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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第3章:the Bravest Prince
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(踏み切れない)ささやかな依頼

「俺はゴッド・マザーから受けた制約があって、許可なくこの小屋から出たり、必要以上に離れたりできないんだけど……その代わり、便利過ぎるぐらいに便利なんだよね」

「どういうこと?」


 疑問符を浮かべるアリスに答える代わりに、チェシャ猫は取ってきた地図を机に広げた。


「この小屋では、欲しいと思った物でイメージできる物は全部、二階の戸棚に自動的に用意される。俺はこれまでゴッド・マザーの指示で薬草集めに外に出てはいたけど、自分が生きてくための買い出しや娯楽のための遠出なんかは一切してこなかった。多分、今後は君の望む物も用意されるんだと思うよ」


 小屋のシステムを聞いたアリスは、チェシャがどうしてこんな捻くれ者で面倒くさがりになったのか、分かった気がした。もちろん元々そういう性格だったのかも知れないが、こんなライトな囚人状態になっていれば、日常は退屈な時間潰しと化す一方だろう。

 ずっと一人で、何のために課せられているか分からない薬草集めをし続けて、記憶も無いのに咎人だと言われて……チェシャ猫の境遇に考えを巡らせれば巡らせるほど、フェアリー・ゴッド・マザーの意図を追及したくなってしまう。


「で、地図見てどーするのさ」

「まずは……この小屋ってどの辺にあるの? あと、私が今までいたエーレンベルグの場所が知りたい。まだ見てない国を旅する順番考えなくちゃ」

「俺らは今ココ。エーレンベルグはこっち」


 驚くべきことに、アリスが今いる小屋は大陸の北側、奥地に位置していた。エーレンベルグは割と海に近い方なので、フェアリー・ゴッド・マザーはかなりの長距離をワープさせてきたことになる。地図には国境だけが記されていて、国名を始め地名の一切は記載が無かった。


「じゃあ、一番近いのはどの国?」

「東側のステファリア・キングダムだね。城がある中心地までも一日あれば余裕かな。南に行けば大陸最大のサルキ帝国に入れる。山脈越えるのが面倒だけど、馬いるなら二日か三日ぐらい」

「そっかー……だったらステファリア・キングダムがいいかも。いきなり大きなサルキ帝国に行くのは何だかちょっと怖いし……」


 各国の配置を簡単に表すと、具が三つ並んだハンバーガーのような感じだった。分厚い下のバンズがサルキ帝国、少し薄めな上のバンズがトゥルム公国、並ぶ具材は内陸側から順に、ステファリア・キングダム、シェラン王国、エーレンベルグである。


「俺はどっちでも変わらないと思うけど。今から出立準備するのかい?」

「うん、なるべく早く見に行きたい。あっ、でも出発の前にファナの水分補給だけしなくちゃ」

「じゃあそれは俺が引き受けておくよ。君は積み荷を軽くしといて」

「分かった、ありがとう」


 チェシャ猫がファナに水を飲ませ終わるまでに、アリスはエーレンベルグで貰った約五日分の食糧の大部分を小屋に移動させ、自分の身支度も整えた。魔法の鏡によって衣装チェンジをさせられてから解決していなかった疑問――この服はマーリンが作ってくれた時と同じような効果を持っているかどうか――にも、この時代で答えてくれる人はいない。自分の装備について一つ確かなことは、クラウ・ソラスがアリスの首から外せない、ということだった。所有者を選ぶ魔法具だと前の冒険で教えてもらったので、アリスに装備されているのならばアリスが変わらず使用できるものなのだろう。もちろん使用する事態になんて陥りたくないのだが。

 選定者としての役割を果たすには、まず各国のトップに会う必要がある。問題は、各国でトップにすんなりと会わせてもらえるかどうかだ。


「あのさ、」

「ん?」


 ファナに(またが)って出立しようとしたアリスは、チェシャ猫に呼びとめられて振り向いた。


「俺、同行しなくていいわけ?」

「……言ったでしょ、強制はしたくないの」


 自分でも、かなり大人ぶった発言だったと思う。それでもアリスはその瞬間、反射的に微笑みを取り繕ってしまった。目の前にいるチェシャ猫が、これまで一緒に旅をしてきたチェシャ猫よりも幼い見た目をしていたからなのかも知れない。


