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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第3章:the Bravest Prince
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(一方的)初対面

 チェシャ猫にそっくりな見た目を持ち、また今まで一緒に旅をしたチェシャ猫よりも若く見える存在に対して、アリスは大まかに予想を立てていた。だから、ある意味彼の返答は想定の範囲内だったと言える。しかし、少しでもいいので助けてもらった方が有難い、という状況であるのも事実だった。簡単に言えは「そこを何とか!」と頭を下げたい気持ちなのだが、どうやって伝えようか……アリスが悩んでいると、チェシャ猫は先ほどとは別のストレッチをしながら付け足した。


「……とか言ったって、どうせ俺の処遇は決まってるんだろ。はぁ~あ、逆らえばここら辺がズキズキ痛むようにできてんだ。ゴッド・マザーはいつだってそうするから、いい加減俺も察せるようになってきたよ」


 ここら辺、とチェシャ猫が指したのは後頭部の真ん中あたりだった。ふと、アリスは前回の冒険の最後にチェシャ猫が話している途中に苦しみだしたことを思い出す。あの時チェシャ猫は確かに、何か大切なことを告げようとしていた。予期せぬ痛みに阻まれたということは、つまり、告げてはならない内容だったか、もしくは、告げられると都合の悪い内容だったか、になる。


「いつだってそうするだなんて……まるで、フェアリー・ゴッド・マザーがいつも貴方を苦しめるみたいな言い方……」

「あれ? 君って俺より年上っぽいのに結構物分かり悪いんだね。さっきの話聞いてなかったのかい? ゴッド・マザーにとって俺は、そういう扱いをしていい存在なんだよ」


 そうだ、先ほどゴッド・マザー本人が言っていたではないか。チェシャ猫のことを「咎人」だと。アリスには理由も意味も分からないし、経緯も全く想像できない。確かに彼は、他人を苛立たせるほどの周りくどくて嫌味ったらしい言い回しをする(し、実際たった今サラリと貶された)が……それが償わなくてはならない罪になっているかというと、アリスはそこまでの被害を受けた覚えはない。


「……チェシャは、呪いをかけられてるの?」


 ふっと頭に浮かんだのは、前回の帰還直前に他ならぬチェシャ猫自身から告げられた言葉だった。苦しいほど強く抱きしめられながら、その言葉を聞いた。



―「ごめんね。コレ(・・)は……『呪い』なんだ」


 あの直後に苦しんでいたのは、アリスへの(回りくどい)通告自体が『禁止された行為』だったからなのではないか……。想像半分、確信半分で問いかけたアリスに向けられたのは、チェシャ猫の(どちらかというと)無機質な視線だった。


「な、何? 私、何か変なこと……」

「いや、別に。俺の名前、ゴッド・マザーから聞いてたのかなって思っただけ。てゆーか、聞いてたにしても初対面から随分おかしな距離感だなぁって気がしたけど、まぁいいよ」


 しまった、この時代では自分はチェシャ猫とは初対面だったんだ。指摘されてから気付くなんて、不覚だったとアリスは少し反省する。が、もう呼び慣れてしまっているのも事実だし、アリスにとっては初対面でもないので今更態度を変えるのも難しい。


「えっと……出会ったばっかりでこんなこと言ったら不信感持たれるのも分かってるんだけど……実は私、前に貴方に会ってるの」

「へぇー、全く覚えがないけど、一応聞いておくよ。何処でだい?」

「……この時代よりずっと先、未来の世界で」


 交流ゼロの状態から信用を得るのが簡単なことではないと、この世界で何度も痛感してきた。前回の冒険でも、その前の冒険でも、アリスに出来たのは正直に全てを伝えるということだけ。しかも、正直に伝えた結果として信頼を得られたのかというと、ハッキリそうだと言える自信も無い。

 実際、目の前にいる(これまで一緒に冒険してきたチェシャ猫より見た目が断然若い)チェシャ猫は、「やっぱりどっかで頭打ってからココに来たんだな、コイツ」みたいな顔をしていた。


「い、言っておくけど! 頭は打ってないからね! 本当に私は、別の世界からこの世界に来て、それも今回で三回目で、前に来た時はもっと未来の時代だったから、もうちょっと大人になったチェシャに会って、一緒に旅をしたの」

「……頭打ってないのにソレをつらつら言える狂人には見えないからなぁ……。まぁいいや、別に俺はどっちでもいいんだけどさ、一応聞かせてよ。君が言うように俺たちが会ったことがある根拠。もちろん、そんなものがあればの話だけどね」

