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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第3章:the Bravest Prince
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トゥルム公国4 ―人の持つ魔力―

 そんなことをボーッと考えていると、ラプンツェルが言った。


「にしても、時と場合で想像した物に変化するってのは、いかにもゴーテルが仕掛けそうなことだよな」

「そう、なんですか?」

「そもそも魔力なんてのは、この世界に無くたっていいと思わねぇか? 俺様が譲り受けたこの力だって、民の作業を少しばかり楽にしてやってるだけだ」


 ライオン像に生えた翼を撫でながら、彼は続けた。


「人は、人が思ってるよりずっとずっと大きな力を元々持ってる。リアルに想像できることは、魔力なんざなくたって実現できる」

「魔力がなくても……」

「ああ、そうだ」


 塔から戻って降ろされたのは、宴が行われている広間ではなくアリスに用意された個室のバルコニーだった。視界いっぱいに広がる星空の中で、彼の瞳が日中よりも深い緑色に光る。


「人が空を飛べる日だって、ぜってー来るぜ。そう思わねぇか?」


 冒険者のような挑戦的な笑みは、ワクワクを抑えられない少年のようで、かつ、有言実行を貫こうとする威光と野心をもった王族のものだった。


「飛べます、絶対」


 勿論、アリスの言葉は王族の威圧感に当てられて出てきたのではなく、むしろ元いた世界――魔力のない世界で普通に飛行機が飛んでいるという事実に基づいた応答だった。それにこの世界においても、魔力を衰退に追い込み科学の時代を確立したオズが、戦闘機まで開発することになるのだ。

 ただ、そんな諸々の内情を知る由もないラプンツェルは、「くはっ」と愉しそうに笑い、アリスをグッと抱き寄せた。


「いい女だな、お前」

「へっ……!?」


 突然の距離感と恋愛ドラマ的な囁きに困惑するアリス。それに拍車をかけたのは、ラプンツェルからアリスの耳に落とされた小さなキスだった。

 驚きのあまりアリスが反射的に身体を跳ねさせると、ラプンツェルはどこか満足気な表情でアリスの頭を一撫でして。

 「おやすみ」の一言を残し、ライオン像と共に広間のバルコニーへと飛んでいった。



  ***



 時は、アリスがサルキ帝国に来て二日目の朝に戻る。


「これは……こう、で、合ってるかな……」


 新しいシャツとベストに袖を通し、タイを結ぶ。伸びた背丈に合わせたパンツも新調されたもので、より一層気が引き締まる。

 久しぶりの外出、覚悟を決めた外出。アッシュグレーの髪は耳より少し下で切り揃えられているので、邪魔にならないよう可能な限り後ろで括る。


「シュティンメ、世話をかけるね」

「いいえ殿下、(わたくし)めはこの時をお待ち申し上げていました」

「僕はもっと早く気付くべきだった。気付かなければならなかったんだ。僕を守り、支えてくれていたのは、マレフィセントだけじゃなかったんだって」

「勿体なきお言葉です。皆もさぞ喜びましょう」


 深々と頭を下げる執事の青年・シュティンメの前で申し訳なさそうに微笑んだのは、白い手袋をはめて外出準備を調えたオーロラ王子だった。

 長い間、虚弱体質を理由に外出どころか部屋の外へ出ることすら控えていた。持って来させた本を読み、マレフィセントに国の様子を聞き、窓から遠目に民の暮らしぶりを眺め、剣の稽古もしない日々。

 王子という立場はあるが、その肩書を失えばたちまち自分に価値などなくなる、まして、単に年齢が条件を満たしたからといって国王になるなど論外だ……そう、考えていた。


―「相応しいかどうかの問題としてじゃなく、オーロラ王子が正統後継者として国をまとめたいかどうか、一回考えてみないと」


 用意されている道や置かれている状況に対して嘆くのではなく、自分の生きる道をどうしたいのか、どうありたいのかが大切だと、アリスに教えてもらった。

 そこから初めて、今まで考えなかったことを考えるようになった。周りだけではなく、自分のことも見つめ直して……ある一つの結論に辿り着く。


「ここでどれほど君たちを(ねぎら)ったって、僕がこれまでしてきたことの、償いにはならない」

「何をおっしゃいますか。我らは常に自由を奪われていたのではございません。貴方様の前でのみ、返せる言葉が限られていた……ただ、それだけのことです」

「王子! あまりご自分を卑下なさいますと、お読みになっている本の続きを食べてしまいますよ!」

「ブルーメ……」


 腰に手をあててオーロラを注意したのは、ヤギの耳と尻尾を持つメイド長だった。オーロラが外に出ると聞き、城の者は総出で準備に取り掛かっていたのだ。こさえた弁当をシュティンメに持たせた彼女は、オーロラの前に跪き、曲がったタイを結び直す。


