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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第3章:the Bravest Prince
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支配魔法の(不穏な)誘導

 ***


 いつの間に眠ってしまったのだろう。朝の陽ざしで目を覚ましたアリスは、自分がベッドまで運ばれていたことに気付いた。そうだ、昨日チェシャ猫と次の視察先を決めて、その後に頭がクラクラして……


「チェシャ、ちゃんと眠れたのかな……」


 ステファリア・キングダムでの恐怖がしみついているのはアリスだけでなくファナも同様で、かつ、ファナは理性によって恐怖を鎮めることができずに相当暴れていた。もしもチェシャ猫が一晩中かかりきりで見張っていたら、それなりの負担になっているだろう。

 個室から出て軽く顔を洗ってから、ぺしっと一回両頬を叩く。昨日の疲れは取れた、不安もなくなった、こっから先はチェシャ猫も一緒だから大丈夫……心の中で自分に言い聞かせて、外に出る。


「あ、思ったより早かったね。おはよう、アリスちゃん」

「おはよう……ってゆーか、一言余計なんだけど」

「俺相手にソレ気にしてたら神経すり減るよ」

「ちょっとは控えようと努力してよね」

「生憎こういう仕様だからさ」


 悪びれた様子など毛ほども見せず、いつも通りの飄々とした語り口で返すチェシャ猫。その手はファナのブラッシングに勤しんでおり、ファナも昨晩の暴れっぷりが嘘のように大人しく身を任せていた。


「ファナ、水分も摂った?」

「そりゃあ大量に飲むわガツガツ食うわでこっちがハードワークだよ」

「あっ、私、ブラッシング代わるよ。チェシャは休んで」


 ブラシを渡すように手を伸ばすアリスに、チェシャ猫はじいっと視線を送るだけ。


「な、何? チェシャ、一晩中ファナを見てたんでしょ? 私はもう完全回復したから、今度はチェシャが休む番だと……思ったんだけど……」

「……ふーん」


 謎の相槌を打ってから、「はい」とブラシを渡して小屋へ向かうチェシャ猫。横目で見送ってからブラッシングをしようとしたアリスは、完全に油断していた。


「アリスちゃんもしかして、」

「わっ!?」


 呼びかけられたのと、後ろから伸びてきた腕に抱きしめられたのは、ほぼ同時。不意を突かれたアリスのパニック状態など気にもせず、チェシャ猫は眠たそうな声で囁いた。


「俺が休んでる間に、トゥルムに発つ算段じゃないよね?」

「そ、そんなことしないってば!」

「本当?」


 驚き過ぎて、というより急なドキドキ展開に頭が付いて行けなさ過ぎて、「絶対、本当」と単語で返すことしかできなくなるアリス。今、確実に顔は真っ赤になってる。自分を抱きしめるチェシャ猫の腕に、心臓の鼓動が響いていないことを願うばかりだ。


「なら、いいけどさぁ」


 何事も無かったかのように今度こそチェシャ猫は小屋に戻っていった。アリスの表情を覗き込むようなしぐさを見せるファナに対して、無駄に「大丈夫だから、見ないで……」と顔を隠す。

 いや、全然大丈夫じゃない。こんなに突然距離が縮まるなんて、誰が予測できただろう。初めて会った時と何も変わらない、いつだってアリスを振り回す存在なのだ。やたら回りくどい言い回しで突っかかってくるし、嫌味だらけだし、すぐ馬鹿にするし、それなのに……――


「なんなの、もう……」


 ブラッシングをしなくちゃと思ってるのに、肩が上がらない。心臓に全部のエネルギーを持っていかれてるみたいだ。探るような、けれどどこか甘ったるい先程の囁きが耳から離れない。数分間、アリスはその場でしゃがみ込んだまま動くことが出来なかった。


「んー……終わったぁー」


 大きく背伸びをしてから、すっかり落ち着いたファナと距離を置いて座りこむ。寝転がることまでは出来ないが、遠足気分で体育座りをした。


「トゥルム公国、どんな所なんだろう……」


 今更と言われればそれまでだが、アリスはクラウ・ソラスについて何も知らない。アーサー王が貸してくれたペンドラゴン王家に代々受け継がれている魔法具で、祈りによって形状を変えることができて、所有者が死なない限り手元に存在し続ける。持っている情報はそれぐらいだ。チェシャ猫の言うように、ゴーテルが生成した物であるならば、トゥルム公国に返さなければならないと思うし、そうだとして、アリスから別の所有者に移すことが可能なのかも疑問である。こんな得体の知れない魔法具をつけて、それなりに使用できていたことが奇跡なのかも知れない。

 考え事に耽っていると、不意に背中をつんつんされた。振り向くと、ファナが何かを訴えるようにアリスの開舐め後ろに立っていた。お腹が空いたのかな、と推測しようとして、気付く。この距離間は、おかしい。ロープで繋がれているとは言え、念のために蹴られないように離れて座っていたはずなのに……


「どうして、ほどけてるの……!?」


 不可解な現象に怯えを隠せないアリスの声色に対し、ファナは嘶き、駆け出した。


「ま、待って! ファナ!!」


 追いかけようとして、ハッと立ち止まる。このまま一人で後を追って、ちゃんと連れ戻せるのか。でも今すぐに追わないと見失ってしまう。ファナは、シラユキから借りた大切な馬で、怪我なんてさせちゃいけない存在なのに……。


