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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第3章:the Bravest Prince
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導き出す未来(歴史)

 周りの木々が穴だらけになっていることから、オディールもといロットバルトはそこら中の石を爆散させたようで……しかしだとしたら何故、アリスは無傷のままこの場に存在しているのか――――……



 ***



 ずっと、ずっと、目を逸らし続けていた。意図していたのかそうでないのか、今となってはもう、自分でもわからない。

 大切な存在だった。けれど、大切な存在はいつの間にか増えてしまい、いざ助けようと、守ろうと、それらのために在ろうと思ったその時には、己の手の届く範囲をゆうに超えていた。

 自分の浅はかさを悔いた。悔みながらも、自分には良案もないので他人の手に委ねた。大切な、パートナーの手に。

 結果として流れた血も、涙も、忘れてはならない報いなのだと、己に刻んだ。痛いけれど、仕方ない。痛みに慣れてきた頃にはもう、世界を変えるためのあらゆる痛みは、己の愛の大きさであり、足を止める理由にはならなかった。怖いけれど、全てを捧げてしまいたかった。それが愛なのだ。愛を証明する最も確かな方法なのだ。その方法すら目的になり果てた頃にはもう……何も、分からなかった。


―「選べずに潰れてしまう、なんてこと、悲しすぎるからやめてね」


 とある昔馴染みが、そう言い残して逝った。彼女に、何か頼まれていたように思う。コーヒーの香りが瞼をくすぐる、とても短く、穏やかな時間の中で……。


―「迷った時には、貴女自身の願望に素直に従ってちょうだい」


 なんて、無理なお願いを残すのだろう。あんな一方的な約束、まるで行動を縛りつける呪いのよう。大切な存在が増えて、傷ついて欲しくないと願うばかりで、何も実行してこなかった。できなかった。誰よりも最初にこの手を取ってくれた彼を、知らないうちに裏切ってしまうことだけはしたくなかったから。


―「貴女のせいじゃない」


 勇者を名乗る少女の言葉を否定することも論破することも容易かった。けれどそうしなかったのは、その一言に、真っ直ぐな眼差しに、救われてしまったからなのだろう。



 ***



 まるで意思のある排気ガスかと錯覚するような、大きな灰色の流動体が空中をうねりながら迫る。もちろんよく見ればそれはガスなどではなく、ロットバルトによって先ほどまで爆散させられていた石の欠片の集合体。

 彼はこの展開を待っていたのだ。爆散させた石の欠片が、全てある程度の小ささに達し、集合体として操作しやすくなるのを。この量になればアリスがクラウ・ソラスを使ったところで、効果切れまで畳みかけることだって容易い。

 いや、そんなことよりも。


「チェシャ……!」


 逃げろという叫びを最後に、チェシャ猫はその場に伏してしまった。

 無理もない、頭から血を流してるのがこの距離だってわかる。間に合わなかった。彼らは託してくれたのに。せっかく見つけた妥協点に持っていこうにも、この石粒の集合体を全てかわしきれる力などアリスには無いし、対抗策を練る時間も無い。


「大丈夫」

「え……?」

「今日、貴女はこれ以上傷つきません。傷ついた貴女の仲間たちも、二十秒前の状態で維持(・・)します」


 初めて見るマレフィセントの微笑み。ああ確かにこの人は、オーロラが慕う「育ての親」だ……アリスの胸の奥に、温かいものがこみ上げてくる。


「マレフィセント、それって……」

「貴女は、この世界の未来(さき)を知っているでしょう? さぁ、目指して」


 全身から魔力が溢れているのか、彼女の身体は青く輝く。アリスはその色を知っていた。ずっと前、もしくはずっと先の未来で、未熟だった『勇者アリス』を守ってくれた光の色――……ふと過ったのは、初めてこの世界に来た時に聞いた、『マレフィセントの涙』に関する記録。


