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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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見抜く瞳 ―バルコニーにて―

  ***



 最上階にあがる頃には、跳ねた心臓もすっかり落ち着いていた。最上階の廊下はさすがと言うべきか日当たりも風通しも良好だ。開け放たれた窓の外から、鳥の(さえず)りと木々のざわめきが聞こえてくる。


「小広間とバルコニーだな」

「わぁ……」


 マーチ・ヘアが見つけたバルコニーからは、キャメロットの中心街や周辺の住宅街が一望(いちぼう)できた。人々が活発に行きかう正午前、街はキラキラと輝いていた。 夕暮れ時とはまた違った雰囲気に、アリスはふっと表情を(やわ)らげる。しかし同時に、プレッシャーのようなものも感じた。今まで存在を知らなかったとは言え、この世界はこんなにも美しく穏やかだ。それが今、戦乱の世になろうとしている……その原因は間違いなく、自分が持って来てしまった魔法石。


 首から()がるマレフィセントの涙は相も変わらず海のように碧く、不規則な光の反射を生んでいる。魔力さえ封じられていなければ、とっても良いアクセサリーになりそうなのに。

 マレフィセントという魔女はどうして魔力を封じ込めたりしたのだろう。どうせ滅びるなら魔力ごと滅びてしまえば、この時代に争いを生むこともなかったんじゃないか。


 そこまで考えて、アリスはこの思考が無駄なものだと気付いた。過ぎてしまったことを悔やんで仮説を立てたところで、そこに打開策は何一つない。今集められる情報から未来を良くしていく方法を考えなくては。この美しいキャメロットの街を、戦火に包んではいけない。

 平和な世の中に生まれたため戦争の(むご)さなどちっとも理解していないアリスだが、戦争が「負の遺産」ばかり作りだすことだけは教わって来た。しかしこの世界の軍事に(たずさ)わる人々は、戦うことをそれほど苦役(くえき)だと考えていないようで……

 ふと、ここで一つの疑問が生じる。


「あの、マーチさん、この世界には徴兵(ちょうへい)制ってあるんでしょうか」

「徴兵? いや、商人や農耕民を戦闘員として(やと)うような例はない。国のために戦うことは鍛錬を積んできた武人(ぶじん)の職務。これは僕の知る限り、諸外国においても同様だ。余程のことがなければ農家の子供は農家を継ぎ、商人の家は流通業で生活をする」

「じゃあ、軍人さんの家に生まれたら、軍人さんになるんですか?」

「強制ではないが、その道を選ぶ子供が多いとは聞く。娘であったとしても手に職をつけ国防を支える立場に()くそうだ」

「……良かった」


 どうやら日本の近代史のようなことは起きていないらしい。この世界には、無理やり命がけで戦わされる人はいないようだ。

 正直なところ、アリスには何処からが俗に言う「洗脳」になるのか分からない。極端な話、軍人の家に生まれてしまえばその瞬間から「国のために戦うのは誇り高いことだ」という「環境による洗脳」が始まっているとも捉えられる。

 しかし今現在、怖くて泣きながら戦う軍人はいない……それだけでほんの少し安心した。


 戦う人間は皆、この国を守りたくて戦っている。この世界の平和を願っている。そしてその願いは今、アリスの胸にも芽生えた。争いを止めたい。だから争いの原因になる「涙」を処分しなくては。処分できる可能性があるのが、モンス・ダイダロスだ。ではそこに行くためには……


「……マーチさん、私、言っておかなくちゃいけないことがあります」

「聞こう」

「今やっと、一生懸命考え始めてるなって思って……。実は、アーサー王様に支援をお願いした時に、私……何が必要か問われて初めて悩んだんです。結局的外(まとはず)れなことを並べて、支援内容は情報提供にとどまって……ホント、情けないですよね。分かっていなかったんです、コレを処分しなければ世界がどうなるのか」


 分かろうとしていなかった、この世界のことも、「涙」が与える影響も。ゆえに、ただ流されるがままに歩んでいることにすら気付けなかった。投げやりに、「早くもとの世界に帰れれば何でも良い」と考えていたのだ。


「それは非常に情けないな」


 マーチ・ヘアは当然のようにそう言った。アリスの隣に立ち、街の方に目を向け、続ける。


「だが僕は先ほど君に与えた評価を(くつがえ)すつもりはない。この意味は取れるか?」

「え、えっと……ざっくりと、なら……」

「僕が評価したのは今この場にいるアリス殿だ。先日の情けない君ではない。人は、自らを情けないと(かえり)みた時からその情けなさを過去にすることができる」

「……ありがとうございます」

「何かを(ほどこ)したつもりはないが」

「今の言葉聞いて、嬉しくなったので」


 微笑むアリスに対し、マーチ・ヘアは「君は本当に女王様を思い出させる」と呟いた。



「それで、結論は出たのか?」

「まだぼんやりと、って感じです。ここの資料のおかげで、アヴァロンの戦力が少なくともどれだけなのかは何となく分かったんですが……」

「どれほど『足りていない』か、計りかねるか」

「はい。なので、マーチさんに是非……」

「あ、いたいた。お話し中すみません。ウサギさん、少しお時間宜しいですか?」


 バルコニーにひょいと顔を出したのは、アリスを病室から送りだしたヴァンだった。柔らかい笑みは崩さすマーチ・ヘアに歩み寄った彼は、その表情にあまり相応しくない真剣な声色で言う。


