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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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旅の終わり(任務完遂)を目指して

「だからさ、こんな言い方しかできない(・・・・)んだってこと。何十日も一緒に旅してんだから察してよ、いい加減」

「チェシャ……」

「もう『(ルート)』が見えてるアリスちゃんにとって、『案内役としての俺』は必要ないだろ? だから別行動。暗雲は払っといて損はないからね」


 穏やかに語り掛けるような声は、数秒前とは別人のようで。アリスは思わず、チェシャ猫の背に手をまわしていた。涙をこらえなくてはと思いながら、(すが)りつくように抱きしめ返す。


「チェシャのバカっ……ホント、そーゆーの、ズルい……」

「何だいソレ。ああ、もしかして俺がいなくなると結構寂しかったりする?」

「違っ……く、ない…………だって、ずっと、居てくれたのに」


 互いに表情が隠れている状況が、照れくささから来るアリスの意地をなくした。面と向かっては絶対に言えない言葉が、たどたどしくも、きちんと出てきたのだ。

 これまで何度も助けてくれた。「専門外なんだけど」と文句を言いながら、守ってくれた。嫌味や皮肉ばかりなのに、憎たらしい笑みに苛立つことも少なくなかったのに、それ以上に彼のことを頼もしく思っていたのだと実感する。


「……アリスちゃんだって充分ズルいよ」


 数秒の沈黙の後、盛大な溜息をつかれたのは、気のせいではないだろう。


「やっと固まったのにさ、ブレさせないで欲しいんだけど」


 気だるそうな、面倒くさそうなトーンでチェシャ猫は言う。もしかしてずっと迷っていたのか。アリス本人よりもアリスの未来を憂慮して、最善を探してくれていたのか。だとしたら決断をひっくり返させるのは、さすがに気が引けてしまう。

 けれどチェシャ猫を欠いたままでこの旅をうまく終結させられるのかと問われれば、アリスの中では圧倒的に不安が勝るのも事実。


「じゃあ……一つだけ、頼みっていうか、お願いっていうか……」

「んー……まぁいいや、言ってごらん」

「私がもし、この先迷うことがあったら……その時はまた、示して欲しいの」

「指針をかい? 俺、そんなことしてたっけ」

「ううん、示して欲しいのは『選択肢』。その時の私にどんな選択肢が残されているのか……その整理を手伝って欲しいの」


 アリスの依頼にチェシャ猫は驚き、抱きしめる腕を緩めた。(彼女にとって)右も左も分からない世界に来てから、ただの一度も揺らいだことのない姿勢……それは、「最善の方法」を他人に決定してもらうのではなく、あくまで自分で考えて探そうとする姿勢。マイペースとも、自分本位とも違う、視野を広く持とうとする姿勢。

 これだから、この勇者は面白いのだ。「案内役」を「先導役」と捉え間違えない、順応性(じゅんのうせい)の持ち主……とでも言うべきか。


「……分かったよ」


 興味深くてたまらない――そんな感情を笑みに込め、チェシャ猫は自分とアリスの額をくっつけた。縮まる距離を意識するあまり頬を紅潮させるアリスのことなど気にも留めずに、こう告げる。


「迷ったらいつでも俺のこと呼んで。しょうがないから飛んでいってあげるよ、アリスちゃん」

「えっ、あ、うん……って、ち、近いんだけど!!」


 耳まで赤くしながら必死にチェシャ猫を押し返すアリス。相手を小馬鹿にするようなお決まりの笑みを見せながら、チェシャ猫はアリスを解放した。


「ひとまずご納得いただけたかな? 俺もこっからヒマじゃないからねぇ、優雅な旅を再開させるアリスちゃんと違ってさ」

「こ、こっちだって優雅じゃないし!」

「まぁそうだろうけど、なるべく優雅であることを祈ってるよ」


 言いながらそっと扉を開け、廊下の様子を(うかが)うチェシャ猫。誰もいないことを確かめ、「行きなよ、伯爵サマ待たせてるんだろ?」とアリスを促す。小さく頷いたアリスは部屋を出て、ふっと振り返った。


