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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第3章:the Bravest Prince
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気付きと目覚め ―消耗―

 バッシュの安否を考え皆が動きを止めざるを得ない中、未だ身体に力が入らない様子のオーロラが、ただ問いかけた。


「そうまでして、何を望むの……?」


 問われたロットバルトは、くつくつと笑い声を零して答えた。


「一度我に取り込まれてなお、そのような戯言を口にするか……。わからないのならその魔力を我に差し出せ! お前より余程有効に使ってやれるぞ」


「ロットバルト、待っ……」

「口答えするな!! 臆病者が!!」


 オディールの姿でありながら、その剣幕は誰もが怯むほどで。制止しようとしたマレフィセントも、先ほど自分がロットバルトの計画を阻害してしまった負い目からか、口を噤んでしまう。


「さぁ小僧、貴様の魔力を寄越せ。返答次第ではこのドワーフの命は」

「魔力保持者を恐れて欲しいの?」

「我らは崇められるべき存在であろう! 先刻の状況を思い出せ! 勇者も獣人もドワーフも、全ての者を従える力が此処に在るのだ!! 貴様が我にその力を委ねるだけで、全ての魔力保持者は永遠に尊ばれる!!」


 黒いドレスが風に激しく靡くさまが、ロットバルトの激情を映しているようだった。その手を取れと言わんばかりにオーロラの方へと伸ばし、同意を求めるロットバルト。実際はバッシュを人質にしての脅迫だった。

 せっかくシラユキの魔力でオーロラからロットバルトを追い出したのに……何かできることは無いかと、頭をフル回転させるアリス。オーロラが乗っ取られていた時とは違う。今ロットバルトは自分の娘・オディールの身体を借りている。だから彼が使えるのはさっきと違って普通の支配魔法……。

 その事実に気付いた瞬間、アリスの中で一つの策が浮かんだ。同時に、ロットバルトに協力を求められたオーロラが、ふらつきながらも立ち上がり、応じる。


「僕は……マレフィセントが笑ってくれる世界にしたい……」

「ならば我と共に創るのだ! お前の魔力があれば必ず叶う!!」

「でも多分、僕は貴方より欲張りだから……僕は、今まで僕に良くしてくれた全ての人達に笑ってて欲しい」

「貫けっ……ぐ、」


 反発されたロットバルトの口を塞ぎ、その詠唱を途切れさせたのは、虹色に輝く布だった。


「七色の帯……もしや、」

「クラウ・ソラスなのか……!?」

「できた……!」


 アリスの祈りは確かにクラウ・ソラスへと届き、ロットバルトの拘束に成功した。他でもない、系統的に上位であるオーロラの身体ではなく、オディールの身体を借りていたロットバルトの認識の甘さを突いたのだ。が、後ろから聞こえたドサッと言う音に振り返り、全てが間に合ったワケではないことを、アリスは痛感する。


「マレフィセント!!」


 拘束の直前まで詠唱を試みたロットバルトの執念とでも言うべきか……突き飛ばされたオーロラの目の前で、まるで磔にされたかのような状態で、マレフィセントの身体には四方八方から様々な太さの枝が刺さり、貫いていた。

 詠唱が出来ないうちに、と、チェシャ猫とラプンツェルがバッシュの救出に動く。アリスとカグヤは、マレフィセントの方へと駆け寄った。


「緩やかに戻れ、元の姿へ」


 カグヤが木々に「命令」すれば、枝は順々にマレフィセントから離れていく。が、そこから流れ落ちる血液は、カグヤの詠唱では止まらない。支えを失い倒れこむマレフィセントを抱きとめて、アリスは涙声で謝った。


「ご、ごめんなさい……私が、もっと早く……」

「……いいえ、もっと早く気付くべき、だったのは……私、ですから……」


 政務官としての顔しか知らなかったマレフィセントの人柄を、アリスはようやく理解し始めた。どこまでも謙虚で、慈しみ深い女性……きっと、魔力保持者であるがゆえに侮蔑を受けても、相手を、他の種族を憎むことなんて出来なかったのだろう。彼女が作り上げたステファリア・キングダムの基盤に、その想いがしっかりと表れている。

 それなのに、こんなに自己評価が低くて、ことが悪く転じると自分のせいだと思い込んでしまって、ロットバルトが目指すものを否定することも批判することもできずに、力になりたいという気持ちだけが、彼女を盲目的に動かしていた……。


