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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第3章:the Bravest Prince
229/257

揺れる(重なる)言の葉

  ***



 樹木の壁に空いた大穴を目指して飛ぶマイアに、アリスは叫ぶ。


「マイア王子! どうしてラプンツェル王子を置いて……!」

「トゥルム公国は古くは軍事国家だった。ゆえに彼の嗅覚は信用に値すると判断した。君も同じだろう、チェシャ猫」

「まさか。そんな歴史的背景に頼らないよ。俺が賭けたいと思った情報は、こっち」


 言いながら自分に生やされた翼の内側を指差すチェシャ猫。そこには、ラプンツェルからのメッセージが描かれていた。正確には、白い翼の中に黒い羽が混ざっていて、遠くから見ると文字に見えるようになっていたのだ。


「読んでみてくれないかい? 俺、自分じゃ部分的にしか見えなくてさぁ」

「えっと……『オーロラの魔力が有効。エーレンベルグにいる』……?」

「オーロラ殿というのは、ステファリア・キングダムの次期国王ではなかったか? 成人前であるため、政務官マレフィセントが国政を仕切っていると聞いているが」

「へぇ、あのガキの王子サマ、籠りっきりかと思ったけどエーレンベルグに出向いてるんだ。意外だねぇ」

「ちょっと待って、オーロラ王子が外に出るようになったのは私も良いことだと思うけど……魔力?」


 アリスがオーロラに会った時、彼が魔力保持者だなんて誰からも聞かなかったし、彼自身からもそんな話は出なかった。ただ、物心ついた頃からずっと、反対意見を言われたことがない、とだけ……。


「もしかして、オーロラ王子も無自覚だった……?」

「直接会っているアリスがそう思うのなら、現時点でその可能性が最も高い。いずれにせよ、先ほどあの場でラプンツェル元首以上の判断をできる者は私たちの中にいなかった。そして、私の憶測も混じるが、ラプンツェル元首にできる時間稼ぎには限りがあり、オーロラ殿を連れて戻ることができれば、刺客の攻略に向け大きく前進できるということだ」


 得られた情報を冷静に整理して行動を決めていくマイアの姿に、アリスは何も返せなかった。彼が言っていることは正しいし、憶測だと言っている点も理に適っている。さすが、病弱な王を支え続けている一国の王太子だけある。


「急ぎましょう、マイア王子」


 手を引かれるだけだったアリスが、自分の意思で翼を羽ばたかせ、加速する。オーロラが魔力保持者ならば、系統を確かめる必要がある。魔力系統の知識は未来で学んだアリスだけが持つものだが、それとは別の理由でラプンツェルは「オーロラの魔力がカグヤに有効だ」と考えたのだろう。

 加えて、ラプンツェルも戦闘で魔力を使い続けるという経験はしていないハズだ。いくら始祖ゴーテルから譲り受けた魔力とは言え、ジャック・ビーンズのように使い過ぎて倒れる、なんてことも起こり得る。そうなれば恐らく、ラプンツェルの魔力で作られたアリス達三人の翼も、パッと消えてしまうかも知れない。

 つまり、何としてもオーロラを連れてあの場に戻らなければ希望が潰えてしまうのだ。

 ただ、カグヤとラプンツェルの戦闘を止められなかった時点で、両国を含めた5つの国をまとめあげるのが更にハードル高くなってしまった気もする。もう過ぎてしまったことを悔やんでもいられないが、選定者の役割を全うしたいと思っていた分、アリスには大きな反省点となっていた。


 エーレンベルグの城門前に降り立った三人の元に、すかさず現れたのはグランピーだった。


「久しぶりだなアリス。早速だが、ドクが話したいってよ」

「うん」


 目を閉じて開いたグランピーはスッと表情を変え、丁寧だが淡白な口調でアリスに問いかけた。


「国境付近で何が起きているのです?」

「サルキ帝国の刺客と、ラプンツェル王子が交戦中で……ドクさん、二つ頼みがあります」

「私に?」


 頷いてから、アリスはチェシャ猫に視線を送り、意図に気付いたチェシャ猫は翼を広げた。


「元首サマからの伝言だ。ココにいるのかい? ガキの王子サマ」

「お願いです! オーロラ王子の魔力がどんなものか分かって、この事態が解決すれば、シラユキ王子を眠りから目覚めさせることができると思うんです!」

「……一刻を争うのですね。承知しました、私個人として断る理由はございません。それで、もう一つの頼みは何でしょう」

「マイア王子を保護してください」


 驚いたのはマイアの方だったが、アリスは間髪入れずに続ける。


「大丈夫です。カグヤ帝の魔力の影響を、私は受けません。この服は特殊なワンピースなので」

「……分かった。君を信じる」


 ふと、マイアの手がアリスの頬に添えられて、彼の顔がぐっと近づく。突然のことにドキリとするアリスの額と、祈るように目を閉じた彼の額がくっついた。


「どうか無事で」

「は、はいっ……」


 ポッと顔の熱が上がったのは不可抗力だ。まったく、この世界を訪れるのは三度目だというのに、こういう展開については予想も油断もできない。距離が近いイケメンは心臓に悪い。ドラマやマンガの中だけで充分だ。