―「遺体に残る魔力が強く、当時の情勢では遺体ごと悪用される可能性が高かった。そこで彼女は、最も信頼する異界の者に、魔力の全てを託した。互いの時が再び交差した際、確実に消滅させるために」


 アリスは、あらかじめ知らされていたのだ。この世界における大きな事件を記録した「石碑」の内容を、この世界の未来で。そして、マレフィセントがどうなるのか。

 断片だった事象が繋がっていき、もやもやと残っていた疑問が解消されていく中、アリスの思考の糸を引きちぎるような怒号が、背後からぶつけられた。


「何を……何をした!! この、裏切り者があああ!!!」


 振り向いた先、アリスはマレフィセントの宣言の意味をようやく理解した。二十秒前の状態で維持――それ以前に負った大小さまざまな傷は残っていながらも、彼らは、案内役と王子様たちは、ロットバルトに対峙していた。


「この魔力、マレフィセントのだ……!」

「まさに規格外……皆、傷が増えぬようなっているのか」

「やるじゃねーかアリス! 妥協点どころか支援させるとはな」


 海のように澄んだ青い光が、薄く彼らを包んでいて、見れば、アリス自身も同じ光に覆われていた。


「マレフィセントっ……あ、ありがとうっ……」


 まだ、泣いてはいけないのに。さっき味わった身を裂くような絶望が、くしゅりと溶けていく。しかしこのアドバンテージは永遠じゃない。マレフィセントの魔力と体力が尽きる前に、オディールの身体からロットバルトを追い出さなくては。

 排気ガスのような細かい飛礫の集合体をぶつけられても、アリス達は一切新しい傷を負わなかった。ただ、マレフィセント本人は例外で、自身に同じ記録魔法を施すことはできなかったらしい。というより、施さなかった、が正解なのかも知れないが。咄嗟にアリスはクラウ・ソラス『(ドーム)』でマレフィセントを囲う。


「時間はあんまり無いようだね」

「うん……考えなきゃ」


 マレフィセントが作り出した無敵状態は、リミットも対価も不明。彼女が魔力切れになった時、かけられている現状維持の魔法は解ける。そして……彼らはどうなるのだろう。受けるはずだった傷は無効化されたのか、延期されたのか……けれどそこに思考を裂いてる余裕はない。


「ガキの王子サマが乗っ取られた時とは違う。帝サマと元首サマの魔法が通じるみたいだし」

「だけど、オーロラ王子の『上書き』は効かなかった……マレフィセントの記録魔法にオディールは守られてて、かいくぐる条件がわからない……」

「で、条件の謎解きをする時間はないし、教えてもらう見込みもないワケだ」


 あくまでアリスの推測だが、こうしてアリス達に協力をし始めたにも関わらず条件を言わないということは、マレフィセントが考え得る範囲で「教えても無駄」……つまり今のアリス達に打開できない条件がそこにあるのだろう。


「それならたった一回限りの、唯一絶対不可避な魔法を作りだす」

「……ははっ、アリスちゃん、君、今ものすごく突拍子もないこと言った自覚あるかい?」

「うん、もちろん」


 呆れた顔のチェシャ猫に対して、アリスはにっこり笑ってみせる。トパーズ色の瞳を少し丸くしてから、チェシャ猫は悪戯っ子のような笑みで返した。


「君がそこまでの言い方するんなら、実現できるってことか。さぁて、どっから動かす?」

「ハッピー! 全速力でエーレンベルク城に! 着いたらドクさんの指示に従って!」

「わ、わかった!」


 これから何をするつもりなのか一切告げていないのに動いてくれるハッピー、ただひたすら「勇者アリス」を信じてオディールを足止めしてくれているラプンツェルとカグヤ、マレフィセントの現状維持が及ばないマレフィセント自身の周囲に防衛線を張ってくれているオーロラ、ロットバルト本体を押さえてくれているグランピー、この場にいる誰一人欠けても、為しえなかった。

