招かれ(ざ)る御一行
通された客室のベッドの上、仰向けになった状態で、アリスは大きな溜め息をついた。いくら頭にきたからって、売り言葉に買い言葉で結構無謀な条件を呑んでしまったのではないか……。早速今晩からリトル・ジョンに夜食を持っていけることにはなったが、彼は今まで(多分「拷問」レベルの)厳しい取り調べを受けていたのだ。さらっと心を開かせて、シャーウッドの賊について聞きだせるはずがない。自分にそんなたいそうな交渉術や人心掌握術がないことは、アリスが一番よくわかっていた。
と、不意に部屋の扉がノックされる。
「アリス嬢、いいかな」
「あ、はい!」
勢いをつけてベッドから飛び起き、扉を開ける。背の高い伯爵が軽く一礼してから「失礼するよ」と入室した。部屋のソファに腰かけて、アリスは問う。
「どうかされましたか?」
「困っていないかと思ってね」
「え?」
「整理すると、ペリノア王から我々に出された条件は、こうだ。近いうちにリトル・ジョンが率いていたシャーウッドの盗賊がやって来る。口振りからして夜間、それも隠密に盗みを働いているのだろう。ともかく、我々は規模も、時間帯も、目的も不明なその侵入を、防がねばならないわけだ」
「そう、ですね……」
「残念ながら現状、圧倒的に達成しがたい。せめて、宝物庫の場所さえ教えてもらえればと思ったのだが……先ほど断られてしまった」
「交渉しに行ったんですか!?」
「さすがにペリノア王に直談判は無理だと分かっていたからね、部屋を案内されがてら、ご子息の一人に探りを入れてみたんだが……完全に警戒されてしまっていたよ」
すまないね、と眉を下げる伯爵に、アリスはゆっくりと首を振る。そう言えば、どこにある何を狙っているのかさえペリノア王は教えてくれなかった。守るべき場所も、日時も、分からない。
「やっぱり、リトル・ジョンから聞き出すしか方法はないですよね……」
「そう気負わず、アリス嬢の思う通りに話しかけてあげるといい」
肩を落とすアリスを安心させるように、伯爵は穏やかな微笑みを見せる。
「ジョン君も拷問続きで疲れているだろう。可愛らしい女性の語りかけは、渇いた心にしみるオアシスになるさ」
「な、何ですかソレ……」
「言葉の通りだよ。不思議だね……君と語らってから、あの刺々しかったランスが、今はマーチ・ヘア君と仲良く手合わせしている」
「えっ?」
「中庭でね、夕飯まで汗を流したいそうだ」
実力の最大値を見せるような動きはしないだろうから安心していい、と伯爵は付け加えたが、アリスが懸念しているのはそこではなかった。二人とも完治していないはずなのに、安静にすることを覚えてくれない。そして、マーチ・ヘアとランスロットが動いているということは……
「あの、チェシャは部屋に?」
「まさか。彼はこの城の探索に出掛けたよ。守備をするのに、間取りを直に見たいと」
「ですよね……」
じっとしているはずがないとは思った。溜息をついて背もたれに体を預けるアリス。と、伯爵は少し声を小さくして、付け加えた。
「なんでも、キナ臭いそうだ」
「え?」
「賊の出現を予測できないということは、予知・未来視の可能な魔力保持者がこの城には存在しない、ということだろう。そもそもリスティスの領主は『先代派』だ。しかし……チェシャ猫君のレーダーに引っかかった」
「レーダー?」
「おや、気付いていなかったのか。彼の耳は、いわば魔力探知機だ」
「……そうなんですね」
「知らなかった割に驚かないのは、推察していたというところかな」
「言われてみれば、って感じです」
告げられた新事実に、自然と納得した自分がいた。これまでも時々チェシャの耳がピクッと動く瞬間があったのを思い出す。よくよく考えてみれば、それは「魔力」に対する反応だったのだ。
そして、だとすると伯爵の言った通り(チェシャ猫の言葉を借りれば)「キナ臭い」のは確かだった。ペリノア王はどこからどう見ても現・国王であるアーサー王やその考えに対して否定的かつ反抗的。つまりは魔力保持者の存在を快く思わない「先代派」である。にも関わらず、チェシャ猫がこの城の内部で魔力を感じ取ったということは……
「もしかして、キャメロット内部が分裂してるように、リスティスの中でも更に分裂が起こってるんでしょうか」
「ふむ。可能性はある」
顎に手を当てて少し考える素振りを見せた伯爵は、「そうだ」とアリスに視線を向け、言った。
「それを含め、リトル・ジョン君に聞いてみるといい」
「リトル・ジョンにって……捕虜なのに、ですか?」
リスティスに招かれたのではなく投獄されている身の人物に、内部事情を聞いても分かるはずがない。アリスの心中に過る反論を見抜くように、伯爵は微笑んだ。
「見張り番というのは、案外お喋りなのさ。彼が本気で解放されたいと思っているのなら、必ず耳をそばだたせているだろう」
アリスにはその理論がよく分からなかったが、とりあえず「分かりました、聞いてみます」と答えた。
しかしその晩、アリスのチャレンジ精神は見事に打ち砕かれることになる。
***
「随分暗いですね……」
「当たり前でしょう。捕虜に精神的安らぎを与える必要はないので」
アリスたちは一応「客」として扱われているようで、用意してもらった夕食はまあまあ豪勢なものだった。しかし、夕食の席にペリノア王が姿を見せなかったことから、歓迎されてはいないことも察せた。
そして食後、ペリノア王の次男・ラモラック卿に案内されてやってきたのが、この地下牢である。ちなみに、アリスに何かあったときのために、とマーチ・ヘアが同行し、最後尾にはリトル・ジョンに与えるための食事を持った番兵が付いて来ている。他のメンバーには、一足先に客室に戻ってもらった。
徐々に暗さを増していく通路に、不安を抱きながら歩みを進めるアリス。地下通路というと、初めてマルーシカに襲撃され、寒さで体が動かなくなった恐怖の記憶が蘇ってくる。振り払うように深く息を吐いたアリスを振り返り、ラモラック卿が言った。
「目当ての囚人はこの奥です。どうぞ好きなだけお話しを。ただし、これ以降は勇者殿単独で進んでもらいます」
「理由をお聞かせ願いたい」
「貴殿がハートキングダム軍司だと存じているからです。万が一でも、勝手に牢の鍵を開かれては困るのでね」
「そちらが万が一を考えるように、僕にも万が一の懸念がある。アリス殿に何かがあっては……」
異議を唱えようとするマーチ・ヘアに、ラモラック卿は嘲笑うように答えた。
「勇者殿は、かの有名な伝説の魔女・マレフィセントの魔力が込められた魔法石をお持ちなのでしょう? 軍司殿が片時も離れず傍にいる必要はないとお見受けしますが」
「しかし、」
「マーチさん、大丈夫です」
笑って答えるアリスの脳内に、「カエルの子はカエル」ということわざが浮かぶ。ラモラック卿の人を馬鹿にする時の表情は、ペリノア王そっくりだ。憎たらし過ぎてカチンと来たついでに、アリスは番兵からお盆ごとジョン用の食事を受け取る。
「ここから一人で行きます。その方が、ジョンさんの信頼も得やすいだろうし」
アリスの負けん気を汲み取ったのか、マーチ・ヘアは「くれぐれも足元には気を付けてくれ」と告げ、了承した。大きく頷いたアリスは奥へと足を踏み出した。