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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第3章:the Bravest Prince
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サルキ帝国1 ―見知った風景―

 予想の範囲内ではあったが、アリスとチェシャ猫が導かれたのは南方に広がるサルキ帝国だった。五つの国のうち最も広い領土を持つ国であるという情報によって(正直なところ少し面倒くさく思って)視察を後回しにしていたため、アリスは後ろめたく感じていた。

 操られているファナの後を追ううちに、南方の森を抜け、竹林に入った。これが思ったより深く、人が通るための道が整備されていなかったため足元も悪かった。チェシャ猫に助けられながらもファナの足跡を辿り続け、竹林を抜けた頃にようやくその姿を確認した。チェシャ猫が言うには、まだファナを操っている魔力の気配が感じられるらしく、近付くことはできなかったが、ひとまず怪我などは無さそうだ。


「で、どうする? アリスちゃん。現在進行形でファナを操ってる魔力保持者は、多分この門の向こうに俺達を招待したいようだけど」

「……うん、そうだよね……ここで引き返したら、ファナは支配魔法から解放してもらえないままだよね」


 アリスの戸惑いは、必然だった。竹林を抜けた先に広がっていたのは、みっちり積まれた石の壁と、木を組み合わせて作られた門――まるで、アリスが元いた世界・現代日本に残る城壁や寺社の門のような、和風(・・)の光景だったのだ。急激な懐かしさを感じ、つい茫然としてしまうアリスの視界で、ファナが再び足を進め、木の門の前で止まった。


「あ、消えた……?」

「え?」

「ファナに影響してた魔力の気配がなくなった。まだ油断はできないけど……」

「ホント!? 良かったぁ……近付いてみてもいい?」

「俺が先に様子を見るから、その後で」


 ギィィィ……

 依然高い警戒心をもって行動しようとするチェシャ猫の言葉を遮って響く、門の音。自動で開いたのかと思ったが、そうではなかった。


「ようこそ、選定者御一行様」


 内開きの木の門の先で、数十人が花道を作っており、挨拶に合わせて頭を下げる。門を内側から引いて開けた体格の良い男性も同様に。

 支配魔法から解放されたファナも困惑したのか、門前からアリス達の方へ戻ってきた。チェシャ猫はまだ警戒していたが、アリスは「おかえり」と首元を撫でてあげる。

 それにしても、サルキ帝国側から(ファナを操るという汚い手を使って)招いたくせに、よくもまぁ「ようこそ」と花道なんて作れたものだ、とアリスは既に不信感を抱く。だが一方で、親近感が湧いたのも否めなかった。何故なら石垣と木の門の先に広がる家屋、そして花道を作る人々の衣服は、時代劇で見る昔の日本のそれらと酷似していたからである。


「……チェシャ、私、このままサルキ帝国の視察に行ってみたい。トゥルム公国は後回しになっちゃうけど、いい?」

「俺はどっちでも構わないよ。三つの国が視察先の選択肢として残っていて、君がココを選んだ……それだけさ」

「うん、ありがと」

「けど入国前にいくつか、現時点で得られた情報を整理しておこうか。サルキ帝国には、相当強力な支配魔法の使い手がいる。おそらく国のトップ、または重鎮(じゅうちん)のポジションにね。今の俺やアリスちゃんは支配の対象になっていないようだけど、これから先、その魔力保持者と顔を合わせたらどうなるか分からない。警戒は緩めちゃダメだよ」

「うん。けど、モルガンみたいに人も操れるのかな? もしかしたらファナが馬だから……」

「いいや、残念ながら人も操れる。しかもどうやら複数人同時にね」

「……まさか、」


 アリスが門の方に目を向けると、チェシャ猫は「たまには察しがいいねぇ」と笑った。「ようこそ」と挨拶をしてお辞儀したきり、人々は動いていなかった。まるでアリスが入国するまで動くなと言われているみたいに、またはそういうポーズの像であるかのように、待機している。


「俺が『相当強力な』って言ったのは、そういうことだよ」

「そんな、信じられない……」

「ただ、相手が支配魔法の使い手なら、クラウ・ソラスは有効だ。序列で言えば等しいからね。まぁコレは、この時代でソレがちゃんと機能するならの話だけど」


 緊張感が高まっていくのを感じて、アリスは拳を握り直す。


「私の仮説、聞いてくれる?」

「いいよ」

「クラウ・ソラスがこないだ機能しなかったのは、あの場所がマレフィセントの管理してるステファリア・キングダムだったから、っていうのはどう? 有限と保全の系統って序列二番目だし、そもそもクラウ・ソラスが無力化する環境だったのかも、って思って。だからサルキ帝国にマレフィセントと同系統の魔力保持者がいなければ大丈夫なはずなんだけど……さすがに楽観的かな」

「そうだねぇ……現段階でその仮説を否定できる根拠を俺は持ってない、としか言えないかなぁ。ま、足を踏み入れてみないと分からないこともあるだろうし、行く価値があることに変わりはない」


