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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第3章:the Bravest Prince
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エーレンベルグ4 ―魔法の鏡―

 食後、アリスが通されたのは、城の螺旋階段をずうっと上った先、それほど広くない「鏡の()」だった。頭から膝くらいまでは映せそうなほどの大きさをした、楕円形の鏡。その横には石の祭壇のようなものがあり、三連の燭台にシラユキが火を灯していく。


「鏡の正面に立っていろ」

「はい」


 ゆらゆらとした頼りない火が、じわじわと心を圧迫してくるように感じる。魔法の鏡に映るのは、どんなものなのだろう。それとも映ったものは、シラユキにしか視えないのだろうか。アリスの心の準備が万全かどうか確認もされず、シラユキによって儀式は始まった。


「鏡よ、鏡。俺の問いに答えてくれるか」


 聞いたことのあるおとぎ話のフレーズに目を丸くしたのも束の間、鏡が発した眩い光に、アリスはギュッと目を瞑る。

 自分は何も分からず此処にいる。それは間違いない。けれど、魔法の鏡がその気持ちを「偽り」と見なせば、断罪される……。さっきは敢えて詳しく聞くのをやめておいたが、果たして「鏡による断罪」とはどんな処分なのだろう。無意識に祈りのポーズを取っていたアリスの耳に、今まで聞いたことのない声が響いた。


―「答えよう。何が知りたい」


 男のような、女のような、優しくて無機質な、大人びているのに子供のように高めの、しかし落ち着きのある低さも含んでいる、複合音声、と表現したくなる声だった。薄く目を開けようとするが、未だに辺りは眩い光に満ち溢れており、アリスの網膜はその強さに耐えられそうになかった。仕方なく目を閉じ、必死に祈るポーズで次の声を待つ。こうなったらもう、音だけで状況を把握するしかない。


「この人間が、こちらに来た意味を。この世界での位置づけと、彼女の世界へ帰る方法を」


 抱えているほぼ全ての疑問を内包している問いを投げかけたシラユキのことを、アリスはちょっとだけ見直した。初対面で突き飛ばすような乱暴者だと思っていたが、自分で狩りに行くし、料理は上手だし、人の話をよく理解してくれてるし、エーレンベルグ王国を任されているだけあって、良い人なのかも知れない。


―「選定者よ、(なんじ)の姿を今一度よく見よ」


 ああ、やっぱりそうなんだ……と、申し訳ないが面倒くさく思った。この世界に来てしまったことは、リアル過ぎる夢であり、何かの間違いだと思いたかった。きっと「選定者」というのが今回のアリスの役割であり、何かを「選定」することが帰るための条件なのだ。

 深い溜め息を一つ吐いてから、そっと目を開ける。眩い光はもうアリスの網膜を刺激してこなかった。代わりに飛び込んできた光景は……――


「何で、この服って……!」

―「使命は統一。これは、フェアリー・ゴッド・マザーの意思である」


 この時代に存在するはずのない服に、アリスは身を包んでいた。初めてこの世界に来た時にハートキングダムで用意してもらった、ロゼ女王お手製のワンピース。それだけではない、いつの間にか靴もあの時と同じ黒いローファーになっており、胸元にはアーサー王から預けられた魔法具クラウ・ソラスもあった。まるで、この世界のアリスの正装がこの恰好だと言わんばかりに。

 こんなことがあっていいのだろうか。ロゼ女王もアーサー王もまだ生まれていないはずの過去において、アリスが二人から与えられたものを身に着けるなんて。混乱を隠せないアリスの前で、シラユキが言った。


「腕を見せろ」

「え?」

「左腕だ。早くしろ」


 訳も分からないまま、威圧的なシラユキに従って袖をあげる。左腕が何だと言うのだ。それよりもアリスの着ている服がガラリと変わったことに驚きはしないのか。文句を言いたいのを堪えていたアリスを、更なる不可解な事実が襲った。


「嘘、でしょ……?」

「信じ難いのは俺も同じだ」


 シラユキの吐き捨てるような返しも聞き流し、アリスはぐるぐると考える。何故ここに、この時代の自分の腕に、北斗七星のタトゥーシールが在るのか。


―「分かってると思うけどアリスちゃん、これ貼ったこと誰にも言っちゃダメだよ」


 キャメロット収穫祭を回った日の夜、チェシャ猫が偽者対策として貼ってくれたシールだ。間違いない。チェシャ猫に言われた通り、このことは誰にも言っていない。あの冒険の時に近くで守ってくれていたマーチ・ヘアにさえ。