「チェシャ、あの……気を付けて。無茶しないでね」

「君にだけは言われたくないなぁ」


 鼻で笑う見送り方を、チェシャ猫らしいと思った。ムッとしたのは確かだが、アリスはもう、文句を言わなかった。

 もと来た廊下を反対向きに駆ける。東棟の入り口で待っていた伯爵は、戻ってきたアリスの表情を見て、手を差し伸べた。


「もう大丈夫、という顔だね」

「はい。すみません、お手数かけました」

「構わないさ」


 伯爵に連れられて集合場所に戻ってきたアリスは、全員に頭を下げた。だがその瞳にはもう、迷いなど欠片もなく。


「アヴァロンに行きます。目的地はその奥地、モンス・ダイダロスです」

「待ちくたびれたぜ、まったく……ほらよ」


 ユフィに跨っていたランスロットが、アリスを引き上げ前に座らせた。どうやら再び乗馬練習込みの移動になるらしい。

 マーチ・ヘアがトー卿にもらったアヴァロン周辺の地図を取り出す。


「昨日の一件でシャーウッド住民には『アヴァロンは味方ではない』という認識は生まれた。だが現段階ではまだ、横切るのは避けたい」

「あー、それについては俺も、通らないでもらいたいんだよね。万が一シャーウッドで戦う羽目になったら、森への被害が甚大になるだろうし」

「ふむ……少し迂回(うかい)になるが、大きな問題ではないはずだ。どの道、目指すはアヴァロンの奥地だからね」

「はい」


 アリスが手綱を引き、ユフィが脚を動かし始める。地図をしまいながら、別の話題を持ち出すマーチ・ヘア。


「それと、昨晩シャーウッドの住民たちから聞いた話だが、モンス・ダイダロスには『龍穴(りゅうけつ)』と呼ばれる地点があるらしい。あの山が創世の地と言われる所以(ゆえん)であるそうだ」

「なーんか似たような話、アヴァロンで聞いたぜ。ありゃあ確か……帽子屋だ」


 ランスロットの口から思いも寄らぬ固有名詞が出てきたことで、アリスは咄嗟に振り向いた。


「それって、マッド・ハッターさん!? でもランスロット、アヴァロンでは洗脳されてたんじゃ……」

「『涙を奪え』って洗脳を受ける前、『キャメロットの滅亡を回避するにはアヴァロンが必要だ』って思いこまされてた頃のことだ。(そむ)く意思こそ与えられてなかったが、ある程度の自我はあったんだよ」


 アヴァロンにて、ランスロットが顔を合わせたマッド・ハッターは、モルガンの持つ魔力に心酔(しんすい)する研究者だった。最低限の指示には従うが、争い事にはほとんど関与せず、時間と体力の許す限り「魔力の研究」に(いそ)しんでいたという。


「ヤツが言うには、モンス・ダイダロスには『特定の魔力系統』の力を強めるスポットがあるそうだ」

「特定の? そもそも私、魔力系統のこと全然わからないんだけど……」

「系統は全部で4つ。それぞれマレフィセント、フェアリー・ゴッド・マザー、ロットバルト、ゴーテルを始祖に持ってて、微妙に魔力の作用が違ぇ。そんだけ分かってりゃ充分だ」


 割と重要な情報をさらっと流された気もするが、掘り下げると長くなってしまいそうなのでグッと堪え、アリスは問い直した。


「じゃあその『龍穴』で強化される系統って?」

「マレフィセントのと、フェアリー・ゴッド・マザーの系統だ。ついでに言うと、この2つは対になってるらしい」

「つまりモンス・ダイダロスの『龍穴』にて、アリス嬢の持つ魔法石を無に帰すことは出来るかも知れない……成功する可能性は高いということだね」

「ああ、行く価値はある」


 ランスロットの返答に、アリスはごくりと唾を呑んだ。

 旅の終わりが近付いているのは確かだが、どんなエンディングになるのかは全くと言っていいほど読めないまま。ずっと付いて来てくれると思ってたチェシャ猫はいないし、起きて欲しくないと思っていた戦争もあと少しで始まってしまう。

