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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第3章:the Bravest Prince
234/257

視える者と見えないモノ ―日の出―

  ***



 翌朝六時。森に朝日が注がれていく様子を眺めながら、アリスは深呼吸を一つした。

 エーレンベルグ城の最南端に位置するバルコニー。手すりの石はヒヤリとしていて、けれどその冷たさはアリスの血の巡りを逆に良くしているみたいだ。


「怖くないのか?」


 屋内から声をかけたのはシラユキだった。鏡の間にて、ドクをはじめドワーフ達に計画を一通り説明し終えたのだろう。


「大丈夫です。緊張はしてますが」


 まずはロットバルトの支配からカグヤを取り戻す――アリスと四人の王子が立てた第一目標である。侵攻と争乱が避けられないのならば、相手の戦力を削いでから迎え撃つしかない。


「ドクさんについてなくていいんですか?」

「ミッションは伝えたし、俺が出張るトコじゃないからな。ドクなら、マズくなったら報告してくる」

「……すごいんですね、シラユキ王子って」

「な、何だよ急に……熱でもあんのか!?」

「どうしてそうなるんですか……普通に感心してるんです。ドワーフっていう特別な存在と、信頼し合ってること。滅多にできないと思うので」


 そういう意味では、ドワーフとシラユキの契約関係を作り上げたシラユキの父親がすごいのかも知れないが……まぁシラユキ自身の人格だっていくらでも状況を左右しただろうし、細かいことは置いておく。


「あ、何か御用があったんじゃ……?」

「別に、無い。ビビってんじゃねぇかと思って情けない顔見に来ただけだ」

「私が提案したことなんですから、ビビりません。それに、私たちの第一目標はクリアできるって、私の中ではほぼ確信に近いので」

「お前には、俺にも視えないモノが見えてんだな……」

「違いますよ、皆さんよりちょっとだけ魔力に詳しいだけです。私自身は魔力を持ってないですし、武術ができるワケでも、きちんとした戦略を練れるワケでもないので……皆さんがいてこその確信です」


 確信に近い感覚はある。

 無限と調停の系統にいるシラユキ、有限と保全の系統にいるオーロラ、革新の系統にいるラプンツェル、そして、魔力を持たないマイア。能力、視点、価値観が異なる四人が集まり、歩み寄ってくれた。多様性は、強さになる。


「私は、シラユキ王子の魔力がすごいってことも分かってます。だけど無理はしないでくださいね。補い合えるように集まったんですから」


 見開かれたシラユキの目には、真直ぐ南を向くアリスの凛々しい横顔が映る。この世界に来たばかりの、不安げだった彼女は何処にもいない。昨日の話し合いの時点で、それは感じ取っていた。

 言うまでもなく城に集まったメンバーの中で最も戦力にならない存在が、どうしてこれほど強く光るような存在に思えるのか。不思議でならないハズなのに、シラユキの胸の奥ではその答えが明白であるかのようで。


「……変な女だ」

「あっ! また差別発言ですか!?」


 ムッとしてシラユキを見上げるアリスだが、彼の表情を見た途端、拍子抜けした。


「履き違えんな、お前を下に見てるワケじゃねぇよ、アリス」


 童話に似ているこのワンダーランドでは、太陽はいつだってイケメンの味方になるらしい。女装したら絶対に似合うランキングぶっちぎり一位確定のシラユキが、その微笑みに朝日をまとわせている。


「……おい、口半開きになってるぞ」


 指摘されてから慌てて両手で口元を隠す。しまった、美少女級王子の底力に完全に見とれてた。気持ちを新たに前方へと視線を戻し、深呼吸をする。


「ま、開始前に視た感じ、一先ずカグヤに関しちゃこっちの作戦は狂わない。何かあるなら、ステファリア・キングダムの方だ」

「ラプンツェル王子とオーロラ王子の準備はどうですか?」

「ドーピーの聞いた感じでは、最低あと一時間は睡眠が必要だってよ。元首はオーロラ殿下に魔力を戻してもらったとは言え、頭と身体の疲労が残ってる。オーロラ殿下は全部だ。無理もねぇよな、魔力保持者だと自覚して間もないって話じゃねぇか」

「そうですね……私がステファリア・キングダムで会った時には、発作を起こしてたので……」

「トゥルム公国から『返事』が来るまで、二人は休息だ。それこそ、事態が動き出したら俺にできることは限られて、二人の方に比重がかかってくるしな」


 シラユキの言葉はその通りで、彼の得意とする予知魔法が活きるのは「準備段階」である今なのだ。海の向こう――破壊の系統の始祖・ロットバルトが、その支配魔法をふんだんに使って攻めて来れば、立ち向かうことになるのはラプンツェルやオーロラであろう。