「王子、発言の許可をいただけますか?」

「許可する」

「ありがとうございます。早速ですが、アリスさんのこの姿が魔法の鏡が示した答えということで、私の理解は間違えておりませんか?」

「ああ、違いない。この女こそが、フェアリー・ゴッド・マザーの予言にあった『選定者』だ。残念ながら、俺が以前単独で行った予知の結果にも当てはまっている」

「そのようなことを……存じませんでした」

「そうだ。誰にも告げていない。ゆえに、この女が本物だということの証明になる。首に十字の魔法具をさげ、左腕に七つの星を宿す者……」


 ゆらめく炎を映すシラユキの瞳から、困惑の混じる視線がアリスへ注がれる。困惑してるのはアリスも同じだが、まずは情報を整理しなくては。


「あの……選定者の使命って……統一って、どういうことですか?」

「この大陸には、エーレンベルグのほか4つの国家があるのです」


 絞り出したアリスの問いに、ドクが答えた。


「アリスさんが最初にいらした小人の国・シェラン王国、その隣国には大魔法使いマレフィセント擁するステファリア・キングダム、海に面するトゥルム公国、そして、この辺りで最も広い領土と民を有するサルキ帝国。いずれも独自の法の下、独自の政治・経済を成立させています」

「つまり、選定者の使命が統一であるならば、5つの国のうち最も優れた国を決め、国家を一つにせよということか」

「それが私の、帰る条件……?」


 なかなかに重たい責務が課せられていると自覚した途端、目の前の景色がぼわっと二重三重にぶれるのを感じて。


「おい、アリス!?」

「アリスさん!」


 シラユキとドクの呼びかけを最後に、アリスの意識はぷつっと切れた。



  ***



 幼稚園の頃、休み時間には教室に並ぶ本を端から順に読んでいった。お化けの話は苦手だったから、怖そうな題名の本はスキップして。その中でも「~~姫」とつく本は特別好きで、挿絵も可愛いし、ふわふわした色使いが温かいし、ちょっとハラハラする場面もあるけど、最後はいつだって幸せになれる……夢のような世界が、物語が、お気に入りだったし、憧れだった。


 愛らしい鼻歌が聞こえてくる。まろやかなメロディー、幼さを感じる高めの音程。絵本の中のような光の差しこむ天井、全身を包みこむふかふかのベッド。


「あ、起きたー?」

「えっ! あ、ホントだ! アリスが起きたーーーっくしょん!」

「スニージー、静かにしないとー」

「うぅ~っ……ドクに伝えてくる!」


 水色のツインテールが視界の端で揺れ、去っていく。残ったハーフアップのドワーフ――確かドーピーと呼ばれていた――は、アリスの顔を覗き込んで、穏やかに微笑んだ。


「おはよう」

「……おはよう、ございます」

「たくさん眠ったねー」

「えっと……どのくらい……?」

「んー……」


 指折り数えるドーピーのおっとりした姿をぼんやりと眺めつつ、アリスは自分の頭、もとい思考力を起こしていく。倒れる前に、魔法の鏡によって伝えられたこと……今回の使命、つまり自分の世界に帰る条件は、複数の国家を統一して、そのトップを選ぶこと。それを成し遂げて、早く帰るためには……


「わ、私、行かなくちゃ……!」

「そうだねー、大体40時間くらい寝てたと思うのー」


 ワンテンポ遅い返答を聞いて、グランピーが「サシでの会話は疲れる」と言っていたのを思い出す。でもそんなことは気にしてられない。40時間ということは2日近く寝てたことになる。元の世界とこの世界の時間軸がリンクしていないとは言え、そこまでのんびりするつもりはない。

 飛び起きて立ち上がり、勢いよくドアを開けた。


「ふぎゃっ!」

「あら」


 開けたドアがちょうど部屋の前にいたスニージーにぶつかり、その後ろにいたドクが「災難でしたね」と笑う。


「ドクさん、あの、私……」

「ええ、大方予想はしていました。選定のための視察をなさるのでしょう?」

「はい!」


 さすがというべきか、恐ろしく察しが良いドクに頷くアリス。


「では参りましょう。私がご一緒します」

「ありがとうございます!」

「ちょ、ちょっとドク! アリスまだご飯とか、」

「城下町で済ませることもできますし。ね、アリスさん」

「でもでもっ、勝手にそんな、ユキちゃんが何て言うかーーーっくしょん!!」

「その点についてはスニージー、上手に伝えておいてくださいな」


 スニージーが「そんなぁ!」と不安いっぱいの表情を見せてから、また一つ大きなくしゃみをする。だがそれは彼女たちにとっては日常のようで、ドクは何事もなかったかのように「こちらへ」とアリスを案内し始めた。


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