「例のエンブレムについて、トリスタンが」

「……承知した。アリス殿、少し外しても構わないだろうか」

「あ、はい。勿論です」

「続きは必ず聞く。(まと)めておいてくれ」

「はい!」


 先生に個人課題を出されたようで、アリスは思わずビクッとしながら大きな返事をした。ヴァンが「また迎えに来ますんで」と軽く礼をして、マーチ・ヘアを追って行った。


 さて、とアリスは考える。両手が包帯でぐるぐる巻きにされている以上、自分で車椅子の車輪を回して移動するのも(いささ)かやりづらい。

 大人しくこのバルコニーから王都を眺めていてもいいのだが、不安を(ぬぐ)いきれないのは確かだった。こうして一人でいては、マルーシカという少女に追い詰められた時のように、また……


「ここで何をしている」

「あ、ごめんなさい! 私……」


 突然声をかけられ、再びビクッとする。振り向くと、カーテンの向こうで深緑のマントがなびくのが見えた。


「アリスか」

「あっ、アーサー王様!」

「一人か? 護衛はどうした」

「さっきまでマーチさんがいたんですが……えっと、トリスタンさんって人に呼ばれたらしくて」

「ああ、エンブレムについて報告があがっていたな。チェシャ猫も呼ばれているだろう」


 アーサー王はバルコニーに出て、アリスの隣に立つ。車椅子のアリスは必然的に彼を見上げる形になり、逆光でその朽葉色の髪が陽光に溶け込むように見える。

 目を細めながら、「エンブレム」が何なのか記憶を辿ってみる。が、アリスにはそんな物を拾った覚えが全くない。


「お前はまだ見てなかったな。彼らが道中で遭遇した刺客の所持品だ。うちのトリスタンは考古学に通じていてな、模様・紋章などにも詳しい」


 疑問点を口にしていないのにピタリと()(はか)り回答する……アーサー王にはババ抜きで勝てないんだろうな、とやや場違いな方向に感心した。


「王様は、どうしてこちらに?」


 アリスの問いに対して、アーサー王は少しの沈黙を経て視線を街に向ける。


「この王宮は曲がった造りになっている。気付いたか?」

「はい、さっきマーチさんと廊下を進んだときに」

「よって構造上、ここから最も広く美しく見える」


 細められる瞳。アーサー王は、キャメロットという国とこの王都、そしてこの国の人々のことを本当に大切に思っているんだ、そう実感する。

 アヴァロンとの戦争をやめないのは、キャメロットへの侵攻を防ぐためか、それとも……


「あの、一つお聞きしたいことがあるんですけど、いいでしょうか」

「何だ」

「戦闘記録を読んで、不思議に思ったんです。アヴァロンって、キャメロット以外の国に対しては戦わずに侵略を成功させているというか……だから、もしかしたらこの国がアヴァロンの、というか、モルガンにとっての特別な場所なんじゃないかなって…。それかアーサー王様、モルガンから何か秘密の文書とかもらってますか? 文書での交渉が決裂しているなら、戦闘が続いているのも納得できますし……」

「無い。アヴァロンは突如、我が国へと侵攻を始めた。だがそれは必然だったのかも知れない。あの(やいば)を受けることは……どうやら俺に課せられた義務のようだ」

「義務?」


「いずれにせよ、お前が気に()めることではない。アリス、だからこそ俺は今一度問おう。我がキャメロットが、お前に施せる支援とは……お前が本当に必要としているものは、何だ」

「私が、本当に必要としてるもの……」


 陽光に溶け込む朽葉色の中に、信念を抱く強い眼差しがあった。見つめれば射抜かれるような感覚。

 むしろ、アーサー王の瞳がアリスの心を見透かし映し、アリス自身に見せようとしている気さえした。


 何が必要なのか、欲しい支援は何か、待ちうけていると予想される脅威にどう対処していくのか……面接練習をしている時のことを思い出す。予想と対処、必要な情報の調達。やっていることが似ている。

 ただ、シナリオがほぼ確定していて熟知されている面接とは全く違い、やはり迅速な解答作成ができない。


 いっそ謝ってしまおうと思った。今頃真剣になって考え始めたことを、(告げなくともアーサー王は分かっているだろうが)話してしまおうと。再びこの場で頭をフル回転させたところで、焦りと情報不足が邪魔をしているのは変わりないのだ。



「答えは急がなくていい。今のお前は、その手足で急ぎの出立をすべきでないからな」


 アーサー王が(きびす)を返し、深緑のマントがふわりと(なび)く。「安心しろ、じきにヴァンが戻って来る」と、最後までアリスの不安要素や疑問を見透かして答え、バルコニーを後にした。


「……凄い人だなぁ」


 読みとってくれるから()かれていき、読みとらせないからまた惹かれる。きっと円卓の騎士たちも、アーサー王のそんな魅力のもと仕えているのだろう。

 それにしても、「義務」とはどういう意味だったのか。刃を受けることが、戦争をすることが義務だなんて、街や民を(いつく)しむアーサー王らしくない。


「アリスさん、お待たせしました。寂しくありませんでした?」

「あっ、はい。大丈夫です」

「そろそろ戻りましょう。お昼も近いですし」

「はい」

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