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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第3章:the Bravest Prince
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勇者への課題(苦手分野)

「ところで、各地の戦況はどうなんだい? 思念の共有、されてるんだろ?」

「ああ。一先ずユキちゃんの予知に基づいて配置された。……と、カグヤ帝が東からの巨人の進行を止めたみてーだ!」

「良かった、無事なんだ……!」

「いざとなったら精神干渉できるワケだから当然だよねぇ」

「チェシャ!」

「別に他意はないよ。ロットバルトほどじゃなくても帝サマの支配魔法はそれなりに強力だから、過剰な心配は不要だってこと」


 悪びれなく弁解するチェシャ猫だが、視線を逸らされた感じがどうも引っかかる。チェシャ猫はまだ、カグヤ帝を仲間と認めていないようだ。


「南は……マイア王子が投石器を潰し始めた。サポートにはスリーピーが付いてる。万が一、薬が切れてもスリーピーがいりゃ城内に瞬時に避難できるってコトだな」

「よく考えられてるねぇ。というより、よく視られてるって言うべきかな?」


 シラユキ王子は一体、どこまで詳しく視たのだろう。予知魔法を使えると聞くと真っ先に羨ましいと思ってしまうけど、その内容が目も当てられない酷い未来だったら……? 視たままを伝えるなんて士気に関わるし、私欲に走って保身を優先しては非難の対象になる。他の人には視えないから、きっと、疑われる恐怖とも背中合わせのハズだ。

 そこまで考えて、アリスはふとフェアリー・ゴッド・マザーの態度を思い出した。今回アリスがこの世界に呼ばれたのは、彼女の意志だ。ゴッド・マザーは、勇者アリスの使命を「統一」と告げた。ハッキリ言って巻き込まないで欲しかったし、絶大な力があれば自分で出来るでしょってアリスに反発されてもおかしくない状況。


―「言うまでもなく、この世界で私の言葉は群を抜いて絶対的正解(・・・・・)だがね、だからこそ私がそれを決めちゃいけないんだよ」


 後に始祖と呼ばれるほどの魔力を持つフェアリー・ゴッド・マザーの予知は、シラユキの比ではないんだろうし、くっきりと視えるいくつかの未来の中で、彼女が理想とする状況に運ぶことは(それこそ杖を一振りするぐらいに)容易いのだと思う。

それでも彼女が外側から勇者(アリス)を呼び、託したのは……きっと、承知しているからだ。彼女が一から十まで導いてしまえば、それは、彼女以外の全てから「自由意志」を奪うことになるのだと。


「アリスちゃん、一つ確認しときたいことがあるんだけどさぁ」

「何?」

「俺の耳がバカになってなければ間違いなくこの先は土地そのものに強大な魔力が宿ってるっぽいんだけど、君は知ってて向かってるワケ?」

「……うん。ロットバルトなら、そうすると思って」

「つーことはアリス、お前にはヤツの目的が分かってんのか?」

「ま、これまでの動きから考えて、世界征服だろーね」

「簡単に言っちゃえばそうなんだけど……もっと深い理由っていうか、大きなビジョンがある気がするの。部屋に閉じこもってたオーロラ王子の魔力が開花するのを待ってたワケだし」


 ロットバルトにだって、始祖としての高い魔力がある。であれば魔力保持者がそこまで多くないこの時代で世界征服を成し遂げるのはそこまで難しくないんじゃないか。だが敢えてオーロラの魔力開花を待ち、自分より上位の魔力保持者まで支配下に置く完全なプランを組んだのは……?

 思考が完結しないアリスの横で、チェシャ猫が軽く笑い飛ばす。


「世界征服より大きなビジョンって、ぶっ飛んでるねぇ」

「笑ってる場合かよ……。マジでそんなヤツと対峙して、まともに話せる気がしねぇぜ」

「話せるよ」


 大きな溜息をついたグランピーは、希望に満ち溢れるような力強いアリスの言葉に目を向ける。映ったのは、一般人とは思えないほどの不敵な笑み。


「今ここにいる私たち三人は、魔力の影響を受けない。魔力保持者と話すには、それで充分でしょ?」

「君って偶に物凄く狡猾だねぇ」

「チェシャにだけは言われたくない」


 不満気に口を尖らせたアリスにチェシャ猫が意地悪な笑みを見せた、その時だった。ピクッと彼の耳が反応し、同時にグランピーも何らかの気配を察知して前方の上空に目をやる。


「どしたの?」

「あ、あれ、何だ……!?」


 馬のスピードを落としながら、アリスも同じように空を見上げ……絶句した。目を疑う光景を前に、咄嗟に予測できてしまった。次に、何が起きるのか。


「アリスちゃん、多分だけど……ロットバルトの魔力で動いてるよ、アレ……」


 隣から聞こえるチェシャ猫の声も、珍しく動揺が隠せていなかった。それほどに、衝撃的だということだった。青空の真ん中に、太陽を覆い隠すように現れた、とてつもなく巨大な岩――素人のアリスには目算なんてしようもないのだが、とりあえず敢えて体感で表現するならば、街一つぐらいは余裕でぺしゃんこに出来そうな、大きな大きな岩だった。

