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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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相互和解(理解)

  ***


 戻って来たその部屋の前は、とても静かだった。

 城に帰ってくるやいなや、持っていた荷物は全部自分のベッドに置いて来た。「俺の部屋まで運んで欲しいやつもその中にあるんだけど」とかいうチェシャ猫の訴えは聞かなかったことにし、無我夢中で走ってきた。

 生真面目(きまじめ)な彼のことだ、恐らくまた対アヴァロン戦の資料に目を通しながら策を練っているのだろう。もしくは気分転換に読書でもしているのか。

 ノックする前に、再び息を吐く。まるで初めて会った日のようだ。相手は軍人、当然のことながらアリスの気配は察知されており、ただ佇んでいるだけの状況を奇妙に思っているかもしれない。


「あの、少し話してもいいですか」


 ノックはやめた。自分の胸に手を当てる代わりに、ドアに手を当てそう呼びかける。返事がないのは了承だろうか。いや、この場合は微妙に断定しかねる。もしかすると、何についての話なのかが分からず返答しづらくなっているのでは……そう考えたアリスが口を開こうとしたその瞬間、ドアが開いた。


「マーチさん……あの、」

「僕も君と話したかった。というより、謝りたかった」


 予想外の言葉と突然下げられた彼の頭に、困惑する。


「な、何で……マーチさんは悪いことなんて一つも」

「僕の落ち度は君が指摘してくれた通りだ。即ち、戦場に慣れていない人間への配慮不足……アリス殿、僕は君の身を守ることに専念したあまり、君の心を守ることを(おこた)った。今更だと言われればそれまでだが……」

「マーチさん、頭上げてください。お願いです」


 アリスに言われてゆっくりと体勢を戻し、視線を合わせるマーチ・ヘア。それを確認してから、今度はアリスがバッと頭を下げた。


「謝るべきなのは私の方です。本当に、本当にごめんなさい。こちらこそ今更ですけど、さっき気付いて……いえ、気付かせてもらって、全速力で戻って来たんです。私、自分勝手で……自分じゃ何も出来ないのに、戦いでは一太刀(ひとたち)防ぐことも、かわすことも、攻撃を読むことも、ホントに何も出来なかったクセに……文句ばっかり言って……マーチさんもチェシャも伯爵も、最善を尽くしてくれたのに……私には、足りてなかった……」


 握りこぶしが震えているのが分かった。言葉を(つむ)ぐたび、心臓が口から飛び出そうになる。それでも伝えなければ。理不尽な苛立ちをぶつけてしまったから、これからの覚悟を示さなければ。


 頼ることなんて、嫌いだ。けれど考えてみれば、元いた世界でも、常に誰かに助けられながら生きているのだ。お小遣いをもらっている。教科書を買ってもらっている。食事を作ってもらっている。布団を干してもらっている。お風呂掃除はしているが、沸かすのは当番制だ。

 スケールはだいぶ違うが、多分それと同じなのだ。日常的に剣や弓が流通している世界で、(かば)い庇われは当たり前。冒険をしているのだから、誰も怪我をしないでクリアするなんて奇跡は起こらない。

 そして今、自分は庇ってもらったから生きている。


「私、勇者なのに……勇気が足りてませんでした。どんな状況でも、私に求められるのは勇気(それ)なのに」

「アリス殿……」

「だから変わります。考え方を変えられるように頑張ります! 私、まだちゃんとした勇者になれてないけど……マーチさんが大丈夫だって判断した傷は、大丈夫なんだって思えるようになります!」


 頼ることなんて、大嫌いだ。誰かの傷を見るとむず痒くなってしまうし、背筋がゾッとしてしまう。しかし今のアリスには、勇気をもってその感覚を乗り越えることが必要らしい。共に運命を背負ってくれた彼らに、敬意を込めて。


「マーチさん、昨日は全力で戦ってくれて本当にありがとうございました。おかげで私、勇者の任務続けられます。だから、改めて感謝します」


 チェシャ猫に告げた時とは違い、可能な限り口角を上げた。もう覚悟はできているのだと、マーチ・ヘアに伝えるために。


「ただ……心配はさせてください。私は女王様からマーチさんとチェシャを預かっているんです。そういう契約を交わしたワケじゃないけど……気分的には大体そんな感じです。だからなるべく無茶はして欲しくないですし、二人は一刻も早くハートキングダムに帰還すべきだとも思います」