「根拠? んー……」


 急に言われても困るのだが、何か無いかと記憶を辿ってみる。そもそも今ここにいるチェシャ猫よりも未来の彼と関わっていたのだ。今のチェシャ猫について分かることなんて、探すだけ無駄なんじゃないだろうか。


「じゃあ、二つだけ確認してもいい?」


 アリスが考えている間に、チェシャ猫は自分用のコーヒーを入れていた。「ん、どーぞ」とキッチン近くの戸棚からクラッカーを取り出して、一枚かじる。


「その耳、魔力を探知できるんだよね?」


 ボリボリとクラッカーを咀嚼する音が、僅かに速度を落とした。アリスの問いかけに対して、チェシャ猫はすぐには答えず、ただ視線を送る。アリスが言い当てたことへの驚きか、または余計に不信感を募らせたのか。


「私、未来でたくさんチェシャに助けてもらったんだ。でもチェシャは、どうして自分の耳が魔力探知を備えてるのか、知らないみたいだった。どう? 私が言ってること、この時代の貴方には当てはまらない?」

「……二つ目は?」

「え?」

「確認したいこと、もう一つあるんだろ」

「あー……うん、それは……この時代も同じなのか微妙なんだけど……リンゴ、好き?」


 アリス的にはダメ元で聞いてみただけだったのだが、チェシャ猫の丸くなった目を見て確信した。やっぱりこの人は、一緒に旅をしたチェシャ猫に間違いないんだ、と。


「あーあ、やりづらいなぁ。君は俺のこと知ってるのに、俺目線では初対面だなんて」


 チェシャ猫からは明確な答えは得られなかったが、アリスが投げかけた二つの確認事項はどちらも「YES」で良いという前提で話を進めることにした。


「私も、そう思う。どうして今回こんな昔の時代に呼ばれたかもイマイチよくわかってないし、正直、貴方がこの時代に居ることに驚いてるくらい。でも、私には元の世界に帰るっていう目的があって、そのための条件もフェアリー・ゴッド・マザーから教えられてる」

「で、俺は君に助力をしなくちゃいけない立場であり、運命なワケだ」

「あの、別にそんな強制したいんじゃなくて……」

「だったら、保証してくれるのかい? 俺が君にとても味方とは思えないような行動を取ったとしても、俺の身体に痛みが走ることはないって」


 (少し幼げな印象はあるが)見慣れた意地悪な笑みを向けたチェシャ猫はきっと、アリスが言葉を詰まらせるのを予想していたのだろう。

 あるいは見抜いていたのかも知れない。違う世界から勇者としてやって来たアリスもまた、自分と同じくフェアリー・ゴッド・マザーの意志によって動かされている駒のような存在なのだと。


「保証は、できない」

「知ってるよ。俺が分かってて言ったの、気付かなかった?」


 ああ、この人はやっぱりチェシャ猫だ。アリスを試すような意地悪を吹っかけてくる。そんな彼に対してアリスは、意地悪さを分かっていても正直に応じてきたつもりだ。だから、今回もそこから始めようと思う。


「でもね、手伝ってくれたら嬉しいし、心強いよ。貴方が優秀だってことは、知ってるから」


 コーヒーの香りが漂い、温かく沁みて、緊張でどくんどくんと鳴っているアリスの心臓をなだめてくれているようだった。


「……とりあえず、君が変な子だってことは理解したよ」

「な、何でそうなるの!」

「ゴッド・マザーと普通に喋ってたし、俺が手伝ったら心強いだなんて妙なこと言うし……ああそれと、仮にも勇者って肩書を持ってるクセにそれらしいオーラが全くない」

「わ、私が勤める勇者には、オーラとか要らないの!」

「へぇ、じゃあ何が必要なんだい?」

「えっと、それは……」


 グイグイとツッコミを入れられると、言葉が詰まってしまう。ちょっとだけ若いチェシャ猫にも口じゃ勝てないのか……と悔しく思いつつ、必要な物を考えるアリス。

 今回のミッションを遂行するために必要なこと、必要な物は……――


「……あ! そうだよ、地図が欲しい!」

「俺、そーゆー意味で聞いたんじゃなかったんだけど……まぁいいや。頭が弱い君には伝わらなかったってことにしておくよ」


 チェシャ猫はわざとらしく大きな溜め息をついてから、小屋の二階へと上がっていった。


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