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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第3章:the Bravest Prince
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駆け抜ける希望(矢)

 頭をフル回転させながらも絶望を実感していくアリスを、ガラス越しに見つめるバッシュ。ラプンツェルの創造魔法で出来た瓶は分厚く丈夫で、木の枝が打ち破ってくる様子は全くないが、それでも、ロットバルトとカグヤの魔力合戦を視覚化するように内外へ歪み続け、いつ潰されるか分からない不安をバッシュに与えていた。


「……ドク……ユキちゃん……」


 怖い、怖い、怖い……外に出るのは、やっぱりすごく怖かった。いつも一緒にいる姉妹が傷ついて、優しい心を持つ人達が泣いている。

 こんな風に哀しくなるのが嫌で、ずっとドクの後ろにいた。エーレンベルグの城から出なかった。どうして、哀しい声ばかり聞こえてくるのだろう。どうして、優しい心が恐ろしい行動に変わってしまうのだろう。

 ドクに言われたことは、果たした。マレフィセントを追いかけて、彼女の真意を「広く伝える」こと。そうすれば、アリス達がどうすべきかを判断できるだろうから、と。


「ごめんなさい、ドク……私、だめだった……」


 事態は悪化した。ロットバルトが怒り、結果的にラプンツェルとカグヤを危険な状態に陥らせてしまったのだ。アリスも困っている。

 自分の発言が原因で作り上げられた状況を前に、バッシュは思い出した。人の気持ちを鮮明に汲み取れてしまうこの能力が、大嫌いなのだと。


―「貴女一人が諦めるなんて、いけません」


 バッシュの頭に、ドクの声が響く。


「でもこのままじゃ……みんなが洗脳されて、ユキちゃんのところに攻め込んじゃう……」

―「急ぎシラユキ様を起こします。回復は不完全でしょうが、仕方ありません」


 体力と魔力を回復させるために、シラユキはオーロラの記録魔法で眠りに落ちている。だが恐らくドワーフであるドクの声ならば強制的な睡眠状態にも干渉することができるだろう。

 それでも、たとえシラユキが起きたとしても……他の王子たちをはじめ、仲間たちが全てロットバルトに操られてしまったら、逃げ隠れてひっそりと暮らしていくことしか……――


―「(かなめ)は、オーロラ様ですね」

「え?」


 悲観的で弱気なバッシュの思考は、ドクにも伝わっていた。そして彼女は気付く。すなわち、オーロラさえ取り戻せば、ロットバルトをかなり弱体化させることができる、と。



   ***



 心地よい夢の中に、ひどく不釣り合いな声がした。まるで自分は何もかもに疲れているとでも言うような、または飽きるほど見た演劇を無理に見させられて辟易しているような、くたびれている女性の声。


―「起きな、私と同じ力を持つヒヨッ子」

「誰が……ヒヨッ子だ……」

―「アンタだよ、シラユキ。この魔力の本質を何も分かっちゃいない。まさかとは思うが、自分の戦いは事前準備だけだなんて考えてんじゃないだろうね?」

「魔力の本質? けど、俺に出来ることは……」

―「とにかく起きな。もたもたしてると、アンタの身内は根こそぎロットバルトに奪われる」


 厳しい脅し文句を口にするその声の主は、姿を見せない。否、見えないのは、シラユキが「目を閉じている」ためか。


「おい、せめて名を名乗れ!」

―「そのくらい自分で考えな、ヒントはいくらでもやっただろう。ほら、かわいい従者がお呼びだよ。答えておやり」


 その瞬間、急激に意識を引っ張られる感覚がして、シラユキは重い瞼を持ち上げた。


「……様、シラユキ様!!」

「ドク……?」

「お目覚め早々失礼します。戦況はかなり不利です。オーロラ様がロットバルトに乗っ取られ、ラプンツェル様・カグヤ様両名とも支配魔法に堕ちかねないとのこと」

「オーロラ殿下が……!?」

「シラユキ様、何か、オーロラ様をロットバルトから引き離す手立てはございませんか? グランピー、ハッピーの見立てでは、現在マレフィセントは憔悴状態にあり、敵意は感じられないと」


 ドクの簡潔な報告を耳に入れつつ、シラユキは考える。自分がすべきことは何か、できることは何か、そして……もし、アリスだったらどうするか。


「…………魔力の本質」

「と、言いますと?」


 夢で言われたことなんだ、と口にするのは憚られ、咄嗟に取り繕う。


「あ、いや、同じ魔力保持者で、こう、何というか……優劣じゃないが、効果的だのなんだの、違いがあるのが気になっててな……」

「そうですね……序列のようなものは気になりますが、効果が多種多様なのは、生き物ごとに能力が異なるのと同じではありませんか」


 ドクの返しに、シラユキは「そうか……」と呟いて、思案する。

 夢の中の声は、まるでシラユキの魔力がもっと有効活用できるんだと訴えているようだった。それならそうと使い方を示してくれればいいものを……と不満を抱いたところで、否定する。それじゃ今までと変わらない。アリスに指摘されたではないか、自分で情報を集め、自分で考えて、判断する。これからもっと世界が広がれば、「掟だから」で済まない事柄に出会っていくだろうから。