「でもさっき、私のことを助けてくれましたよね。ロットバルトの魔力が私を傷つけないよう、上書きしてくれたんだって、分かりました」

「それは……」


 懸命に言葉を紡ごうとするマレフィセントに、耳を傾けるアリス。だがその声は、背後からの爆発音でかき消されてしまう。


「当たるな!!」


 咄嗟の判断で強い命令口調に魔力を込めたオーロラ。おかげでアリスは後ろで何が起きたのか、ロットバルトがどんな抵抗を見せたのか、すぐに把握できた。


「爆ぜろ! 飛び散れ! いたぶり尽くせ!」


 怒号のような詠唱をするオディールの姿。体中から血を流して倒れるラプンツェル。

 クラウ・ソラスの(ヴェール)による口元の拘束は、アリスの想定よりもたなかったようで。クラウ・ソラスが霧散し始めた瞬間、間髪入れずにロットバルトは「命令」したのだ。そこら中に転がっている、無数の小石に対して。爆散した小石が襲い掛かる中でアリスとその周りに被害が及ばなかったのは、オーロラの記録魔法による「修正」が働いたからだった。


「うっ……」

「オーロラ王子!?」

「だい、じょうぶ、です……」

「悪いけど、とても大丈夫には見えないよ。さっき使われた魔力も凄まじかったしさ」


 オーロラの異常を察知したチェシャ猫が、素早く肩を貸す。そんな彼も細かい石までは避けられなかったのか、切り傷と痣をこしらえていた。


「チェシャ!」

「今はアイツの詠唱ストップが先」

「うんっ!」


 アリスの願いに応じて、クラウ・ソラスが再び虹色の布となってオディールを拘束する。


「元首殿は余が診よう」

「お願いします!」


 カグヤはロットバルトに倣って木々を操り、ラプンツェルをこちらへ運び、治癒を開始する。至近距離で四方から小石の爆散を受けた彼は、ところどころ骨も砕けているようだった。


「僕が、あの人を無力化できれば……」

「その消耗じゃ夢物語だろ」


 チェシャ猫のキツい返しに「ひどい」と言いそうになって、飲みこむ。考えてみれば単純なことだ。ロットバルトがそこら中の小石を砕いて散らせたのならば、防衛するためにオーロラが「上書き」した飛礫(つぶて)の数はその「無数」を遥かに上回る。

 それでも拳を握り直し、オーロラは願望を口にした。


「彼女の心と体を、在るべき状態に……!」


 ロットバルトの魂が、オディールの身体から離れるように。オディールの身体に「上書き」を施せれば、ロットバルトにとっての依代さえなくなれば、彼の魂は、自分の身体に戻るほかなくなる。そして今、彼自身の身体はグランピーによって拘束され続けている。

 しかしその「願望」は、いつも通り「上書き」として機能しなかった。


「あ、れ……?」


 動揺を見せるオーロラに、チェシャ猫も違和感を抱く。彼の耳は確かに魔力を感知した。にも拘らず、オディールに変化が見られない。


「チェシャ?」

「多分だけど、作用してない」

「え?」


 チェシャ猫が口にした推測は、同時にオーロラに「ある確信」を持たせた。


オディール(あの子)の身体には、既に記録が施されている……そうなんだろう? マレフィセント」


 オーロラの静かな問いに、マレフィセントは涙でのみ答える。


「条件が……ある、ハズだ……」

「元首殿、まだ動いては……!」


 カグヤに止められながらも半身を起こし、ラプンツェルは射抜くようにマレフィセントを見る。


「教えたところで、ってツラしてんじゃねぇよ。動くのはお前じゃねぇ……俺たちだ」


 目線は合わせず黙り込むマレフィセントの手を、オーロラがそっと握った。


「いいんだよ、マレフィセント。君の好きなものを何も知らなかった僕は、君と志を共にする彼を止めようとしてる。協力して欲しいって頼む権利なんて、あるはずもないんだ」

「オーロラ、今はそんな甘ったれた理屈並べてるヒマは……」

「申し訳ありません、ラプンツェル様。誰に何を言われようと、僕はこの人に育ててもらった恩を、与えてもらった安らぎを、苦しみにして返したくない。彼女にこれ以上、何かを強いることは……」