「では、グランピーにマイア王子を客間へ案内させます。オーロラ王子は、ハッピーが城門までお連れしましょう」

「ありがとうございます、ドクさん」


 アリスが礼を言った直後、グランピーは普段の男勝りな雰囲気と口調に戻り、マイアと共に城内へ。その背中を見送りながら、アリスは数秒考えて、チェシャ猫に目を向けた。


「チェシャ、あのさ、」

「却下」

「な、何で!?」

「俺の役割は王太子サマの護衛じゃなくて、アリスちゃんの案内役だろ」


 さらりと一息で(というより溜め息一つの中で)答えたチェシャ猫に、アリスの目はますます丸くなった。湧き起こった新しい疑問は二つ。

 先程口にした「何で」は、「何で全部言わないうちに却下するの!」の意味だった。けれどその次の段階として、確かにアリスは「マイアに付いてて欲しい」と頼もうとした……が、何故それを見破られたのか、という疑問が一つ。


「な、んで……」

「とりあえず俺、頭弱いアリスちゃんよりは察しが良いからさ。どうやら君のお人好しレベルが常軌を逸してるってことぐらいは、この数日で理解できたんだよね。俺達の服には支配魔法を跳ね返す効果が備わってるから、君の考えでは王太子サマに付いてて欲しいんだろうけど、ココにはドワーフがいる。よって俺は君を優先することにした」


 読まれている……。そんなに分かりやすい思考パターンの人間なのだったろうか、とアリスはチラリと自問自答してみるが、即座に答えなど出ない。とりあえずチェシャ猫には読まれやすいのだ、と割り切るしかない。

 あともう一つ、呼び名のこと。どうして今、この瞬間から、そんな懐かしい呼び方をし始めたのか。急に「アリスちゃん」なんて言い始めるから、まるで、一緒に旅してくれたチェシャ猫が目の前に戻ってきたみたいで……背中を駆け巡るむず痒い感じは、安心感の一種なのだろうか。自分じゃよく分からない。


「あの、チェシャ……どしたの、急に」

「何? 俺、案内役として間違ったこと言った?」

「そ、そうじゃないんだけど……」


 シェラン王国で呼び名を聞かれた時にはぐらかしてしまったのを、気にしていたのかも知れない。だとしても、まさか同じ呼び名に落ち着くことになるなんて。

 とにかく胸の奥がムズムズするのは確かで、原因不明だけど、ちょっと年下感のある今のチェシャ猫に「ちゃん付け」されるのは抵抗が……。


「…………俺さ、分かんないんだよね」

「へ?」


 違和感と要望をどうやって伝えようか思案しているアリスに、チェシャ猫は視線を地面に落としながら告げる。葉から雨粒が転がり落ちるみたいに、ゆったりと、静かに言葉が落ちていく。


「分かんないんだよ、俺のこと。なのに……君のことは、失わないようにって……傍にいなきゃダメで、傍にいても油断したらダメなんだ……。すぐに消える……あっという間に、壊れる……気付いたら、君の手は、もう……。だから俺は、理想の俺に……」

「チェシャ、」


 呼びかけて、彼の手を握る。不謹慎だと分かっていも、少し、安心してしまった。ここにいるチェシャ猫は、呪われる前の記憶を完全に失っていない。今の言葉も、アリスを思い出したのではなく、アリスに誰かを重ねているのだと、ハッキリしたから。

 握った手は、僅かに震えていた。チェシャ猫のこんな側面を見るとは思ってなかったけれど、完全に記憶を失くしてた未来の彼より、今ここにいる彼はずっとずっと不安定なのだ。


「分かんないんだ……アリスちゃんの案内役って、俺で合ってんの? 俺は、ちゃんとできて……」

「条件なんて、私も分かんないよ」


 ぼやけた記憶を持つチェシャ猫は不安定で、やっぱり今まで関わってきた嫌味だらけのチェシャ猫より幼い感じがする。だから、アリスからかけられる言葉はすごく限られていて。


「だって私、一緒に来て、一緒に考えて、しか言ってないでしょ? てゆーかそもそも、チェシャは私を見て勇者の条件満たしていると思う? 自分で言うのもアレだけど、私の見た目だけで勇者だって気付ける人、いない気がするんだよね」


 逸らされていた視線が、ちゃんとぶつかる。その中で、限られた言葉が力になってくれればいいと思う。


「私達も他の人も条件なんて分かんないんだから、どうすべきか考えて行動すれば合格でしょ!」

「……アリスちゃんって、草原みたいだね」

「え?」


 ボソリと返された(一般的水準で考えると明らかに褒め言葉ではない)微妙な表現に、アリスは絶句した。

 当のチェシャ猫はクスクスと笑いだすし……いや、これは絶対に、間違いなく、バカにされた……! こっちは精一杯の励ましをしなくちゃと思って慎重になったのに! 珍しく凹んでるっぽかったから、手まで握っちゃったのに……! 草原って何!? 草原って! これまで何度か言われた「お花畑」のお花すらないバージョンってこと!?


「い、意味わかんないっ!!」


 パッと手を離して溜め息をつく。

 と、庭園の向こうから一頭の馬が走ってくるのが見えた。ドクが言った通り、ハッピーが馬に変身してオーロラを連れてきたのだ。


「久しぶり、アリスお姉さん」

「オーロラ王子、お久しぶりです。体調は……?」

「もう大丈夫。僕、病弱じゃなかったんだ。詳しくは後で話させて。今は、ラプンツェル様の援護に行かなくちゃ」


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