表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
33/258

少女再来 ―マルーシカ―

「素晴らしいですよ、四月の精」


 アリスの前に立つ少女は、その手に握る杖を愛おしそうに撫でる。


「また会えましたね、勇者さん。もっとも、あなたに用はないのだけれど」


 息苦しさを感じながら、何一つ抵抗できない。と、四肢と胴体を拘束する幹と根はそのままで、首を絞めていた幹だけが緩まる。


「はぁっ……はぁっ……」

「あら? そんな指示はしてないのに……やっぱりダメみたいですね。直接息の根は止められない」

「マルーシカ……」

「私の名前、ご存じなんですね。ふふっ、けれど無意味です。名を知られたところで、あなたには指名魔法は使えませんから」


 指名魔法なんてものがあるんだ…あらかじめその知識があれば、いや、もしあったとしても魔力がなければダメだ、「ただ呪文を知っているだけの通行人」にしかなれない……と、ややずれた思考を一通り行ってから、アリスは自分の置かれた状況を整理し始めた。

 誰も来ていない、来るはずがない。何故なら今、キャメロットの王宮そのものが巨木の根と幹で覆われ、または地中から生えるそれらに貫かれ、大きな損害を(こうむ)っているからだ。この森へと引きずられながら見た感じでは、巨木に覆われた王宮から脱出することすら困難を極めていそうだった。


「どうすれば外せるのかしら。陽の光でなら焼き切れるかしら……もっとよく見たいわ」

「あっ……」


 アリスを拘束している幹が、ぐぐぐっと動く。両手を頭の上に束ねられ、両足も閉じた状態で固定された。(たと)えるなら(はりつけ)……罪人の死体が(さら)される時の状態である。背後から(ただよ)ってくる桜の香り。恐らく、今アリスが磔にされている巨木は桜の木なのだろう。


「美しい光……夜の闇にもよく映えますね」


 アリスの胸元にある涙をまじまじと見つめるマルーシカ。以前アーサー王に射られた傷が()えていないのか、その肩から腕にかけて白い布が巻かれていた。



  ***



 王宮のあちこちからパニックに陥った声が聞こえてくる。その中でマーチ・ヘアは、ひたすら耳をそばだたせていた。

 「巨木の壁」の向こうにいたはずのアリスは、外部から侵入した「何か」によって拉致された。だが場所が特定できない。並外れた聴覚を持つ彼だったが、王宮内の雑音がひどいため、断片的に聞こえるアリスとマルーシカ(と思われる少女)の声から正確な位置を割り出せないでいた。


「暇そうだね軍司サマ、この緊急時にボーッと突っ立ってるだなんてさ」

「……いちいち嫌味を言わないと口を開けないのか。アリス殿が城外に連れ出された。以前襲撃してきたマルーシカという魔女が原因だ。声を辿っているから僕の近くで騒ぐな」


 端的な情報をチェシャ猫に伝えたマーチ・ヘアは、再び聴覚に意識を集中させる。一方のチェシャ猫も(おおよ)その事態を把握し、その上でマーチ・ヘアに言う。


「通常ボリュームで喋るから文句は受け付けないよ。仮にアリスちゃんの位置を特定できたとして、まず俺たちが王宮と心中しかけてる状況なのは知ってるかい?」

「打開策は(すで)にある。使え」


 マーチ・ヘアがベストの内ポケットから取り出しチェシャ猫に投げたのは、マッチ箱だった。キャッチしたチェシャ猫は半笑いで返す。


「冗談じゃないよ、正気かい? さすが軍司サマ、三月ウサギの名は伊達じゃないね」

「下らないことを言う暇があるなら王宮内の者を避難させに行け」

生憎(あいにく)俺の脚じゃ即実行は無理なんだよねぇ。だから宜しく、伯爵サマ」


 チェシャ猫がそう呼びかけた先には、一匹の蝙蝠(こうもり)。どうやらそれを通して一方的にだが伯爵のもとに音声が通せるようだ。


「はぁ……これで俺も放火の実行犯になるのかぁ」

「主犯は僕だ。問われた責任は負う」

「これまたたいそう男前な台詞言ってくれるねぇ、そんなキャラだったっけ?」


 言いながら、渡されたマッチを1本擦るチェシャ猫。同時にマーチ・ヘアはアリスの位置を特定できたようで、閉じていた目を開けて答える。


「君が負うと言うなら任せるが」

「冗談じゃない、誰もそんなこと言ってないだろ。諸々の弁償と厄介事(やっかいごと)の処理は宜しく頼むよ、男前な軍司サマ」


 チェシャ猫はお決まりの笑みを見せつつ巨木の壁に火を放ち、それは瞬く間に大きな炎として広がっていった。



  ***



「力を貸してください、八月の精」


 マルーシカの持つ杖の先端が黄色い光を放ち、途端に外気温が上がる。恐らくこれが「八月の精」の力なのだろう。まさしく八月の夏休み、だらけたくなるというより一切何もしたくなくなる灼熱地獄。焼ける……そう思った。命の危機に瀕していることは分かっているが、アリスの頭に浮かんだ第一の反応は日焼けへの危機感だった。

