表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第3章:the Bravest Prince
232/257

干渉する力 ―無限と有限―

  ***



 暗闇の中、細々と続く光る糸が視えた。辿った先に、探し物があると確信していた。しかし、手繰り寄せようと引っ張れば、どこかで千切れてしまうように思えて、仕方なく、糸が伸びる先へと足を進めていった。

 やがて、糸の先に光の塊があることが分かり、自然と駆け足になる。やっと、やっと見つけた。ずっと心配していた。取り戻したい。もう一度会いたい。話がしたい……!


―「来るな!」


 光の塊から、懐かしい声での叫び。どうして、と尋ねる前に、別の声が頭に流れ込む。


―「帰りなさい、未熟な王子」


 やっと見つけたのに、誰が帰るものか。お断りだと振り払うように、足を進める。と、今度は酷い耳鳴りに襲われた。


―「もう……遅いのです。これ以上、今の貴方に視せることはできません」

「な、にを……お前は、誰だ……!?」

―「貴方は眠り、そして忘れる。この日に視た全てを。私の声を聞いたことも。忘れている限り、貴方はロットバルトに――――――」

「どう、いう……意味、だ……?」


 駆け足で光の塊を追い求めていた足は、いつの間にか止まっていた。とても、とても息苦しくなって、自分がいる暗闇が、ただの暗闇ではなく深くて広い湖のような暗闇へと変わったことに気付いた。気付いたところで、何も出来なかった。どうすれば抜け出せるのか、泳いで上がればいいのだろうが……力が、入らなかった。それこそ、指一本動かすのも億劫なほど。

 けれどそこは、何とも不思議な湖で、真っ暗闇でも不安を掻き立てられることもなく、何もしなければ呼吸がしづらくなるワケでもなく、体が冷えることもない。もちろん覚えてなどいないが、この世に産み落とされる前、母の胎内(たいない)ではこんな風に守られていたのだろうかと、目を閉じ、思いを馳せた。

 ふと、心地よさすら与えられる暗闇の中に、新しい声が届く。


―「……――様、シラユキ様、」


 知らない声。自分よりも幼い声だった。


―「貴方は目覚める。貴方にかけられた魔力の縛りに、貴方は打ち勝つ。絶対に」


 ゆらゆらと漂う紐のような物が視えた。それまで全く力が入らなかった腕が、驚くほどスッと上がり、その紐を掴むことができた。掴んだ瞬間に、ぐんぐんと紐は引っ張られ、つられて自分の体も湖の中から引き上げられていく。

 いつしか視界いっぱいに光が溢れ……――


「……様、シラユキ様!!」

「ユキちゃん!!」

「何処も痛くない!? ユキちゃん!」

「ドク……グランピー……ハッピー……」


 見慣れた顔が三つ、揃って涙を浮かべて自分を覗き込んでいた。何故か身体のあちこちが固まってるように感じて、ゆっくりと起き上がりがてら背伸びを一つ。


「俺はいつ眠ったんだ……? いやそれより、珍しいな、ドク。お前がそんな顔、」

「誰のせいだと思ってらっしゃいますか!!」


 突然の激昂にシラユキが目を丸くして動きを止めると、ドクは「失礼しました。グランピー、あとは頼みます」と一礼して退室してしまった。残されたグランピーは苦笑いしながら溜め息をつき、ハッピーは「ユキちゃんのこと、ドクも心配してたってコトだよ」と自分の目元を袖で拭った。


「心配って、俺は一体……」

「大変だったんだぜ、ユキちゃんが鏡の()でぶっ倒れて、ピクリとも動かず眠ったまんまでさ。だから、きっちり礼を言わないとな、ステファリア・キングダムの第一王子に」

「ううん、僕なんかが役に立てて良かったです。初めまして、シラユキ様。僕はステファリア・キングダムのオーロラと言います」


 そこで、シラユキは初めて自分に何が起きていたかと、自分が眠っている間に他国に何があり、それぞれがどう動いているのかを知ることになる。



 客間にて、ドクは深々と頭を下げた。


「皆さま、本当にありがとうございました。オーロラ様のご助力によって、シラユキ様はお目覚めになりました。お体に異常も無いようで、すぐに起き上がられました」

「良かった……本当にすごいです、ラプンツェル王子」

「何言ってんだよ、俺様は考えたことを述べただけ。やり遂げたのはオーロラだろ」

「いいえ、ラプンツェル様の冷静な分析と推定が正しかったということです。それに、アリスさんにも魔草についてお調べいただきました。オーロラ様には勿論、お二人にも、何とお礼を申し上げれば良いか……」

「だったら、こっちの要求はただ一つだよ。ねぇ? アリスちゃん、元首サマ」


 ハートフルな雰囲気を切り裂くような、嫌味ったらしいチェシャ猫の言葉。ドクがいかにも警戒しそうな笑みを浮かべて、彼は続ける。


「勇者アリスの目的は五つの国の統一なんだ。そのために乗り越えなきゃいけないステップがいくつかあってね、ちょうど困ってたワケさ。元首サマも、エーレンベルグ(ココ)の国王代理サマに確認したいことがあるんだろ?」

「そーだな。ドク、悪ぃがこっちは非営利目的で行動してきたワケじゃねぇ。俺様にもアリスにも、更に言えばオーロラにだって、シラユキを目覚めさせたかった理由があんだ」

「シラユキ様の魔力が必要、ということでしょうか」

「ああ。察しが良くて助かるぜ」

「……承知しました。理由がどうあれ、シラユキ様のお目覚めに尽力していただいたのは事実です。私達は協力を惜しみません。アリスさん、貴女が与えられた選定者としての役割を滞りなく為せるよう、お力添えさせていただきます。シラユキ様にも、私からそのように申し伝えましょう」