「ほ、本の続きは、食べないで欲しい……。こ、困る……」

「冗談です、王子の大切な物にそんなこと致しませんわ」


 タイを直したその手で、今度はオーロラの両手を包んで笑顔を見せる。


「私たちは嬉しいのです、王子が自ら外へ行きたいとおっしゃったことが。けれど心配もございます、もしお体に障るようなことが起きてしまったらと……」

「大丈夫だよ、ありがとう」


 握られていた手をほどき、メイド長のブルーメを思いきり抱きしめる。


「ほら、僕は元気なんだ。きっとマレフィセントも驚くよ」


 微笑むオーロラに対し、ブルーメとシュティンメは揃って複雑な表情で言葉を詰まらせる。


「……殿下、畏れながら、政務官様をお探しになるのは、やはり危険かと……」

「そうですわ! 聞けば選定者様に危害を加えようとし、お姿を隠されたそうではありませんか。これまで王子の外出を禁じていたのも、何か……」

「そう、分からないことだらけだ。僕はマレフィセントのこと、何も分かっていなかった。マレフィセントの好きな食べ物も、得意な魔法も、ステファリア・キングダムに来る前はどこで暮らしていたのかも、全然知らないんだ。二人は知ってる?」


 オーロラの問いかけに、二人は黙って首を横に振った。


「彼女は今、危ないことや悪いことを考えているのかも知れない。そうでなければ、事情があって身を隠し、寂しい思いをしているかも知れない。僕は知りたい、だから行くんだ」


 黒い薔薇が植えられた廃墟の並ぶ一角で、マレフィセントはアリスに魔法をかけようとしていた。アリスを探しに来たチェシャ猫に連れ出され、オーロラは自分の目で「その場面」を見たのだ。

 だが同時に、その行為はマレフィセントの意志ではないような気もした。目が合った瞬間、ひどい悲しみに包まれたように彼女の顔は青ざめていたから。言葉を交わす前に、マレフィセントは黒い薔薇と共に姿を消した。



―「アンタの孤独は解消できる。そこからどう動くかは、自分で決めな」


 夢の中でフェアリー・ゴッド・マザーが断言したことは、本当だった。マレフィセントはその日を境に戻ってこなかったが、城内の混乱はオーロラの想定より小さかった。

 城に仕える者達が真っ先に気にかけてくれたのは、国のことではなく、病弱なオーロラのこと。発作が起きた時に鎮めさせるのが決まってマレフィセントだったからである。

 そこで初めて、オーロラは気付いた。意識を失ったアリスを連れ帰るチェシャ猫が、去り際に放った一言の意味に。


―「帰りはご一緒できないけど、まぁそれだけ魔力あれば大丈夫か」

―「え?」

―「てゆーか、ご自身に魔法かけてるとか……代々伝わるおまじないでもあるのかい? ガキの王子サマ」


 これまで自分を取り囲んでいた全ての原因は、自分にあった。異様なまでの虚弱体質は、マレフィセントに促された一種の自己暗示。城の者がオーロラに同意の返答しか出来なかったのは、無意識に使っていた相手の意思に上書きをする「記録魔法」――。


「とにかく、まずは僕がマレフィセントを最後に見た場所へ行ってみるよ。あんな区画があったことも知らなかったし……」

「くれぐれも無理はなさらぬよう……シュティンメ、しっかりお守りするのですよ!」

「うっ、心得ております」


 年上のブルーメに小突かれながら、敬礼するシュティンメ。少し微笑ましくもある二人のやり取りを見て、オーロラは決意を新たにする。この城を、この国を今まで支えてきてくれたマレフィセントを、必ず探し出すと。そして、今後の国の在り方を話し合おうと。



  ***



 眠れるはずが無かった。広間での宴が終わっている気配もなく、ということは、(時計がないので正確な時刻までは分からないが、)夜もまだまだこれから的な時間帯であるのは確かで。しかも……


―「いい女だな、お前」


 目を閉じて強制的に眠ろうとしたところで、真直ぐ向けられた言葉と不意打ちの耳キスが蘇ってきて、自然と顔の熱が上がる。

 これはマズい、非常にマズい。この世界のイケメンは何でもないことのように恥ずかしい台詞を言ってくるし、距離も近いのだ。(過去二回の冒険も含めて)分かってはいたが、アリスが自分で思っていたより今回は衝撃が大きかったらしい。恐るべし、王子ラプンツェル。


「…………洗濯でもしよっかな」


 客人用のネグリジェに着替えて寝ようとしていたアリスは、眠りにつくことを諦め、マーリンが用意してくれたワンピースに手を伸ばす。そろそろ洗いたいと思っているのだが、当然この世界に洗濯機は無い。もしアリスに記録魔法が使えたなら、使用前の状態に「上書き」してしまうことも出来るのに。

 そう考えてふと、ラプンツェルが口にしていた信念を思い出す。


―「リアルに想像できることは、魔力なんざなくたって実現できる」


 アリスが元いた国こそまさに、その通りではないか。人が描く理想は、科学によって実現されてきた。さすがに衣服を着る前の状態に戻すことはできないが……。

 とりあえずこのワンピースにはタグも無いので、もみ洗いにとりかかった。さすがに手洗いしたぐらいで魔力効果は落とされないだろう。

 もみ洗いを終える頃に、べろべろに酔ったハッピーが「アリスの護衛するのー!」と突然入室し、かと思えばベッドに直行して大の字で眠りこける、という台風のようなイベントが起きたが、何にせよ、適度な労働によってそれなりの睡魔がやってきた。

 ワインをたくさん飲んだのか、顔を火照らせた状態でスヤスヤと寝息を立てるハッピーに毛布を掛けてから、アリスはソファに横たわる。

 一緒に飲んでいたチェシャ猫は、大丈夫だろうか。よくあるコメディみたいに、翌朝ひどい頭痛に襲われないといいのだが。心配になったが、今すぐ様子を見に行くのはさすがに面倒くさかったため、アリスも大人しく眠気に身を委ねることにした。


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