 回りくどいながらもアリスの意見を認めてくれたようで、チェシャ猫は門に向かってゆっくりと歩を進め始める。アリスとファナもそれに続き、一行はサルキ帝国へ入国した。


「籠を用意させました。順にお乗りください。連れていらっしゃる馬はこちらで引きますゆえ」

「あ、ありがとうございます」


 数十人で作られた花道の終わりに、大きな牛車があった。歴史資料集でしか見たことのない物を目の当たりにし、感動するアリス。隣でチェシャ猫は「これ、歩いた方が早かったりするんじゃないのかな」と元も子もないことを呟いていた。


「お初にお目にかかります、選定者様。自分は(みかど)のお屋敷前まで案内を務めさせていただきます、イソノカミと申します」


 牛車の前に並ぶ直垂(ひたたれ)姿に似た格好の男たちの中から一人、アリスとチェシャ猫の前に出てきて片膝をついた。

 何だか時代劇に参加しているようだと、ぼんやり思う。つい昨日までは洋風ファンタジーだという捉え方をしてたのに、こんな景色を見せられてしまうと認識を改めるしかなくなってくる。髷を結っているワケでもなく、烏帽子をかぶっているワケでもないのだが、衣装というのは不思議なものだ。

 もちろんアリスはこれまで牛車など乗ったこともないが、端々に感じられる日本っぽさのせいか、どことなく懐かしさに包まれ、ほんの少し落ち着く。ただ、隣に座るチェシャ猫は、他の国と全く異なる家屋や衣服に警戒心を強めているようだ。


「すごい! 見て、チェシャ」

「何の畑だい?」

「多分だけど、茶畑。この国って、緑茶飲むのかな……」

「緑茶?」

「この世界は紅茶がメジャーみたいだけど、私が元いた国ではね、緑茶が結構飲まれてるの。本当にキレイな緑色なんだよ」

「へぇ」


 籠の小窓から外を覗けば、特徴的な茶畑と、そのもっと向こうに田園が見えた。小麦でなくお米を作っているのだろうか。ここまで類似点が見つかると、この国の当主のことが気になってくる。


「あの、すみません」


 小窓から少しだけ顔を出して、アリスは御者を務めるイソノカミに呼びかける。


「どうされました?」

「この国の帝のお名前を教えてもらえますか?」

「カグヤ様であらせられます。街には、カグヤ(てい)とお呼びする者もございます」


 なるほど、と心の底から納得できた。他の国の王子と違ってこの国の帝は日本の童話である『かぐや姫』がモチーフになっているのだ。一気に親近感を抱けるようになったアリスは、カグヤ帝への謁見にワクワクし始めた。



  ***



 牛車の揺れは思いのほか心地よく、また、茶畑やその他家屋の風景にも親しみを感じていたせいか、アリスは途中少しだけうとうとしてしまった。チェシャ猫が文句を言っていたように、カグヤ帝のお屋敷まで随分とかかったらしく、「着きました」と簾を上げられた時には、陽が傾きかけていた。


「お待ちしておりました」


 籠から降りて背伸びをするアリスとチェシャ猫の前に、イソノカミと同じ衣装の男性が現れ、片膝をついた。


「此処からは自分が案内を務めます。オオトモと申します、お見知りおきを」

「あ、宜しくお願いします」

「まだ移動するのかい? サルキの帝サマは相当引きこもるのがお好きなようで」

「チェシャ! あの、ごめんなさい、発言がねじ曲がってて……」

「いえ……確かに当国は山の向こうの国々と異なるしきたりが多く、訪れる皆様には戸惑われることもしばしばございます。しかしながら、長い時間をかけて築き上げてきた習わしゆえ、お二方にも(なら)っていただきたく、言伝(ことづて)(たまわ)っております」

「言伝?」


 目を丸くして聞き返したアリスに、オオトモはゆっくりと頷いて続けた。


「カグヤ様のお屋敷では、男女それぞれお召し物が決められております。まことに恐れ入りますが、こちらの屋敷はお召替えのために最初にお客様を通すところでして」

「まさか帝サマの言伝って、『従わなければ会わない』とかいう高慢な内容だったりするのかなぁ?」

「滅相もございません。ご面倒をおかけして申し訳ありませんが、サルキという国を知ってもらうためにご容赦願いたい、と(おお)せつかっております」


 オオトモが本当に時代劇のような言葉遣いをするのでやや理解が遅れてしまったが、アリスとチェシャ猫はカグヤ帝の本屋敷に入って謁見するために、この国の衣装に着替えなければならないらしい。和装なんて七五三以来かも知れない、夏祭りだって最近は浴衣を着る人も少ないし……。


「……アリスちゃん、まさかとは思ってたけど楽しくなってきてるだろ」

「だ、だって……この国、私の故郷の文化とそっくりで……なんか、一方的なんだけど親近感っていうか……」

「はぁ、分かったよ。早く済ませてとっとと謁見しよう」

「うんっ」


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