「シラユキ様、あまりお時間は無いかと」

「分かった! ドク、スリーピーを一時的に呼び戻してくれ!」

「えっ、はい!」


 ドクのテレパスにより鏡の間にテレポートしてきたスリーピーに、シラユキは言った。


「俺の部屋に寄ってから、ドーピーのいる場所へ連れてってくれ」

「了解、です……」


 呼んだドクも、呼ばれたスリーピーも、シラユキの意図が全く掴めず戸惑いながらも指示に従う。シラユキは自室にあった狩猟用の弓矢を手にし、ドーピーのいる最上階バルコニーへと移動した。


「ご苦労だった、マイア王子の援護に戻ってくれ」

「分かりました……あの、気をつけて」

「ああ」

「あれー? ユキちゃんどしたのー?」

「ドーピー、オーロラ殿下のいる方向を正確に指差してくれ。俺はこの矢を……絶対に当てなきゃいけないんだ」

「えーっと……あっち」


 視力と聴力が並外れているドーピーの差す方へ、シラユキは弓を引く。狙いを定めてから、ドーピーに「ドクと変わってくれ」と頼む。すると、どこか緩めなドーピーの表情はスッと大人びた雰囲気に変わった。


「向こうの仲間に伝えて欲しい。俺の魔力を込めて矢を放つから、絶対にオーロラ殿下に当てろ、位置は問わない、と」

「承知しました」


 魔法の鏡以外に魔力を込めるのは初めて……いや、さっきまで散々馬屋に魔力を注いでいたじゃないか。だから出来る、間違いなく。念じればすぐに、矢は白く輝き出した。

 シラユキが出した答えは、至極単純。先日マレフィセントに呪いをかけられ眠ったシラユキを解放したのはオーロラだった。だが戦う前の予知で、オーロラがマレフィセントと共にこの城を離れるビジョンも視えていた。つまり、少なくともオーロラとシラユキの魔力は互いに干渉しあえる関係性なのだ。

 であれば、オーロラの願いが「上書き」という魔力効果として現れるように、シラユキの願いも……。


「どうか、オーロラ殿下の心と体を、在るべき状態に……」



   ***



――「貴女がいい」


 今回この世界に来る前に聞こえたあの声が、フェアリー・ゴッド・マザーではないのなら……縋るようにアリスを選んだあの声は、もしかして……。

 思考がズレかけたアリスの耳に、グランピーの大きな声が通る。


「ユキちゃんが城から矢を放った! オーロラにぜってー当てろってドクから伝言だ!!」

「シラユキ王子が!?」


 その知らせはまさしく、究極的な不利を逆転させる一筋の光。予知と千里眼という形でしか魔力を使ってこなかったシラユキだが、まず間違いなくアリスの知る「無限と調停の系統」――であれば、その魔力が込められた矢はオーロラの心身を「調えさせる」ハズだ。

 問題はどうやって当てるか。支配魔法で誘導するのが最短ルートだが、カグヤは洗脳に抵抗しながらバッシュを守るので精一杯。残る手段は……――


「ラプンツェル王子! この一帯に、私に向かう気流を作ってください! なるべく広く!」


 大津波からトゥルム公国を守るために冷気を生成したラプンツェルなら、気流を生み出せる。あとは、アリス自らが的になり、かつ、本来の的であるオーロラにくっつけばいい。

 アリスの指示にラプンツェルは一瞬戸惑ったが、すかさずハッピーがドクからの伝言を共有したことで、意図を汲んだ。


「ったく、無茶しやがるし、高い注文してくるぜ……。おい、カグヤ! もう少し気張れよ、あと数分でこの胸糞悪い声も聞こえなくなるからな」

「それは……有難い」


 正直なところ、強力になったロットバルトの支配魔法に抵抗しながら別の魔力を発動させるのは、カグヤにとってもラプンツェルにとってもこの上なくしんどかった。だが同時に分かっていた。オーロラさえ分離できれば、状況は好転すると。


「風を、アリスに向けるには……」


 余裕のない頭で、最大限に考える。指定されたように環境を整えれば、アリスは必ず成し遂げると信じて。なるべく広い範囲を想定して、エーレンベルグ城から飛んでくる矢を捕まえられるように……。


 パチンッ


 ラプンツェルの指のスナップ音が聞こえ、アリスも腹を括る。あとは自分の忍耐力の問題だ。どんだけ抵抗されても、髪の毛を引っ張られようとも、絶対にロットバルトもといオーロラから離れないでみせる。決死の覚悟でオーロラに抱きついた。


「は、放せ小娘!! 何のつもりだ!!」

「いい加減オーロラ王子から出てって!」

「まだそのようなことを! この小僧の心は灰塵も同然っ……ぐっ」


 アリスの腕を振りほどこうとするロットバルトの動きが少しだけ鈍くなり、その事実がアリスを奮い立たせる。大丈夫だ、まだ間に合う。オーロラ王子の魂は、きっと戻ってくる。だから耐えるんだ、シラユキの矢が飛んでくる、その瞬間まで。


「……ぜだ……何故、我の邪魔をする……!」


 しがみつくアリスには、ロットバルトの支配魔法もオーロラの記録魔法も効かない。マレフィセントの「記録」によって、危害を加えられなくされたためであった。直接暴力に訴えることも叶わず、ロットバルトは苦肉の策に出る。


「放せと言っているのが分からないか!!」

「うっ、」


 自ら周りの木々にぶつかっていくロットバルト。もちろんただ単に自分を痛めつけようとしているのではなく、アリスの弱みを見据えてのことだった。


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