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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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作戦会議(軌道修正)

 翌日、朝食を終えたアリスの所に、ガヴェインがやって来た。


折角(せっかく)の話し合いも病室ですんのは気が滅入っちまうだろうって、アーサー様が言っててな」

「気分転換はいいですけど、刺客に狙われやすい場所に行っては元も子もないですよ」

「わーってる。問題ないぜ、ヘルシング卿」


 ヴァンにぐっと親指を立てたガヴェインは、アリスをひょいっと担ぐ。

 足の包帯は取っても良い段階にはなったが、新たな問題が生じていた。約一週間(不可抗力とは言え)歩くという動作を(おこた)っていたアリスの足は、歩くための筋力を失いかけていたのである。駆け回るためには少なくとも数日のリハビリが必要だという話だった。すぐにでもキャメロットを発てるようにと思ってはいたが、実際自分でも驚くほど歩くための感覚が掴めず、アリスは正直落ち込んでいた。


「嬢ちゃん、アヴァロン行くんだってな」

「あ、はい。歩けるようになったらすぐ向かうつもりです」

「怖くねーのか?」

「今は…そうですね。不思議と、あんまり」


 モルガンとその家臣(かしん)の脅威に関して、紙面上の情報しか持っていないからか、アリスの中に恐怖は無かった。もしかすると、未だに「夢」だという感覚が抜けていないのかも知れない。すなわち、自分が怪我をしたとしても元の世界に帰ってしまえばそれは全てリセットされるものだ、と。

 ガヴェインは「そーか、嬢ちゃんはやっぱすげぇ勇者だな」と適当(としか思えないよう)なコメントを残し、中庭を立ち去った。


 マーチ・ヘアはまだ来ていない。アリスは自分を囲む大きなドームアーチ型の屋根を見上げる。白い石でできている、ということしか分からず、真ん中に石造でもあればちょっとした神殿に見えるな、という感想しかなかった。ただ、周りを木々で囲まれているためか、特別な空間のように感じられる。吹き抜ける風が心地よく、目を閉じれば眠ってしまいそうだ。


「……って、うとうとしちゃダメじゃん」


 誰も来ていないなら少しでも歩く練習をしようと思い、立ち上がる。包帯は取れた。あとは歩行の感覚を思いだすだけ。この休憩所の周りを壁伝いに歩くのは、丁度いい練習になる。マーチ・ヘアが来るまでと決めて、アリスはたどたどしく踏み出し始めた。


  ***


「さぁて、今日もひと(かせ)ぎ……ん?」


 中庭を横切ろうとしたチェシャ猫の耳に、何者かの足音。やけにぎこちないリズムを刻むその音につられ、(のぞ)いてみると…


「はぁ……もうすぐ、2周目……」

「アリスちゃん?」

「へっ? う、わあっ……!」

「ちょっ……」


 突然声をかけられたアリスは、反射的に膝の力を抜いてしまった。というより、その瞬間まで保っていた膝への集中力が途端に逸れてしまい、バランスを崩した。だがそれでも、尻餅をつくことは(まぬが)れる。


「……ったく、急にコケようとしないでくれるかな」

「わ、私だって好きでコケそうになったワケじゃ……てか、その、大丈夫だから、支えてもらわなくても……」

「はいはい」


 腰周りを抱きしめられるように支えられる状態が、恥ずかしくてたまらない。そんなアリスの心境を知ってか知らずか、チェシャ猫はそのままアリスを抱え上げる。膝の裏と背中に回される腕、宙に浮く足……俗に言う「お姫さま抱っこ」の体勢になったことに気付くまで、さほど時間はかからなかった。


「なっ、何で、私、大丈夫って……!」

「こんな所で一人でリハビリしてろってあのお医者サマは言わないと思ってさ。で、アリスちゃんが偶然通りかかった俺の目の前でコケて足首捻ってまた俺が怒られるってオチはいい加減お腹いっぱいなんだよね」

「じ、自主練だから! マーチさん来るまでだし……」

「ふーん、軍司サマと密会? そんな仲になっていたとはさすがに知らなかったなぁ。あの堅物軍人も意外とやる時は」

「違うってば! 対アヴァロンの話し合い! チェシャも暇だったら意見ちょうだい。まぁ…どうしてもマーチさんと同じ空間にいるのがイヤなら、仕方ないけど」


 アリスを椅子に座らせてから、チェシャ猫は溜め息をつきながら斜め向かいに座った。


「チェシャ……」

「これでも俺、アリスちゃん御一行の一員なんだよね。『導く者』としては、話し合いの場があるならいるべきじゃないかい? そもそも、二人で適当に決められて『これで行きます、宜しくね』って言われて納得できるかって聞かれると、そうじゃない可能性が高いしさ」

「適当になど決めていない」

「あ」


 反論しながらのマーチ・ヘアの登場に、アリスは思わず背筋をただし、チェシャ猫は「どーだか」と逆に姿勢を崩した。


「おはようございます、マーチさん」

「ああ。今日は参加するんだな、森番」

「今日は、って……いらっしゃって早々に言わせてもらうけど、これまで対アヴァロンに関する具体的な話し合いが行われていたことすら知らなかった、俺は知らされていなかったんだ。ああ何て乱れたチームワークだろう、いつの間に俺は除け者にされてしまったのか」