「ありがとうございます!」


 まずは、状況の整理と細かい事後処理から取り掛かることになった。

 気絶させられた上で拘束されていたイシツクリは、イソノカミとハッピーが様子を見ることに。起きたばかりのシラユキの個室にはラプンツェルが通され、アリスとマイアは別室待機、チェシャ猫は退屈だからとスリーピーのガイドで城内を回りに行った。

 出された紅茶にミルクを混ぜつつ、マイアはアリスに問う。


「アリス、そろそろ教えてもらえるだろうか。シェラン王国が他国と渡り合うために、君が描いたプランを」

「そうでした、マイア王子には順を追って話しておかないといけませんでしたね。すみません」

「いや、いいんだ。こうしてゆっくり話す暇も惜しかったのだろうから」


 シェラン王国に住む体の小さな種族が、他国と対等な地位を築く方法は、魔草によって他国の種族と同等のサイズになること。

 しかし、全ての国民が王家の勅命通りに魔草の薬に「共通の誓約」を与えて飲むとは限らない。欲深い者が他国を圧倒するために過剰な条件を加える可能性もあるし、子供が意味も分からずにデタラメな条件を作ってしまうかも知れない。

 両方の懸念をなくすためにアリスが必要だと考えたのが、シラユキの「魔法の鏡」の力と、カグヤの支配魔法だった。


「つまり、明確な意思を持つ大人は『魔法の鏡』の前で誓約を偽らせないようにして、子供たちはカグヤ帝に意思をコントロールしてもらった状態で薬を飲んでもらうんです。そうすれば、大人も子供も王宮の示した誓約通りに魔草の効果を受けられます」

「君は、本当に素晴らしい思考力の持ち主だな。私では到底、」

「いいえ。この案が浮かんだのは、魔草の力で国民ごとシェラン王国を大きくしようって提案が、マイア王子から出たからです。私はその成功率を上げるための方法を考えただけですし……それに、五つの国をまとめるっていうミッションがあったから、他国との関わりを視野に入れることができました」


 謙遜の笑みを見せたものの、アリスの表情はふっと暗くなる。このプランを実行するには、大切な要素がまだ揃えられていないのだ。マイアも、それを重々承知しているようだった。

 シラユキが目覚めた今、協力を仰ぐべきもう一人の魔力保持者――サルキ帝国のカグヤを、正気に戻して説得する必要がある、と。


「我が国のことだ、可能ならば私が直接出向いて依頼したい。が、今のサルキ帝国に私が行って、何とかできる状態でもないだろう」

「カグヤ帝は今、海の向こうの魔力保持者に強力な支配を受けています。あまり時間をかけてたら、トゥルム公国・エーレンベルグ・シェラン王国は、一瞬で囲まれてしまいます。ラプンツェル王子の話では、ステファリア・キングダムにも支配魔法に囚われた人が蔓延しているから……」

「逆に、サルキ帝国さえこちらの味方となれば、形勢はだいぶ好転するはずだ」

「全然マシになると思います。けど、オーロラ王子に頼むワケにも……。支配魔法をかけられた人に『上書き』するのって、魔力消費が激しいみたいなので……」


 アリスにとって一番の不安要素は、オーロラの負担が現状かなり大きくなってしまうことだった。

 シラユキを眠りから目覚めさせることができた、ということは、オーロラの魔力系統が序列第二位「有限と保全の系統」であり、相当強い記録魔法の使い手であることが確定したのだ。それはつまり、オーロラならば、カグヤやロットバルトの支配魔法に屈することなく、支配下に置かれた人々を元に戻すことができることを意味する。

 しかし現在、支配魔法で操られている人の数は十人や二十人ではない。ステファリア・キングダムとサルキ帝国の二国が丸々取り込まれている。少なく見積もっても数百人……とてもじゃないが、その全員の洗脳を解くようオーロラに依頼することなんてできない。


「順序を決めよう、アリス」

「え?」

「我が国のことは、事態が収まってからで構わない。その前に為さねばならないことは、カグヤ帝とサルキの民を救う、敵の情報を可能な限り集め対策を練る、ステファリア・キングダムの民を解放する」

「ステファリア・キングダムの民は、ふらふらしながらガキの王子サマを探してるだけだってさ」

「チェシャ、お帰り」

「ただいま。で、探し回ってるだけなら動きを制限しておくだけで即脅威になることは防げるんじゃないかなぁ?」

「確かにそうかも……」


 城内散策から戻ってきたチェシャ猫は、欠伸をしながらソファに腰かける。同じタイミングでやってきたスリーピーが、マイアに呼びかけた。


「シェラン王国マイア様、シラユキ様が貴方ともお話ししたいって」

「承知した。案内を頼んでも?」

「うん」

「ではアリス、また後で」


 一体どんな話をするのか少し気になったが、王族同士の挨拶など色々あるんだろう。エーレンベルグとシェラン王国は先代の頃に交流があったようだし。


「さーてと、これで四国までは実質トップがココに集結したワケだけど?」

「もちろんそれは嬉しいよ。……でもこのままじゃ、サルキ帝国を敵にした状態で団結しちゃう。どうにかして、今のサルキ帝国がカグヤ帝の意思と関係なく動かされているってことを分かってもらいたいんだけど……」


 四人の王子の意思統一をする方法など、アリスには考えつかず、溜め息。元の世界でだってせいぜい中学の頃に卓球部の副部長やったぐらいで、しかも内申が良くなることだけを狙ったお飾り副部長だったし……。自分には、まとめる立場なんて向いていないのだ。

 ティーカップを覗くと、困り顔の自分と目が合った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