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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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白銀の追跡者 ―怒れる騎士―

「王宮を出るのに巨木が厄介でね、軍司サマ考案で実行は俺」

「他の人は、無事なの?」

「避難誘導は伯爵サマに頼んでおいたから特に問題は……アリスちゃん?」


 前髪で隠れたアリスの表情に、チェシャ猫は一度口を閉じる。彼女の拳は固く握られ、小刻みに震えていた。


「我慢しないで泣けばいいだろ? 君はどうせ、『君のせいじゃない』って言っても受け入れないんだから。ホント、無駄に頑固だよねぇ」

「……泣かない」


 顔を上げたアリスは、チェシャ猫に宣言する。


「私はもう、この世界で泣かない」

「ふぅん、可愛げないね」


 嫌味ったらしい笑みを見せたチェシャ猫は、不意にその耳をピクッと動かし、辺りを見回した。


「どしたの?」

「あれは……ランスロット?」

「え?」


 チェシャ猫の口から出た名前に、アリスの体は強張(こわば)る。強く真直ぐな彼の敵意に恐怖し動けなくなったのは、まだ記憶に新しい。


「まさか、脱走?」

「いや、アレは多分違う……。軍司サマ達がいる方に向かってた」

「じゃあ、マーチさんが! でもどうして」

「ちょっとストップ。まさかあっちに戻ろうとか言い出さないよねぇ? 俺は軍司サマに、君を安全な場所に連れてくよう言われてんだ。まして、こないだ襲撃してきたアイツがいるとなったら」

「チェシャってマーチさんの言うこと、聞くんだ」


 アリスが見せた挑戦的な瞳に、チェシャ猫は僅かに目を丸くしてから、ニヤリと笑った。


「随分横暴な物の言い方を覚えたじゃないか、君の吸収力には舌を巻くよ。……わかった、俺は『本来の俺の役割』を果たそう。アリスちゃん、お節介な君に用意されている選択肢は二つだ。一つ目は、マルーシカと交戦中にも関わらずランスロットの襲撃に遇うであろう軍司サマの援護に行く。もう一つは、火災で倒壊した王宮に向かい、国王サマ及びその他大勢の安否を確認しに行く。さぁ、どうする?」



  ***



 マーチ・ヘアが何を狙っているのか、マルーシカもすぐに察したようだった。彼が杖に触れることのないよう距離を取り、「五月の精」の力で巨木を操った攻撃を繰り出す。マーチ・ヘアが巨木を伝い距離を縮めようものなら、別の巨木が彼を跳ね除け、捕えようとする。


「どうして邪魔をするのでしょう。私はマレフィセントの涙が欲しいだけなのに……貴方も欲しくなってしまったのですか?」

「アレは存在すべきではない。欲することが間違っている」

「綺麗事ですね。本当は貴方も、素晴らしい魔力だと思っているのに」

「そうだな、素晴らしい。だからこそ、個人の所有物になってはならない」


 マーチ・ヘアが再びうねる巨木の上を滑るように移動し、マルーシカに接近する。その短剣が杖の先を切り落とそうとした瞬間……


「八月の精、お願いします」


 杖の先端から強い光、陽光が溢れ出した。咄嗟に目を(つぶ)ったが、それまで夜の闇に慣れていたマーチ・ヘアの目は閃光弾と同等のダメージを受けた。後退し動きが鈍くなったところに、巨木が絡みつく。


「くっ、」

「ごきげんよう、話が合わなくて残念でした」


 アリスにしたのと同じようにマーチ・ヘアを拘束し、マルーシカはチェシャ猫が去っていった方へ足を進める……はずだった。



「邪魔だ」


 拘束に(あらが)おうとするマーチ・ヘアの瞳に、血飛沫(ちしぶき)が映る。予想だにしなかった光景――白銀のマントを(なび)かせた剣士が、魔女の持つ杖と彼女自身にまとめて一太刀入れるという一瞬の出来事――に、思わず息を呑む。

 まともな悲鳴をあげることも叶わないまま、彼女はその三つ編みを闇夜にふわりと浮かせ、地面に倒れた。それきりピクリとも動く気配はない。出血の度合いから見ても、その命がもう還らないものになったということは明らかだった。

 しかし、一切の安堵なくマーチ・ヘアはすぐさま体勢を整える。彼女の魔法の効力である巨木が全て消え去った代わりに、今度は更に厄介な(というより先日は正直手に余った)相手が現れたからである。


助太刀(すけだち)、ではないか」

「てめぇが……主犯」


 白銀の騎士、ランスロットの瞳はやはり濁っていた。強く鈍い敵意のみを宿す、灰色。すなわち、モルガンによる精神的支配の下にいる……。しかしだとしたら何故、「涙」を持つアリスではなく、自分を標的にやってきたのか……マーチ・ヘアにその理由を考える余裕は与えられなかった。


「叩っ斬る」


 ニミュエの加護を受けた軽快で重厚な斬撃が、マーチ・ヘアに降りかかる。今の彼には致命傷になりそうな太刀筋だけいなし、かわすことが精一杯だった。あまり激しく動けば昨日背に受けた傷が開き、更に動きが鈍くなってしまう……その懸念が逆に彼の動きを鈍らせていく。焦りも迷いも自分の枷、戦闘においては理性こそが絶対的指針である、身に染みて分かっていた。

