなく、勝利する気で挑んできているのが伝わってくる。

 ランスロットにとってその状況は、むしろ喜びを感じるものだった。畏怖を持たれず挑まれる。遥か昔、自分が剣を習いたてだった頃の……挑戦者側だった頃の感覚。


「俺にとっちゃ有難ぇが、お前らにとっちゃ災難ってトコか」


 正面から押し寄せる敵部隊は40メートルほど手前で3つにわかれ、ランスロットを正面・左右から潰そうと迫る。正面からの集団にパーシヴァルの姿を見たランスロットは、躊躇いなく右手側から迫る部隊に突っ込んでいった。


「俺の担当になっちまったのが運の尽きだ」


 駆けながら体勢を低く落とし始めるランスロット。右手側部隊の先頭を固める騎馬とぶつかるその瞬間、彼は馬の脚だけを狙い、剣を振るった。

 痛みにより暴れて倒れる馬の悲鳴と、振り落とされる兵士の悲鳴がほぼ同時に響く。前方の混乱は後方の歩兵にも伝播し、揃っていた足並みが乱れる。馬が倒れたことで立ちこめる砂埃(すなぼこり)の中、時折はためいて見える白銀のマント。だがそれを視認した時には既に、歩兵たちに槍を振るうことはできなかった。

 ザシュッ、ザシュッ、ズバッ……


「う、うあああああ!!」

「ぐああっ!」

「ぎゃあああ!!」


 混乱と悲鳴と砂埃の中、寸分の狂いもなくランスロットの剣は振るわれ続ける。自分を囲む歩兵たちの利き腕……その上腕二頭筋のみを斬りつけて。

 命は取らないと約束した。だが剣を弾くだけでは戦いは終わらない。アヴァロンの兵士は「(おのれ)が勝利できる」と確信をもって挑んできている。ならば絶対に勝てない状況に変え、敗北する未来を突きつけるしかない。すなわち、「相手には武器が扱えて、自分たちにはもう武器を握ることすらできない」という絶望的状況に。


「な、何なんだ……この強さは……」


 そして、命を取られず戦う(すべ)だけ失った歩兵たちは、目の当たりにして、再確認する。自分たちが喧嘩を売った相手、仕留めようとしている獲物が、白銀の怪物(最強の剣士)だということを。


「帰れよ雑魚(ざこ)ども……俺が、てめぇらの両足ぶった斬りたくなる前に」

「ひいっ……」


 芽生えてしまった(おそ)れには抗えない。利き腕が使えなくなった者たちが、各々の判断でバラバラと離脱し始める。右側から迫った集団が戦意喪失し出す中、ランスロットは頃合いを見計らって振り返る。正面と左手側から来ていた集団を迎え撃つために。

 パーシヴァルの指示があったのだろうか、合流してから再び2手に分かれ、ランスロットを360度囲むつもりのようだ。騎馬の足音が自分を囲むように広がっていくのを感じ取ったランスロットは、面倒くささから溜め息をこぼす。


「せこいよな、そっちばっかり馬乗りやがって……」


 逃げ出した歩兵たちの落としていった長槍も使いながら、引き続き歩兵たちの利き腕を無力化していく。幼少期に(ほどこ)された「ニミュエの加護」は、剣以外の重さもランスロットに感じさせなかった。小枝どころか、綿棒(めんぼう)を投げるような感覚で長槍を扱い、少し距離のある相手からもたちまち利き腕を奪っていく。


―「ランスさん! ランスさん! どうやったら、そんな風に強くなれるんですか!?」

―「超軽やかじゃないっすか! マジぱねぇ!!」

―「ランスさんみたいな手首の切り返し、出来たらなぁ……」


 無意識に再生されるのは、一昔前の記憶。円卓の騎士となったランスロットが初めて、アーサー王に同伴してリスティスに足を踏み入れた時の……パーシヴァル少年に出会った日の記憶。

 あれから何度、手合わせをしたのだろう。「ニミュエの加護」による差は埋められないと知ってなお、自分に近付こうと師事した彼の動力源は何だったのか。付きまとわれること自体を面倒に思っていたランスロットは、とうとうその質問をしないまま、今こうして、彼と彼が率いる部隊に対峙(たいじ)することとなってしまった。


―「てゆーかランスさん、精霊の加護で軽く振っても重い剣撃になるんすよね? じゃあもしランスさんが全力で剣振ったら、どーなるんすか?」


 最初に突っ込んだ集団の歩兵を大方戦闘不能にしたところで、ランスロットは察知する。騎馬による円形包囲が完了し、一斉に突撃してくる気配。


「しょーがねーから見せてやるか……」


 右手に自分の剣、左手には拾った数本の長槍を持ち、スーハーと深めの呼吸を一つ。四方八方から襲いかかる騎馬の足音を聞きながら、両手の武器を握り直し、思い切りその先端を……地面に突き刺した。


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