 予想や希望に反してばかりのファンタジーだが、果たして涙を捨てた後、自分はちゃんと帰れるのか。魔法がある世界は魅力的だし、可能なら、小さい頃夢見たような魔法使いっぽく杖を振ってみたいとも思う。だが、やはりこれまで自分が価値あると信じて取り組んできた受験勉強が無意味なものになるのは嫌だし、何より、次の春がやって来た時にはもう、元の世界で普通の高校生として生きていたい。家族に、会いたい。

 遥か遠く、頭に薄雲をかぶるモンス・ダイダロスのぼやけた輪郭(りんかく)を視界に映しながら、アリスは数秒だけ元いた世界に思いを()せ……再び真正面に視線を戻した。



 ***



 広いベッドの上、寝返りひとつもせずに眠り続ける「赤髪の魔女」。窓から入る風も、数回のノックも、彼女を目覚めさせなかった。ノックをした人物は、彼女の眠りが深いと察して扉を開ける。ピクリとも動かない彫刻のようなその姿を見て、溜め息と微笑。


「無防備だな……まったく」


 ベッドにそっと片膝をつき、覆いかぶさるように両手を配置する。それでも起きる気配のない彼女の首筋に、ゆっくりと唇を当てた。


「起きねぇと食っちまうぜ、モルガン」

「…………くすぐったい」


 違和感に目覚めた彼女は、「ロビン、やめろ」と言いつつ彼を押しやろうとする。その手を握って彼女の身体を引っ張り起こすロビン・フッド。


「準備は調ってるぜ。今やアヴァロンの兵は5万に達した」

「ではサーヴに伝えろ。任せる、と。ただしアヴァロンの目的は侵略ではない。民は殺すな。狙う首は2つ……リスティス領主・ペリノアと、現国王アーサー・ペンドラゴンだ」

「アイツの部隊だけでいーのか? そもそもアイツが真面目に引き受けるかも怪しいぜ」

「構わない。それも織り込み済みだ。しかし、そうだな……ロビン、念のためお前の姿を貸して(・・・)おけ」

「ああ、分かった」

「時間制限つきではあるが、アヴァロン(こちら)の武器と防具には私の魔力がある。膠着(こうちゃく)状態は必至、同時進行で成すべきことを成す」


 モルガンの右掌に光の球が現れ、その中に「勇者御一行」の姿が映し出される。まだ完全には乗馬をマスターしていないアリスの胸元に、マレフィセントの涙が青く輝き揺れる。


「コイツら、たった5人でアヴァロン突っ切る気かよ」

「最小限の備えか……なかなか効率がいいな。それに見ろ、どうやらあの娘、お前を慕っていたあの大熊を丸め込んだようだ」


 クスリと笑うモルガンに対し、気に食わない様子のロビン・フッド。


「代わりに1匹いなくなってるぜ。仲違(なかたが)いでもしたか」

「さぁな。いずれにせよ、こちらはなるべく早く片付けたい。手始めに……厄介な懐刀(・・)を落としてもらう。パーシヴァルを呼べ」

「了解」


 ロビンが退室した後、モルガンは窓の外に目をやる。その耳の奥で未だこだまし続ける、幼い頃聞いた「始祖」の声。


―「お前の孤独は宿命……お前の孤独は、お前が私の力を色濃く受け継いだ証」


 何度も何度も(あらが)った。役立てたかった。称賛されたかった。頼りにしてほしかった。孤独を抱えて生きるくらいなら、魔力を自身で封じてしまうことも考えた。しかし数多(あまた)の抵抗もむなしく、孤独は常にモルガンに寄り添い、モルガンを包み込み、モルガンを襲った。

 ならば孤独のまま在ろうと考えた。孤独と共に国を()べようと。皆が孤独でなければ、自分は孤独を引き受けようと。


「待っていろ、始祖ロットバルト……『破壊の系統』たる呼称(こしょう)、この私が正させてくれる」


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