―「どれだけ痛い目見れば、案内役(オレ)を連れて行くことを覚えてくれるんだろうねぇ?」


 ファナの姿が見えなくなる。森の中へと姿を消してしまう。焦りを鎮めようと目を閉じて、大きく深呼吸をした。


「チェシャ!」


 絶対にファナは無傷で連れて帰る。そのためには、一緒に来てもらって力を借りた方が良いに決まってる。昨日、「ちゃんと頼れ」と不満をぶつけられたばかりじゃないか。

 急いで小屋に戻り、一階にあるソファに寝転がっていたチェシャ猫の肩を揺さぶる。


「ごめんチェシャ、起きて! ファナが、どっか行っちゃう!」

「ん……」

「気付いたらロープがほどけてたの、私、触らなかったはずなのに……とにかく、南の森に入っていっちゃって、すぐ追いかければきっと」

「ストップ」


 アリスの眼前に掌を突き出し、起き上がって背伸びをするチェシャ猫。その耳は細かく動かされており、目をこすりながら彼は言った。


「……そう遠くないな」

「え?」

「心配しなくても必ず追いつけるよ。むしろ追いつかせたいようだしねぇ。とりあえず、勝手にほどけてたロープだけ見ておくか」


 普通の朝を迎えた時のように立ち上がり、欠伸しながら小屋の外へ出たチェシャ猫は、ファナを繋いでいたロープを端から端まで観察し、アリスに言った。


「誘われてるみたいだけど、どうする?」

「な、何で? ……もしかして、ファナは操られてるの!?」

「昨日に引き続き災難な話だけどねぇ、森の中、姿は見えないけど待機させられてるよ。俺達が追うのを待ってるんだ」


 ファナが魔力でコントロールされているから、チェシャ猫の耳にはその魔力が引っかかっているのだろう。ロープには自然にちぎれた部分も刃物で切られた形跡もなかった。恐らく同じように「支配魔法」が働いていたと考えられる。


「追いつけるなら、行かなきゃ」

「対抗策あるのかい? 現時点で相手が遠距離での支配魔法を使ってくることは明白なんだけどさぁ。言っておくけど俺、嫌だよ。ゴッド・マザーに二回も三回も頭下げるの」

「ねぇ、チェシャ、相手はどうしてファナを支配下に置いたんだろう。アリス(選定者)を誘い込みたいなら、私かチェシャを洗脳して連れ出せば簡単じゃない?」

「なるほど、それが向こうの弱点の可能性で、突破口になり得るってことか」

「うん。私もチェシャも今の段階で洗脳できる対象じゃないってことなら、とりあえずファナを追いかけても大丈夫なはず」

「しょうがない、その賭けに乗るよ。遠出になるかも知れない、準備しよう」

「わかった!」



  ***



 ファナを追いかけるのは、それほど大変な道のりではなかった。もちろん周囲を警戒しながらだが、チェシャ猫の耳の魔力探知に頼りつつ、ファナの痕跡を辿っていく。森の中とは言え、越えられないほど足元が酷い場所は通っておらず、時折深そうな沼などあったがチェシャ猫に手を引かれながら木の枝を渡って通過できた。


「怪しげな場所に誘導されてる感覚だよ」

「ファナ、大丈夫かな……擦り傷とか切り傷、作ってないといいけど」

「……気になってたんだけどさ、」

「ん?」

「あの馬、相当大事にしてるけど、担保か何かなワケ?」

「ううん、そうじゃなくて。借りてるの、エーレンベルグのシラユキ王子に。借用書とか取られたワケじゃないけど、私は借りたって認識だから、傷つけないで返さなきゃって思ってて」

「ふーん」


 たまたま見つけた太い倒木に腰かけて、二人は少し休憩を取っていた。持ってきた水筒の水を飲み、おやつがわりのナッツをかじる。木陰であるにも関わらず少し蒸し暑いのは、日が照ってきた影響だろうか。


「エーレンベルグはどんな国だったんだい?」

「んー……街の人たちの暮らしは音楽に溢れてる感じだったなぁ。商売のシステムについては改善の余地ありで、意味不明な掟や差別もありそうだったけど、シラユキ王子が城から出ないから、地方のトップがそれぞれまとめてる様子はあった。指示系統がピラミッド型、的な?」

「城から出ない? まったく、ステファリア・キングダムのガキの王子サマといい、こうも引っ込み思案が多いと、先が思いやられるねぇ」

「シラユキ王子は引っ込み思案ってワケじゃ……もう、めちゃめちゃ美人で、ホント、何もしなくても嫉妬されちゃうぐらいの美しさっていうか」

「それで人間不信になってたら世話ないよ。ガキの王子サマだってマレフィセントしかまともに会話できる存在がいなかったそうじゃないか。病気が理由らしいけど、その『あなたは病気なので激しい運動はご法度です』っていうマレフィセントの情報自体が虚偽だったら、とか考えないのもどうかと思うよ、俺はね」


 一理あるが、どうもチェシャ猫の王子たちに対するコメントは厳しめな気がする。権力のある人物に対して嫌味ったらしく喋る性質は前々から持っているといえば持っているのだが……


「別に、俺は彼らが嫌いで必要以上に言葉に棘を生やしてるつもりはないよ」


 アリスの沈黙から読み取ったように、彼は続ける。


「ただ単に俺の知ってる立派な国王サマや女王サマは、自分の目で見て耳で聞いて、咀嚼して熟考して判断する御人ばかりだったってだけ。その人たちと比べると、どうもね」


 そろそろ行こう、と立ち上がって歩き出すチェシャ猫。ファナがゆっくりと歩みを進めているからと言って、のんびり一箇所で休憩していたら距離が開き過ぎてしまうためだ。「うん」とチェシャ猫の後に続きながら、アリスは納得してしまった。この時代の王子様たちは、アーサー王やロゼ女王よりもずっとずーっと、視野が狭い状態で生きているのだ、と。それは、一つの国家を背負っていく上で、とても危険な要素なんじゃないのか、と。


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