 質量的にはあり得ないことだが、風船のようにふわふわと、ゆらゆらと、モンス・ダイダロスの遥か上空に浮かび、徐々にこちらへ進んできている。


「まさか、ユキちゃんトコにアレ落とすんじゃねーだろーな……」

「だとしたらこのタイミングで俺たちに認知させるのは愚策じゃないかい? 鏡の王子サマが予知できないワケないんだからさぁ」

「けど向こうは向こうで操られた国民をいなすのに人手と魔力を割いてんだ! あんなデカい岩が落とされて、対応しきれる保障は……!」

―「グランピー!」


 チェシャ猫と口論になりかけたグランピーを制したのは、脳内に響いたドクの声だった。


「ドク?」

―「なるべく遠くへ! 十数秒でその一帯は更地になるとシラユキ様が……!」

「はぁっ!? 何でこんな場所に、」

―「ロットバルトの狙いは創世の地に眠るとされるエネルギーです!」


 再びチェシャ猫の耳がピクッと動き、アリスは上空の大きな岩が動きを止めたことに気付く。直後、隣からは震えるグランピーの声。


「アリス……やべぇよ……落ちてくる」

「う、うそ……」


 あんなものが落下すれば、辺り一帯にどんな被害が出るか、想像もできない。それこそ、太古の昔に地球で恐竜が滅んだ原因と言われるような、天変地異レベルになるんじゃないか。

 自分の心臓の鼓動が大きくなっていくのと、恐怖で頭部から熱が引いていくのを同時に感じる。


「は、早く! なるべく遠くに避難しろってドクが、」

「……止めなきゃ」

「は? アリスちゃんまさか、信じ難い光景過ぎて頭がどうにかなっちゃったとか言わないよねぇ? 天地がひっくり返ったって君がどうにかできることじゃ……」

「分かってる! けど何とかするの!!」


 みるみるうちに大岩の高度が落ちていき、上空に浮かんでいた時よりもずっとずっと大きかったんだと実感する。そんなものが重力に引っ張られて地面に落下したら、それは最早モンス・ダイダロスへの「衝突」だ。


「アリスちゃん!!」

「おい! アリス!!」


 目線は空中の大岩に固定したまま、アリスは手綱を引く。大岩が空気を裂く音と、それなりの距離でも分かる風圧。守らなければ。あの岩が、魔力で操作されているだけの「普通の岩」ならば、出来ることはある。武力も魔力も無い勇者(アリス)に与えられた唯一の武器は、自然現象に対して有効であるに違いない。


「問題は時間……と、範囲……」


 強く、明確にイメージする。この山を、この大陸を、ここに住む人々や動植物を、あの岩と衝撃から守れるように。

 ラプンツェルが言っていた、想像できるものは魔力がなくても実現できる、と。裏を返せば、魔力を駆使することで実現させられる突拍子もない想像だってあるんだ。


「全てを守って! クラウ・ソラス!!」


 次の瞬間、シラユキが「更地になる」と予知した一帯の上空に、虹色の光沢を持つ『壁』が生成された。大岩の落下による衝撃を受け止めたことで、辺りに轟音が響く。同時に起こる空気の震え。

 アリスは耳を塞ぎながら、クラウ・ソラスとその上に落ちた大岩の様子を確認する。


「お願い……うまく動いて……」


 さすが始祖ゴーテルの生み出した魔法具といったところか、クラウ・ソラスは大岩の落下を受けてもヒビ一つ入る様子もない。加えて、生成された『壁』は四方八方に果てしない広がりを見せていた。

 これまでも体感してきたが、祈りの強さに応じてなのか、とにかく清々しいほどの質量保存の法則ガン無視っぷりだ。だが発動時間にはリミットがある。落下の衝撃は防ぎきった。時間との勝負はここからだ。


「アリスちゃん!」

「チェシャ……」


 後ろから馬を走らせてきたチェシャ猫は、随分な苛立ちを見せていた。


「あのさぁ! 勝手に一人ではぐれないでくれるかなぁ!? 君が単独行動に走った瞬間狙って刺客でも出て来たら、」

「ごめん! ありがと! でも小言は後にして!」


 上空から視線を逸らさないアリスに、つられてチェシャ猫も上を見る。と、彼はあることに気付いた。


「クラウ・ソラス、壁っていうより斜面になってる?」

「そう。海まで転がってくれればいいんだけど……」


 アリスの狙い通り、重力による垂直落下を阻まれた大岩は、再び重力に従ってクラウ・ソラスの斜面を転がり始めた。ゆっくりと、だが、少しずつ速度を上げて。

 それでもアリスが不安を拭いきれないのは、大岩が海に辿り着くまでクラウ・ソラスが形状を保てるかどうか、分からないからだった。中学の頃から物理が苦手なのは変わっていない。高校でも基礎の計算式を叩き込むので精一杯な状態だ。

 更にもう一つ――これは、実際に岩が海に向かって転がり始めてから出てきた不安要素だが、うまく転がって海にあの岩が落ちたとして……今度は、津波が起こるのではないか、ということ。

 アリスの頭の中で最初の課題は「岩が地に落ちることを防ぐ」ことだった。それを回避した今、次に生じた課題のレベルの高さに頭がショートしそうだ。

 池に小石が落ちるのとは規模が違い過ぎる。エネルギーとしては何千、何万、何億倍かの話であり、しかも池に落ちる小石と同様に、きっと何回にも渡って波紋(という名の津波)が発生してしまうハズだ。


「アリス、大丈夫かよ!? 真っ青だぜ」


 声をかけたグランピーへの返答が震える。

 岩が落ちてくる第一の課題に対して取った行動は、本当にコレで正しかったのか。転がして海に誘導したものの、あの岩が持つ物理的なエネルギーはいずれ何処かに発散されてしまうのに。


「わ、私……間違えたのかも知れない……」

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