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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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鉄格子の君 ―夕飯提供―

 最奥の牢へと続く一本道。そこにはお飾り程度のランプが2メートルおきにぶら下がっているだけだった。よくもまぁこんなに掘り進めたものだ、と半ば感心しながら進む。城の地下を掘れば陥没する可能性だってあるのに、よくできている。堀ったそのままではなく、石のブロックで四方を固めているのだ。しかも、ランプに蜘蛛の巣が張っていたり、ネズミの走る音がしたりもない。ペリノア王は綺麗好きなのだろうか。

 何にせよ、これでは伯爵の言っていたように「見張り番のお喋りを聞く」ことはできないだろう。リスティスの内部事情については、別で探りを入れなければならなそうだ。

 色々考えながら進んでいたアリスは、ようやく廊下の突き当たり――両サイドから小さなランプで照らされた鉄格子――に到達した。


「あのー……すみません」


 牢屋は思っていたより奥まで広がっているようで、鉄格子近くのランプだけでは、中の様子はおろか、そもそも人が収容されているのかどうかさえ判別できなかった。そのためアリスは声をかけてみたのだが……応答はない。


「リトル・ジョンさん、こちらにいらっしゃるんですよね? 私、アリスっていいます。今日からその、貴方にお食事持ってくることになったんですけど……」


 シャラ、と奥から聞こえてきたのは、恐らく鎖の動いた音。どうやらリトル・ジョンは投獄されているだけでなく、常時壁に繋がれているようだ。ただ、彼がアリスの声に反応して体を動かしたことは分かったが、未だアリスの目に彼の姿は映らない。

 仕方なく、持っていたお盆を床に置き、パンを一口サイズにちぎった。姿を確認できたら、すぐに差し出せるように。


「えっと……冷めないうちに、どうですか?」

「……け」

「え?」


 弱々しく低い声が聞こえ、アリスは鉄格子に顔を近づける。と、再びシャラシャラと鎖の音。こちらに来てくれるのかと期待したアリスに、思いもよらない返答がされた。


「あっち行け……極悪領主の、手先……」

「ち、違います! 私、貴方をここから出したくて」

「拷問の果てに毒殺……からの埋葬、ってトコ?」

「何でそんな……」

「若い女に運ばせたら、俺が食べると思ったのかな……ホント、腐ってるよ……あいつ」


 声だけのやり取りだったが、アリスには分かった。彼は、長い拷問によって疑心暗鬼になってしまっている、と。しかしこの食事は、アリスがペリノア王に頼んで作らせたもの。そこに毒を入れて、リトル・ジョンを殺すなど、ペリノア王にとってもデメリットが……

 ここまで考えて、アリスはハッと気付く。リトル・ジョン毒殺はペリノア王にとってデメリットのある行為であると同時に、メリットのある事態になるのではないか。


「違うっていうなら、毒見してよ」


 牢の奥から聞こえる声は、弱々しいながらも迫るようだった。


「大丈夫なんだよね? 俺には確信がないから、あんたが食べてから言ってよ」


 一口サイズのパンを手にしながら、ジャガイモのスープを見つめる。スプーンを取って一口飲むだけ、それだけなのに。

 アリスの脳内では、ペリノア王が描き得る最悪のシナリオが構成されていた。すなわち、「アリスが持って行った食事によってリトル・ジョンが死んでしまう」というシナリオが。

 もちろんアリスは毒物など所有していないし、そもそも知識だってない。しかし領主の権力をもってすれば、料理人や番兵、息子であるラモラック卿の供述をでっち上げさせることは簡単だし、実際アリスには「暗くて長い通路を一人で歩いた」という空白の時間が存在してしまっている。そうして「勇者」をハメることができれば、その援助をしたアーサー王、ひいてはハートの女王の信用までもを失墜させることも不可能ではないはずだ。