「はいはいストップ。クラウ・ソラスのタイムリミット、そろそろじゃないかなぁ?」


 チェシャ猫に指摘されてすぐ、全員がアリスの首元とオディールの様子を確かめる。ラプンツェルは小さく舌打ちをして、アリスとカグヤに声をかけた。


「俺とカグヤでクラウ・ソラスの代わりに時間を稼ぐ。妥協点見つけんのは任せるぜ、アリス」


 どうするのかとアリスが問うより早く、ラプンツェルは指を鳴らしてクラウ・ソラスの『(ヴェール)』とそっくり同じ物体を創造した。意図を汲み取ったカグヤがすかさずその代替布(ヴェール)を操り、霧散するクラウ・ソラスを補うようにロットバルトの拘束を引き継いだ。なるほど、ゴーテルの魔力を貰い受けたラプンツェルだからこそ、彼が作ったものはクラウ・ソラスに最も酷似しているようだ。

 そしてアリスは、自分に任されたことに向き合う。妥協点なんて優しい言葉を使ってくれたけれど、ラプンツェルが、いや、彼だけでなくこの場の全員が「勇者」に求めていることは、解決策だ。僅かとは言えロットバルトに対する情が残っているマレフィセントに、彼を淘汰する手伝いは強要できないし、説得する時間も惜しい。何より、体を乗っ取られるという直接的被害を受けたオーロラが、マレフィセントを庇っているのだ。

 ぐるぐると悩んだ体感時間は、結構長かった。けれど周りからすればほんの数秒だったようで、顔をあげたアリスの表情に、チェシャ猫は「おっ」と意外そうな声を漏らした。


「マレフィセント、私は……貴女に許しは請いません。ただ、一方的ですけど謝罪はします。ごめんなさい。私は……人の心を利用してきたロットバルトを、無罪放免にはできないので」

「アリスお姉さん……」


 法廷なんてドラマでしか見たことないが、裁判官の気持ちはこんな感じだろうか。事情があることも知っていて、悲しみや痛みに胸を打たれ、罰を定める立場にある自分が、「正しい」と思われる判断をしなければならない……ぐらぐらし過ぎておかしくなりそうな、一歩。


「…………なぜ、震えるの」


 初めて感じる言い知れぬ重圧とその息苦しさに気付いたのは、マレフィセントの細い指がアリスの手の甲に触れた瞬間だった。


「……怖くて」


 不思議と素直に答えがでた。


「報復が?」

「いいえ」


 まるで、その場にはアリスとマレフィセントのたった二人しかいないような、静けさを感じる。皆は何処へという疑問より、この人にちゃんと答えねばという使命感が先行した。


「優しい貴女に、追い打ちをかけてしまいそうで」

「私……?」

「今、この場が混乱しているのは貴女のせいじゃない。ロットバルトが目指すものが、私には受け入れがたくて……私と同じ意見を持つ魔力保持者もいて、協力してくれている……そういうことです。マレフィセント、ごめんなさい。私はフェアリー・ゴッド・マザーの意思を汲んで、ロットバルトを制圧します。だけど彼がそうなるのは、貴女のせいじゃない」


 マレフィセントに対して深く下げた頭を、もう一度上げるのが怖かった。同じ理想を掲げた愛する人を「制圧します」と言われ、彼女はどんな感情をアリスに向けるだろう。彼女まで暴走してとんでもない記録魔法を発動されたら、正直太刀打ちできない。

 しかし同時に、アリスの脳内に一つの「糸口」が浮かんだ。浮かんでしまった。ロットバルトも逃れられない、唯一絶対の魔力を発動させる方法が。

 プレッシャーと緊張でますます体を震わせるアリスを、思いがけない温もりが覆った。


「…………え、」

「貴女の気持ちはわかりました」


 憔悴しきったマレフィセントの細い両腕が、アリスの背を包んでいる。


「だから……不安げな顔はよして。私の(マイ)大事な大事な(・プレシャス)お嬢さん(・レディ)


 視界いっぱいに広がり、全て覆い尽くすほどの眩い光。その晴れやかで美しい色を、アリスは知っている。慈愛に満ち溢れた、とても温かいこの声を知っている。


「ま、待って……!」


 声を発したアリスの耳に、マレフィセントではなくチェシャ猫の叫び声が届いた。


「アリスちゃん早く動け!! そこから逃げろ!!!」


 振り向いた先、仲間たちは皆、地に伏していた。瞬時に察する。自分は、ラプンツェルとカグヤの稼げる時間を超えてしまったのだと。

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