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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第3章:the Bravest Prince
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憤慨する始祖 ―ロットバルト―

 マレフィセントの滲みかけた視界の中心で、ゆっくりと立ち上がるワンピース姿のシルエット。非力と罵られていた勇者を前に、愛した声が狼狽(うろた)える。


「馬鹿な……こんな、馬鹿なことが……!!」

「オーロラ王子から出てって」

「ふざけたことを……! 木々よ! 貫け! この小娘を串刺しにしろおおおお!!!」


 激しい憤りのまま発せられた「命令」が、木々を動かすことはなかった。唖然とするロットバルトを真直ぐ貫くアリスの視線。その揺るぎない強さに気圧されたのか、ギリギリと歯を食いしばり、今度はマレフィセントに怒鳴り散らした。


「どうなっている!! これは一体、どういうことだ!!!」

「わ、私にも……何が、」

「先程魔力を使ったな!? この忌々しい老媼(ろうう)の手駒を生かしておくべき正当な理由を示せるのだろうな!!?」

「ち、違いま、す……わ、私……私は、こんな……」


 ロットバルトが、理想を共有する永遠のパートナーが、これまで見せたことのないほどの怒りを露わにしている。混乱と恐怖のせいか、まともな主張をできず、涙を止めることもままならず、マレフィセントは震えた。

 アリスの見る限り、そこには、ステファリア・キングダムで政務官の務めをテキパキとこなす大人の女性の姿は無かった。現代日本的にたとえるなら今の彼女は……暴力夫に震える妻。オーロラの身体を「器」として記録する前に言ってた「愛している」というのも、本心なのだろう。きっとマレフィセント自身も、自分の気持ちを把握しきれていないのだ。



「ま、守りたいっ……!!」


 ロットバルトの高圧的な態度が場の空気を支配する中、アリスのずっと後方から、少女の叫びが聞こえた。特徴的な水色の髪でボブショート、ということは……


「「バッシュ!?」」


 城ではほぼ常時ドクの後ろにくっついて、静かに皆を観察し、異常があればドクにだけ伝えていた、あの引っ込み思案を体現したような彼女が……。アリスはもちろん、長い時間を共に生きてきたグランピーも目玉を落としそうなほどに驚いていた。

 場に居る全員の注目を浴び、震えながらもバッシュは続ける。


「貴方を、守りたい……。もっと一緒に、いたい……。宝物のような、時間を、もっと」

「あ、アイツ一体何を……?」


 困惑するグランピーに対し、アリスにはある推測ができた。バッシュは観察に基づいて発言の真偽を見抜ける。けれどそれは彼女の能力のほんの一部で、もしかすると、今のバッシュこそが能力をフル活用している姿なのかも知れない。だとしたら、彼女が発している言葉たちは、想いは……――


「私は、もう、苦しむ貴方を、見たくない……だから、お願い」


 アリスと同じ結論に至ったのか、マレフィセントが少し青ざめて叫んだ。


「言わないで!!」


 チェシャ猫の耳が反応したということは、マレフィセントは魔力を込めて叫んだのだろう。しかし、ドワーフであるバッシュには影響がなく。


「戻ってきて、目を覚ましてちょうだい……オーロラ」


 普段の人見知りなバッシュからは想像もつかない強い眼差しが、ロットバルトを捉えた。同時に彼も、バッシュがマレフィセントの心の内を代弁していると察し、「貴様!!」と拳を振り上げる。

 が、その拳が振り下ろされることは無かった。マレフィセントが断罪を覚悟して数秒、ロットバルトもといオーロラの拳はピクリとも動かず、彼自身も奇妙な感覚に自分の右手に目をやる。


「くっ……次から次へと、何だ!! 我の身体ぞ! 何故動かん!!」


 いち早くその理由に気付いたアリスは、すかさずマレフィセントに駆け寄った。


「信じてました、マレフィセント」

「信、じる? 貴女が、私を?」

「正確にはちょっと違いますけどね。貴女がオーロラ王子を大切にしてた、その事実を信じました」


 アリスの真意が分からないのか、ただボーッと見つめ返すだけのマレフィセント。その目はもう、真っ赤に腫れてしまっていた。


「何にせよ、泣いてる女性を怒鳴りつける男は、客観的に見ても超ヒドイってことです!」

「ち、違うの、あの人は……私たちのために……」

「弁解するのは貴女の役目じゃないです。私は、誰彼構わず操って、こんな風に大暴れした言い訳なら、ロットバルト自身がするべきだと思うので」

「でも、本当のあの人は……」

「ごめんなさい、マレフィセント。私は、今、目の前にいるロットバルトしか知らないんです。だから貴女からどんな話を聞いたって、彼が今さっき私の前で取った行動を批判するし、それは揺るぎません」


 当のロットバルトは、記録魔法によって手に入れたはずのオーロラの身体が思い通りに動かず、ますます苛立っていた。


「往生際の悪い小僧が!!! お前はもう我の一部!! お前の希望など、この手を使って我が全て摘んでやる!! 締めあげ! 貫け! 引きちぎれ!!」


 怒りと苛立ちのままに支配魔法を乱発するロットバルト。その魔力にに支配された木々の標的は、マレフィセントの心を代弁したバッシュだった。いち早く察したグランピーだが、ロットバルトの本体の拘束を解くわけにもいかず、咄嗟に叫ぶ。