 ところが、意図せずランスロットに隙が生まれる。


「何故僕を狙う。涙はもういいのか」

「涙? ……うぐっ」


 推察できない襲撃の理由を問いかけると、ランスロットは頭をおさえて動きを止めた。距離を取るか隙を突くか……マーチ・ヘアが選んだのは、後者だった。何よりもまず、まともに話をするためには剣を振るえなくする必要があると判断したからである。


「涙は、奪う……キャメロットのために!」


 邪念を振り払うがごとく長剣を振り回すランスロット。その言葉に、マーチ・ヘアは「理由」と「洗脳」の片鱗(へんりん)を見た。ランスロットはただ闇雲に、操られるがまま「涙」を狙っているのではない。キャメロットを認識している、ということは……


「誰にも奪わせねぇ……まずは、てめぇから斬る」



  ***



 チェシャ猫の耳が再び反応した。


「ん? ……妙だな、マルーシカの魔力の気配がなくなってる」

「それって」


 聞き返そうとしたアリスに「静かに」と一声かけ、チェシャ猫はある枝の上で足を止める。時折(かす)かに響く金属音。目を()らせば、木々の向こうでぶつかり合っては離れる二つの人影。恐らく戦闘中のマーチ・ヘアとランスロットだろう。


「多分だけど、マルーシカは斬られたんだね」


 アリスより視力がいいのか、チェシャ猫が人影の動く方面を見ながら言った。


「二人が戦ってる(そば)にうつ伏せ、間違いないよ」

「だとしたら、ランスロットが……?」

「だろうね。軍司サマはマルーシカの杖を狙ってたし、刺客をその場で殺すことは考えにくいなぁ。向こうから得られる情報がなくなるのは避けたがるはず」

「……ちょっと待って、そしたらランスロットは今回マーチさんを追ってきたってこと? モルガンの洗脳でこの石を狙ってたんじゃ……」

「原因の詳細は不明だけど、とりあえず現状から見た結論はそういうことだね。ランスロットの敵意は軍司サマに向いてるワケだ」


 チェシャ猫の返答に、アリスは数秒考えた。このままでは、手負いのマーチ・ヘアが不利になっていき敗北する。素人(しろうと)でもわかる。木の葉が夜風に擦れ合う音が、アリスの決断を急がせた。


「チェシャ、私はここで降ろしていい、マーチさん援護して。ランスロットは……出来れば深手とかナシで、その、気絶させる、みたいな……」

「また一段と無理難題を注文してくれるねぇ」

「でも、お願い」


 自分を見上げるアリスの瞳を、チェシャ猫は真直ぐ見つめ返した。全ての考えを読まれてしまいそうで、アリスは緊張しながら彼の返答を待つ。目を合わせていたのは、振り返ればたった2、3秒のこと。耳をピクッと動かし、「はぁ」と溜息をついたチェシャ猫は、「今回だけだよ、軍司サマのフォローなんて」とアリスを枝に降ろした。


「任せるね」


 アリスの念押しに、チェシャ猫は答えなかった。



  ***



 何者かが風を切って走り来る音を、マーチ・ヘアの聴覚はキャッチできていた。そしてそれが、最早聞き慣れた枝を渡る足音であることも。

 元々相容れない性分ではあるが、こうも自分の指示が通らないと苛立ちを通り越して呆れてくる。抱いた負の感情をありったけ短剣に乗せ、ランスロットの長剣を弾いた。


「どうやら君は、僕の言葉の一切を理解できないらしい」

「イラついてるところ悪いんだけど今は軍司サマのお小言を聞いてる場合じゃなくてね。短剣一本貸してもらえると有難いんだけどなぁ」


 腰のベルトにあった短剣を一本、(さや)ごとパスするマーチ・ヘア。そんな彼にランスロットが再び斬りかかろうとするが、その刃はチェシャ猫によって受けられる。


「君の役目はどうした」

「何で軍司サマ狙われてるんだい?」

「無事なんだな」

「まぁ大方想像ついたけどね」


 全くかみ合わない会話を重ねながら、彼らはランスロットの攻撃をかわし、また片方が注意を引き片方が別方向から攻撃を仕掛けるなど(はたから見れば長年バディを組んでいたのかと錯覚するほど)意外にも息の合った動きをする。


「邪魔すんなら、まとめて斬るぜ……ソイツは、キャメロットの害だ」

「へぇ、それはまた面白い解釈だ。ちなみに俺の個人的な意見を補足しておくと、俺の優雅な日常生活におけるハリケーンのような害とも表現できるよ」

「ふざけた物言いは控えてもらおうか。まともに職務も果たさず指示も遂行(すいこう)できない方がよっぽど厄介な害と言える」

「従う義理はないってさ、アリスちゃんが」

「それも曲解(きょっかい)だろう」

「俺相手に無駄口とは余裕じゃねぇか」


 ランスロットの剣さばきが一段と速さと重さを増す。どうすればこの凄腕(すごうで)の剣士をなるべく無傷で気絶させられるのか、考えれば考えるほどチェシャ猫には不可能に思えてきた。

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