 アリスには、ようやく理解できたのだ。フェアリー・ゴッド・マザーがどうして、「大陸にある国家をまとめあげること」を勇者の役割としたのか。


「チェシャ、バッシュをこっちに」

「分かってるよ。ドク……というより、城にいる王子サマ達と話さなきゃなんないんだろ?」

「うん。ありがとう」


 戦闘が繰り広げられる中で意識を失ったまま伏しているバッシュを、チェシャ猫は抱えてアリスの元へ。(アリスに文句を言われながらも)頬を抓って強制的に起こし、ドクと意識を繋げさせた。


「アリスさん、皆さんは……!」

「ひとまず無事です! ドクさん、マイア王子に伝えてください。一度きりでいい、ロットバルトの支配力を無効化……せめて弱体化できる絶対不可避の魔法を使えるようになって欲しいんです」


 ドクだけでなく、伝言を聞いたシラユキとマイアも僅かながら驚かされた。これだけの被害を受けてなお、あれだけ思想の違いを突き付けられてなお、アリスは話し合いで決着をつけようと、もがいている。エーレンベルク城にて後方支援をしている自分たちよりも、ずっと多くの血と涙を現場で目の当たりにしているだろうに。

 勿論圧倒的な力だけに頼って禍根を残すのは得策ではない……が、マイアはどうしても確認したくなった。


「……私がそれを実現できた場合の勝算は?」


 その問いかけに対して受け取った答えを、ドクはマイアに静かに告げる。


「アリスさんは、何が何でも収束させます、と」



 一方、戦闘が繰り広げられている傍らで、ドクと思念を共有しているバッシュに向かって言い切ったアリスを見て、チェシャ猫がククッと笑い声を漏らす。


「いいのかい? 随分とキッパリ断言するじゃないか」

「うん。私は勇者だから、それくらいしなくちゃ。じゃなきゃ、私に結末を委ねてくれたマレフィセントにも顔向けできないし」


 勝手に託したのは向こうだろ、と、出かかった言葉をチェシャ猫は飲み込んだ。何故、飲み込んだのかは自分でも分からない。捻くれた物言いに慣れているであろうアリスに、今更気を遣う必要なんて無いはずなのに。


「……アリスちゃんは、真面目だね」

 


 アリスの返答を受け、マイアは数秒思案する。ただそれは実行するか否かを迷う時間ではなく……アリスの求める「絶対不可避の魔法」を実現するためにどんな誓約をすべきか、という条件構築のための時間。


「……アリス、君の求めに応じよう。恐らくそれも見越して、君は迎えを向かわせているのだろうが」

「ありがとうございます! ハッピーがそっちに向かってますので、よろしくお願いします! シラユキ王子、ドクさん、最速かつ確実にマイア王子の魔法がオディールに当たるよう、力を貸してください」

「アリスお前、一体どんな……いや、わかった。信じてやる」

「はい! 待ってます」


 ドクを通じてその言葉を受け取ったシラユキは、マイアに問う。


「殿下、準備は?」

「整いました。本来魔力を持たない私ですが、唯一絶対不可避かつ、ロットバルトにのみ効く魔法を一撃だけ放てるようになります(・・・・)

「では、併せてこれを」


 条件を設定し、魔草の薬を入れた瓶のふたを開けたマイアに、シラユキは傍にあった花瓶のバラから一枚の花弁を摘み取る。ひとたび握って開けば、その花弁は赤から白に変わった。


「殿下の放つ魔法が、より長く、そして深く、ロットバルトに作用するよう」

「最高の援助、有難くいただきます」


 マイアは差し出された花弁を口に含み、少し咀嚼してから魔草の薬で流し込むように飲み込んだ。

 エーレンベルク城南方にて迎撃作戦に参加していた彼は、既に親指サイズから他国民と同じサイズに変わっていたため、改めて見た目に変化は起きなかった。

 ただし、シラユキにはその内部に膨大かつ強力な魔力が芽吹いたのが分かり、同時に、マイアが「何」を「どれだけ」対価としたのか……計り知れない覚悟の大きさを痛感した。


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