「逃げろバッシュ!!」


 しかし、見た目通りの非戦闘員なのであろうバッシュは、足がすくんだ状態で。彼女の性格からして、たった一人で城からこの場所まで来て、大声で発言し、場の空気を一変させた……そこまでで相当な気力を消耗し、色々と限界を迎えていたのかも知れない。


「ユキちゃんっ……」


 震えながら固く目を閉じて、バッシュは主の名を零す。他の姉妹に比べて力不足な自分は、ここまでなのだと諦めて。


「ダメ……!」


 アリスがクラウ・ソラスで『(ドーム)』を生成しようと願いかけた、コンマ数秒前。そのクラウ・ソラスが特別な共鳴の音を立てた。


 カァァァァン……――


 この時代に来て三度目に聞く、クラウ・ソラスの不思議な音。そしてこの音が聞こえたということは、「彼」が近くで強大な魔力を使ったということ。


「見つけたぜ! 敵の大将!!」


 上空から落とされる巨大な影は、羽ばたくドラゴンの影。そして気付けば、バッシュに迫っていた無数の枝は全て、分厚いガラスに阻まれていた。ラプンツェルが、バッシュにかぶさるように大きなガラスの瓶を生成したのだ。

 パチンと指を鳴らす音がした数秒後、「彼ら」は保護されたバッシュとロットバルトの間に降り立った。そこでようやくアリス達は、巨大なドラゴンはハッピーの変身だったのだと気付く。


「よぉアリス、無事か? って、何だその顔の痣!」


 (恐らく相当ハードな一仕事を終えて駆けつけたハズなのに)平常運転のラプンツェルにホッとしたのも束の間、彼らと共にいる(というより正しくは縄で縛られて引き連れられている)女性を見て、寒気が走る。


「何故、此処に……何故、そのような姿に……」


 寒気の正体に気付くよりも早く、低く唸るような声が、噴火前の煮えたぎるマグマのような怒りの声が、後方から聞こえた。


「貴様ら!! 我が娘オディールに何をした!!!」


 刹那、こちらに駆け寄ってきていたラプンツェルとカグヤが足を止め、頭を抱える。そう、アリスは失念していた。この瞬間、この場所は、この二人ににとって最も危険なポイントであるということを。


「この魔力っ……マジかよ……!」

「ラプンツェル様!? カグヤ帝!?」

「ハッピー、その女……ぜってー向こうに渡すなよ……」

「う、うんっ……!」


 オーロラの意思が僅かな抵抗を見せ始めたとは言え、まだオーロラの身体はロットバルトに操られ、魔力系統も融合している状態。すなわち、系統的に優位なオーロラの力を得ている以上、ロットバルトの支配がラプンツェルとカグヤにも充分通じてしまうのだ。


「おい、カグヤ……分かってるよな……堕ちるんじゃねぇ、ぞ……」

「……ああ、心得て、いる……」


 支配魔法に襲われる可能性を頭に入れていた状態であっても、抵抗に全力を注がなければ精神を乗っ取られてしまう、といったところか。そしてどうやら、オロオロするハッピーの背に縛られて気絶しているのが、ロットバルトの娘・オディールらしい。


「くくっ、小物と言えど簡単には従わぬか……ならば、堕ちやすいよう負荷を与えるまで!!」


 次の瞬間、バッシュを覆うように守っていたガラスの瓶が、外から圧迫されるように内側へと凹んでいく。


「さ、させぬ……!」


 カグヤがそちらへ手を伸ばし、恐らく対抗する向きの魔力を注ぐ。波打つように内へ外へとたわむガラス瓶は、ロットバルトとカグヤの魔力の拮抗を示していた。


「そう長くはもつまい。無理は身体に毒だぞ」

「生憎……余は、シラユキ殿と誓っているゆえ……自身を含め、皆で帰らねば、ならぬ……」


 カグヤは強い意思を口にするが、一方でアリスには究極的に不利な現状を打破する方法が見つけられていなかった。

 オーロラがロットバルトの魂を外に追い出してくれるのがベストだが、楽観はできないし確証も無い。マレフィセントが味方についてくれる可能性もまだ不十分だし、何より今は彼女自身の心が急激に弱っている。

 強化されたロットバルトの支配魔法に対抗できるのは、ドワーフの彼女たちとアリスだけだが……グランピーは負傷した上で動けない。オディールを背負っているハッピーをロットバルトに近づけるワケにはいかない。バッシュは瓶の中から出られそうにないし、出られたところで彼女には迫りくる枝を回避する戦闘力がない。

 そして最大の問題は、アリスが唯一所持するアイテムのクラウ・ソラスが、ロットバルト本体には効果があっても、(系統的に上位の)オーロラの身体相手では、多分拘束具にすらならない、ということだった。


「どうすれば……」


 何かできることはないかと考えれば考えるほど、アレもコレもダメだという論理的な結論に行き着いてしまう。

 どうしてフェアリー・ゴッド・マザーは、こんなに無力な自分を選定者として、勇者としてこの世界に呼んだのだろう。……いや、今回こちらに来る前に聞こえたのは、あの声は本当に、フェアリー・ゴッド・マザーの声だっただろうか。


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