「わざとらしい茶番はそれくらいでいいだろう。本題に入る」


 マーチ・ヘアの淡泊な応答にチェシャ猫が「また大人ぶったよ、さすが軍司サマだね」とふてくされたところで、アリスは恐る恐る意見を述べる。


「あの、やっぱり私…このままじゃモルガンには勝てないと思うんです。私には今の段階で使える武器とかもないし、(きた)える時間も……」


 戦力差で言えば絶望的。自らその事実を口にすることで自覚し直してしまったアリスは、不意に目が合ったチェシャ猫の唖然とした表情にぎょっとした。


「な、何? どしたのチェシャ、私、そんなに変なこと言ってないでしょ」

「いやぁ……アリスちゃん、ちょっと見ない間にやけにミリタントになったと思ってさ。え? これからモルガン倒しに行くってこと? アヴァロンと戦争でも始めるのかい?」


 どくん。「アヴァロンと戦争」というフレーズに、僅かながらアリスの脳は拒否反応を示した。たとえ敵対国であったとしても、誰かを傷つけるなんて。取っ組み合いのケンカすらここ最近まともにやっていないのに、まして剣や槍や弓で他人の命を奪うことなど想像できるはずもなかった。

 そんなアリスの躊躇(ためら)いを見抜いているに違いないが、あたかも見抜けていないような口ぶりでチェシャ猫は続ける。


「まさか自分の最終目的を忘れちゃったワケじゃないだろ? つまり、アリスちゃんの判断を改めて換言(かんげん)するならば……行く手を(はば)む者は撃墜(げきつい)しよう! ってことになる。今回この会合に初参加する俺だけど、解釈は間違ってないよね?」


 どくん。どくん。「阻む者は撃墜」だとか、何て物騒(ぶっそう)な捉え方をするんだろう。いや、違う。チェシャ猫は何も間違っていない。極端に捉えたわけでもない。つまり、自分にとって一番ゾッとする決断をくだそうとしているのは、他ならない自分……。


「目的は、忘れてない。石を捨てに行くこと……」

「じゃあその目的を達成するための手段として、アリスちゃんはアヴァロンとの戦争を選んだんだね」

「戦力差ではとても最良とは言えないが、最も解りやすく共有しやすい手段と言える。そのために選んだのではないかと思ったが」

「今のアリスちゃんの表情を見る限り、違うようだね。君は恐らく君の歩むであろう道を何らかのフィクション・ファンタジーと融合もしくは同調させてしまってるんじゃないかなぁ。俺達は確かに君という『勇者』を待っていたし、その石はこの世界を揺るがす強大な力を有している。けどだからって、君に剣を振るって敵の命を奪う義務が課せられたわけじゃないだろ? 結論君は、その石を捨てて消滅させられればミッションクリアなんだし、同時に石を狙う輩に勝ったことになるんだよ」


 どくん。どくん。どくん。アリスの中に言い知れぬ焦燥(しょうそう)感が駆け巡る。マーチ・ヘアと話していた時は感じなかったものであり、アリス自身が「本来有るべき」だと考えるもの。モルガンが最も注意すべき脅威だと聞かされ、無意識に先入観を抱いていた。すなわち、「魔女を倒さねば任務は遂行できない」と。

 脈は依然速い。チェシャ猫とマーチ・ヘアは黙ったまま。沈黙が流れる中で2、3回深呼吸をし、そして……笑った。


「……なーんだ! 私、仮定のトコからごっそり読み違えてたんだ」

「読み違い?」

「あ、えーと……マーチさんとしては正しかったんですよね、モルガン倒した方が手っ取り早いことには変わらないし。けどそのルートじゃ……私の望んでるエンディングにはどうやったって結びつかないみたいで……だからずっと違和感があったっていうか、その……」


 違和感はだいぶ前から持っていた。しかしそれが何に対して、どの思考に対してなのか全く掴めずにいたために、いつしか違和感を抱いていることが気の迷いであると思い込むようになっていた。


「私は、私の目的から逆算をすべきだったんです。色んなことがあって、色んな事を教えてもらって、混乱してたんだと思います。だから、アーサー王様への頼み方を間違えたんじゃなくて……それ以前の問題でした」


 自分の間違いが分かるということは、こんなに清々しいことだったのか。模試や定期テストで間違い直しを恐れていたことがバカらしく思えた。そうだ、本番で間違えなければいい。今だって、アーサー王がもう一度チャンスをくれたのだ。そちらを本番にすればいい。

 ただ、それとは別に、引っかかっていることもある。アーサー王は否定こそしていたが、アリスはどうにも納得しかねていた。


「マーチさん、キャメロットがアヴァロンの刃を受けなければならない理由があるとしたら、それってどんなものか推測できるでしょうか」

「キャメロットとアヴァロンの関係性か……まずそれは国家レベルの歴史絡みなのか個人的問題なのか、それだけでその質問の意味は大きく異なってくるが」

「半々ってところじゃないのかな。アーサー王がその認識下で交戦してるとするならね」

「そう! アーサー王様が言ってたの。義務だって」

「……憶測ばかりでは時間の無駄だ。国の事情は、国の重役に聞けばいい」


 重役と言われてもパッと浮かばないアリスは、マーチ・ヘアが視線を移していくのに気づく。その方向からやってきたのは、白衣を(まと)う王宮専属医。


「アリスさん、こちらでリハビリでしたか。 ……というより、作戦会議」

「ヴァンさん……どうしてここに」

「陛下が、気にされてましたんで」


 休憩所の柱に寄りかかり、ヴァンは空を見上げた。


「以前、アリスさんにアヴァロンとのことをチラッと話してしまったそうで。気にするなと言われると、余計に気になってしまうでしょうから。人間なんてそんなもんです。作戦会議は皆さん集まると思ったんで、お邪魔かも知れませんけどこの機会に昔話をしておこうかな、と」

「アヴァロンがキャメロットに特異な侵攻を仕掛ける理由もそこに?」

「ええ、勿論」


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