「役割分担できて良かったと思いますよ、私は。最初から最後まで一人で抱えるより、ずっとマシです」


 最初の冒険の時、魔法石を捨てに行くことを目的に旅をした。たったそれだけの目的だったのに、アリスは途中で何度も悩み、迷い、立ち止まった。一人じゃ絶対に辿り着けなかったし、達成できなかった。それは今回も同じだ。フェアリー・ゴッド・マザーが「五つの国をまとめろ」と言った意味が、少し分かった気がする。

 正直アリス達にはまだ、ロットバルトが何のために攻めてくるのか掴めていない。昨晩シラユキが視ようとしたのを、アリスは止めた。どんな理由だろうと、何が目的であろうと、争いという選択肢を取ったロットバルトが正しいとは思えない。


「…………お前こそ、あんまり気張んなよ」

「え?」

「別に」


 シラユキの声があまりに小さかったのと、階段を駆け下りる足音が響いてきたのとで、きちんと聞き取れなかった。アリスが聞き直そうと声をかける前に、急いでやってきたスニージーが二人に呼びかけた。


「ユキちゃん! アリス! グランピーから連絡来たって!」

「早かったな。すぐ行く」

「私も行きます!」


 スニージーの知らせは、アリス達が立てた作戦の本格的なスタートを意味していた。



―「現時点で分かってる範囲でだが、ロットバルトの戦力としてカウントできる要素は三つだ。まずは直接支配を受けているカグヤが率いるサルキ帝国。次に、国民全員に感染型の支配が広がっているステファリア・キングダム。そして海の向こうから高みの見物かましてるロットバルト本人だ」

―「もしその三つの要素が夜明けと同時に攻めに動けば、私たちは一溜まりもない。どれか一つでも無力化……せめて侵攻のタイミングをずらすことができればと思うが」


 言いながら悩ましげな表情になっていくマイアの横で、アリスが「あの、」と口を開いた。


―「無力化は出来るはずです」

―「俺様が出した三つの要素のうち一つをか?」

―「というか、無力化して、こっちの仲間になってもらわないと困ります。サルキ帝国のカグヤ帝には」

―「確かに。出来ることなら最速で対処したい。我がエーレンベルグが挟撃の危機に晒されてる最大の要因はカグヤ帝がロットバルトの支配下にいることだ」

―「はい。でも実際のところ、ロットバルトがサルキ帝国の国民みんなを支配してるワケじゃないと思うんです。ロットバルトが支配してるのはカグヤ帝だけで、国民の皆さんはカグヤ帝に従っているハズです」

―「アリスの仮説が正しいとして、どうやってカグヤの精神をロットバルトから解放するか、っつー課題が出てくるぜ。オーロラに上書きしてもらうのが手っ取り早いが、こっちからサルキに出向くのは危険すぎる」


 ラプンツェルの言うことももっともだった。ロットバルトに対抗するために、なるべく魔力は温存しておきたい。

 話し合いの場に数秒の沈黙が流れ、マイアがシラユキに尋ねた。


―「シラユキ様、差し支えなければ、この城に仕えているドワーフ達のことを教えていただけないでしょうか。魔力の影響を受けないと伺いましたので、もし共に戦ってくれるのなら、と考えたのですが」

 


 シラユキから七人のドワーフについて聞いたマイアは、カグヤひいてはサルキ帝国をこちらの味方とするための作戦を提案した。同時に、残り二つの要素を抑える計画をラプンツェルが立てる。それぞれの国に出向いた経験のあるアリスとチェシャ猫も、それぞれ意見を出し、まとめあげた。そして今、マイア考案の作戦通りに知らせが入ったのだ。

 サルキ帝国に出向いたのは、ドラゴンに変身したハッピーと、ドワーフの中で最も高い身体能力と治癒力を有するグランピー、そして魔力感知ができるチェシャ猫だった。目的はただ一つ――サルキ帝国からカグヤだけを連れ出し、国境まで運ぶこと。

 たった今、ドクがグランピーから受けた報告は、屋敷の包囲網をくぐり抜け、カグヤを気絶させ拘束し、帰路についた、という内容だった。


「ドク、国境まではどのくらいかかる見込みだ?」

「推定ですが、全速力で十分以内かと」

「スリーピーは大丈夫そうか?」

「ご心配なく。今回ばかりは緊張しているようですよ」


 微笑するドクの声色は、どこか楽しそうに弾んでいる。いつも眠そうなスリーピーが、珍しくオロオロしてドクに応えているようだ。

 エーレンベルグ国内であれば任意の場所へと瞬間移動できるスリーピー。与えられた役目は、ハッピー達がサルキ帝国から攫ってきたカグヤ帝を、鏡の間へ通すこと。


「すぐ済むからあまり怖がるな、と伝えておいてくれ」

「かしこまりました」

「俺はここで待機している。アリス、お前は」

「迷惑でなければ同席したいです! いいですか?」

「分かった」

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