「あらかじめフェアリー・ゴッド・マザーから選定者が来るっていう通告が各国にされてるみたいだから、パパッと会って、戻ってくるつもり」


 強制はしたくないというのも、間違いなく本心だった。一方で、彼が心強い存在だと知っているがゆえに頼りたい気持ちもあった。相反する二つの感情を飛び越えて先頭に立っていたのは、チェシャ猫自身に選択権は保有されてるべきだという認識。


「大丈夫、心配しないで」

「……そういうんじゃないけどさ」

「行ってきます」


 戻ってくる場所があることも、アリスにとっては救いだった。そしてそこに、(アリスとの冒険の記憶は一切持っていないものの)チェシャ猫がいるという事実も。

 さて、ステファリア・キングダムには、どんな王子様がいるのだろう。叶うなら、シラユキのようなややこしい掟に縛られていない、一般的かつ常識的な王子様だといい。ファナのたてがみをそっと撫でながら、溜め息を深呼吸に変えた。



  ***



 窓枠の中にある景色は、毎日ほとんど同じだ。

 やたらとそこら中が尖っている石の城壁、広がる石畳の城下町、少しのっぽな時計塔、中央広場には糸車をモチーフにした石像。それらをまるで取り囲むように、街の外周に沿って走る茨のバリケード。上空を飛び交う数羽のカラス。


 コンコン、


「宜しいでしょうか」

「いいよ」

「失礼いたします。お加減はいかがですか」

「いつもと同じだよ。退屈なだけ。新しい本は?」

「こちらに」


 メイドが運んできた本の山。その背表紙だけを眺めて、彼はベッドに半身を起こした状態のまま、試すように尋ねた。


「君は、その山の中でどれが一番面白いと思う?」

「一番、ですか? そう、ですね……様々な種類の書物を用意いたしましたので、私ごときでは比較しかねるかと……」

「そうかな。書の面白さは続きを読みたくなるかどうかで比較できると思わないかい?」


 深いガーネットの瞳が、アッシュグレーの細い前髪の隙間から覗く。まだ十歳にも達してないように思わせる薄幸な面持(おもも)ちの少年は、その輪郭を絹糸で織り成されたような透明感のある雰囲気を纏う。

 その彼が内包する不思議な重みに対し、深々と頭を下げながらしどろもどろに答えていたメイドは、抑揚の少ない彼の静かな問いかけに対して、今度は用意された台詞を読み上げるように言葉を返した。


「おっしゃる通りでございます」


 直後に動揺したのは、ベッドに座ったままの少年の方だった。長い前髪で目元を隠すように俯いてから、「違うのに」とだけ呟く。ブランケットを握る彼の指の力がグッと強まったことは、誰にも気付かれない。


「全部読むから、そのまま机に置いといて。さがっていいよ」

「畏まりました。失礼いたします」


 扉が閉められた後、彼はゆっくりとベッドから出て、一番上の本を手に取る。パラパラと中身を見ていくと、あるページに挿絵が入っているのに気付いた。大きな体躯の男性が、獅子と格闘している絵。隣のページにはまさに男が獅子と闘っている描写があった。


「……いいなぁ」


 アッシュグレーの髪は、今にも雨が降り出しそうな曇天そのものだった。ガーネットの瞳も、まるで暗闇に潜むコウモリの牙から滴る血のように深い光を含む。


「僕の代わりに、誰か……」


 普段と同じ、何の変わり映えもない(彼にとっては)殺風景極まりない窓の外の街に、しとしとと細かい雨が降り始める。

 ただし、彼は知らなかった。その雨の中、普段ならば決してこの国を訪れないであろう人間が、異世界からやってきた「選定者」こと勇者アリスが、馬に乗って茨のバリケード沿いに進んできているということを。


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