 マーチ・ヘアの二色の双眸(そうぼう)が、アリスを真直ぐに見る。右目のグレーは彼の厳格さ、左目のエメラルドは彼の堅実さを表しているように思えた。年下の小娘にだってこうして正面から向き合ってくれるのだから、その勤勉性は最早(もはや)疑いようもない。


「君は本当に……いや、やめておこう。その心構え、しかと承知した。僕からも一ついいだろうか」

「えっ? あ、はい」

「アリス殿、僕が今回の任務を遂行する上で、君の無事は何よりも優先すべきことだ。よって、今の僕にとって最も大切なのは、君だ」


 ドラマから抜粋(ばっすい)されたような台詞に、アリスはフリーズせざるを得なかった。じわっと顔の熱が上がるのを自覚しつつ、どう返事したらいいのか、回転力をほとんど失った頭で必死に考える。

 当のマーチ・ヘアは(さすが軍人とでも言っておこう)相変わらずの表情で真直ぐな視線を向け、続ける。


(すなわ)ち戦闘が回避できない状況において、君の心を守る確約はできない。僕は、君の身を守るために僕が傷つくことがやむなしと判断した瞬間、その通りに行動する」

「わかり、ました……」


 マーチ・ヘアが淡々と話すから余計に恥ずかしくなる。一人で照れてしまう自分が恥ずかしい。

 冒険ファンタジーものでは使われないような口説き文句をちょくちょく挟むのは、心臓に悪いのでやめてもらいたいのだが……それを訴えたところで彼に伝わらないであろうことは、知り合ってまだ2週間程度のアリスでも察せた。

 だが一先(ひとま)ず、怒鳴ってしまったことを謝れて良かったとアリスは安堵する。ほとんど変化しない軍人の表情から感情を読み取るというハートの女王のような神業(かみわざ)はまだ習得できないが、ほんの少しだけ、打ち解けてきた実感を得た。



「もっと……もっとですよ……」


 それまでとは違う意味で、脈が速くなった。


「マーチさん、今……」

「ああ、城の北側……森の中からだった。アリス殿にも聞こえたのか」

「聞き覚えある声で……多分、マルーシカっていう……」


 アリスが言いかけた直後、何かに反応したマーチ・ヘアが突然アリスを後ろに押し飛ばした。そのまま尻餅をついたアリスとウサギの耳をピンと立てたマーチ・ヘアの間の床に、割れ目が入る。まるで地中から盛り上げる何かが床を突き破ろうとしているようで、見れば、一階の廊下の向こう側までその割れ目は広がっていた。


「これって……」


 マルーシカの魔法なのかと疑問を持ったアリスは、城が揺れているのに気付く。地震というより、地下から何かが(せま)っているような……

 と、次の瞬間。ふと、広場のベンチで感じ取ったのと同じ桜の香りが漂い、気付いた時には床の割れ目から何本もの巨木(きょぼく)の根が飛び出してきていた。


「なっ、何コレ……!」

「アリス殿!」


 それらはみるみるうちに絡み合いながら成長し、アリスとマーチ・ヘアの間に分厚い壁を形成した。地中から生えた「巨木の壁」は、廊下の端から端まで真っ二つに分断しているようだ。


「マーチさん! 無事ですか!?」

「何ともない! 君は!?」

「大丈夫で………うぐっ、」

「アリス殿!?」


 マーチ・ヘアの声色が変化したのが分かった。けれどその呼びかけに答えることができなかった。廊下を分断した「巨木の壁」とは別に背後の城壁を突き破ってきた無数の根と幹が、アリスの四肢と胴体、首を締め上げてきたのである。


「まー……ち、さ」


 アリスを拘束(こうそく)した根と幹は、来た道を戻るようにアリスを城の外へ引きずり出した。抵抗(むな)しく暗い森へと連れ出されたアリスは、外から見た王宮の惨状に、言葉を失う。


「そん、な……」


 小高い丘の上、キャメロットの象徴とも言える美しい王宮の外観は、その外壁を巨木と(つた)によって幾重(いくえ)にも覆われ、壁にいくつもの穴を開けられ、廃墟(はいきょ)のそれに変貌させられていた。

 宵闇(よいやみ)の中、悲しみに(ひた)る間もなく森の奥深くへと引きずられていく。胸元には「涙」がかかっているが、木々に作用しているこの魔法を無効化する気配など微塵(みじん)も見せない。そして……


「効いたみたいですね、良かった」


 アリスは再び、恐ろしく可愛らしい微笑みと対峙(たいじ)することとなった。


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