 だが仮にその強引な計画をペリノア王が練っていたとして、食事提供の初回で実践するだろうか。いや、初回だからこそ実行の価値があるのか……考えれば考えるほど、何の変哲もない食事が毒々しく見えてくる。


「どうしたの? 食べれないの?」


 リトル・ジョンの声に追い詰められ、アリスは覚悟を決めた。パンとスプーンをお盆の上に戻し、立ち上がって、頭を下げる。


「ごめんなさい! 今の私じゃ、自信もってこれを貴方に提供できない」

「ははっ、ざまぁないね、ペリノアのメス犬」

「でもそれは、私が用意した食事じゃないからで……貴方をここから出すっていうのは本気です。明日からはちゃんと、食べれるのを持ってきます。あったかくて、おいしいのを」

「はぁ? 来るだけムダだよ。俺は絶対……シャーウッドを裏切らない」

「今度はちゃんと、目の前で毒見します!」


 お盆を持ち、アリスは速足でもと来た道を戻った。もしかしたら、リトル・ジョンの疑心暗鬼が伝染してしまっただけかも知れない。それでも、あのペリノア王がどこまで狡猾な企みをするか分からない以上、警戒するに越したことはなかった。

 ラモラック卿には「初対面だから警戒されて、食べてもらえませんでした」と誤魔化し、その食事は番兵に片づけてもらった。もちろん、シャーウッドの賊に関する情報は何一つ話してくれなかったことも伝えて。


「マーチさんには、聞こえてましたか?」

「勿論だ」

「良かった、話す手間省けました」


 客間の階に戻ってから尋ねたアリスに、マーチ・ヘアも背後を警戒しながら答える。


「賢明な判断だった。評価に値する」

「ありがとうございます。でも……明日からどうすればいいのか若干困りました。無毒を証明する約束って、見切り発車だったかも知れないです」

「いや、策はある。まずは彼らに報告を…」

「何だい? アリスちゃん。失敗した?」

「チェシャ!」


 突如部屋から出てきたチェシャ猫が、憎たらしい表情でアリスの顔を覗き込む。驚いたアリスは足を止めるも、言い返せずに目を逸らす。


「情けないねぇ。楯突いた挙句囚人のために料理を作らせたっていうのに、何一つ情報を得られず戻ってくるなんて……ペリノア王としては『いい気味』なワケだ」

「君は逐一皮肉をつけなければ口を開けないようだな。アリス殿、ランスロットの部屋へ。全員そこに集まっておくよう伝えてある」

「……わかりました」



  ***



 ランスロットの部屋にて、アリスは全員に向かって頭を下げた。


「ごめんなさい。私……何も聞けなくて、それどころか姿も見せてもらえませんでした……」

「いいじゃねぇか、警戒心が強ぇ」

「警戒心っていうより……あれは多分、拷問されて、絶望しちゃった感じが……」


 まだ受けてもいない入試に対して何か語れるアリスではないが、恐らく志望校に受からなければ――つまり受験に失敗すれば、あのような状態になってしまうのでは……と考えた。万人に対する疑念と敵意で、優しさまでも跳ねのけてしまう状態に。


「その絶望はどんな絶望だったか、わかるかい? アリス嬢」

「え?」

「正確には、『何に向けられた絶望』だったのか。それが分かれば、ほぐすのも不可能ではない」

「何に対して……」

「彼が絶望を抱いた対象を把握できれば、その評価が同等以上となる対象を与えることで、懐柔(かいじゅう)に促せる。例えば……そうだな、友に裏切られた者は『友』という存在……『関係性』に絶望する。しかしその絶望を払拭できるのは、より強固な絆を感じさせる『友』なのだ」


 目を細めて微笑む伯爵は、自らの経験であるかのようにそう語った。アリスは、リトル・ジョンの声色と言葉を思い出す。が、彼の抱いている絶望の根本的原因など、あの僅かな会話から見つけられるはずもなかった。

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