 眩しさに目を閉じるしかない中で、「ふふっ」というマルーシカの笑い声が聞こえる。彼女自身は自分の魔法の影響を受けないことは、前回の襲撃で明らかになっていた。つまり、ここでどれだけ陽の光を浴びてもアリスと違って肌に害はないのだ。日焼け止めが欲しい。日傘が欲しい。せめて帽子が欲しい。いっそ「涙」を繋ぐ(つる)のような紐など焼き切れてしまって構わないから、日焼け対策をさせて欲しい……暑さによって溢れ出る汗を気持ち悪く思いつつ、そう願った。


「……この、ヘタクソ……」

「何か言いました?」

「暑いだけで……ちっとも、焼き切れない、じゃん……紐に、もっと……集中させなさいよ……ヘタクソっ……!」


 灼熱に耐え切れず、気付いたら暴言を吐いていた。視界は既にぼやけていたため、この訴えがどれぐらいマルーシカの怒りを引き出したかは分からなかったが。肺に流れ入る空気すら熱を帯びて、鬱陶(うっとう)しい。呼吸そのものをしたくなくなってきたが、脱水症状になりかけているアリスの呼吸器官は、どうやら大気中の酸素と水蒸気を取り込もうと必死だ。

 しかし突如その状況は一変する。


「面倒だけれど、仕方ないですね。あなたの息の根、止めることにします」

「は……?」

「出番ですよ、一月の精」


 暑さによる気だるさで数秒しか正面を見られなかったが、アリスはしっかりと視認した。マルーシカの目は、笑っていなかった。どうやら先ほど逆鱗(げきりん)に触れてしまったらしい。マルーシカの指示の直後アリスに強く冷たい風が吹きつける。灼熱地獄は一瞬にして極寒地獄へと変貌を()げた。

 呼吸をすればするほど熱気にあてられ溶けそうになっていた肺に、今度は刺すような冷気が流れ込む。不快に感じていた自分の汗臭さを検知できなくなり、嗅覚の機能停止を悟った。小刻みになる呼吸は白い息を作り出し、自分の汗だった液体は体幹を冷やす氷になる。急激な温度変化に、アリスは眩暈(めまい)を引き起こした。


「もっと、もっとですよ。十二月の精も力を貸してください。作り出すのです、あなたたちが起こしうる最大級の寒波を」


 今度は肌の日焼けどころではない、さすがに命の危機が迫っているのが分かった。「息の根を止める」とまで宣告されたのだ、両手両足を拘束された状態で勝ち目はおろか突破口など見つかるはずもない。「涙」の反応をちらりと期待するも、前例を思い出し無駄な思考だと悟る。

 折角、ヴァンに凍傷を治してもらったのに。折角、リハビリで歩けるようになったのに。折角、アーサー王に援助をしてもらうことになったのに。悔しい……自身の体の震えを感じながら、アリスは目を閉じる。この寒波の中ではもう、何もできないのだと、諦めて。



 遠くで、何かが倒壊するような音がした。


「起きろアリスちゃん!!」


 うるさいな、言い返そうにも口が動かない。が、うっすらと開けた視界の中で、マルーシカの杖から放たれていた青白い光が止まっているのを確認した。

 同時に、何かを切り裂くような音と、四肢が解放された感覚。そして……


「なんか、焦げ臭い……」

「危機一髪で駆けつけた救世主への第一声がソレかい? 本当に君って失礼を極めてるよね」

「森番、アリス殿は」

「嫌味言える程度には元気だよ」

「ならいい、行け」

「言われなくてもそっちは宜しく頼むから」


 チェシャ猫とマーチ・ヘアの会話が聞こえ、アリスは焦げた匂いに包まれる。チェシャ猫が自分を抱え上げたのだろう、と察しはついた。その証拠に、夜のヒヤリとした風が強めに当たる。


「チェシャ……」

「ん?」


 感謝しなくては、と思った。彼の腕の中でその体温をとても温かく感じる。みるみるうちに血の巡りがよくなっているのが分かる。しかし、自然と口を突いて出た感情はもっと我儘なもので。


「遅いっ……!」


 声が上ずっている。死の恐怖と間一髪(かんいっぱつ)助けられた安堵とで、頭がごちゃごちゃになっていた。一体この国に来て、何度目だろう。泣きたくないという意思とは裏腹に、アリスの目元はじんと熱くなるばかり。先ほどあんなに汗を流して水分を失ったはずなのに、どこにそんな余計な水分が残されていたのだろう。


「うん、ごめんね」


 そしてこういう時に限って、チェシャ猫は意地悪ではなくなるのだ。皮肉屋系男子のギャップの威力をひしひしと感じつつ、アリスは問う。


「マルーシカは?」

「軍司サマがお相手中。杖さえ何とかなれば一捻(ひとひね)りだから心配ないよ」

「あと、さっきすごい音がして……」

「それは多分、俺のせいかな」

「え……?」


 半笑いでそう答えたチェシャ猫は枝を飛び移っていた足を止める。何が「俺のせい」なのかと疑問を持ったアリスは、「見てごらん」と言われて目を向けた先の光景に、愕然とした。


「なん、で……」


 小高い丘の上、平和と豊かさの象徴のように佇んでいたはずの王宮が、燃え盛る炎の中、瓦礫(がれき)の山と化していたのである。闇夜に映える炎はアートのようで、遠くから見ているからか、キャンプファイヤーなどの陽気な思い出と結び付けてしまいそうになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