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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第3章:the Bravest Prince
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エーレンベルグ2 ―不可解な掟―

  ***


「ねぇねぇどーしたの? 待ってよユキちゃんっ! ユキちゃんってばー!」


 全速力で廊下を走り、自室に戻っていくシラユキの腕を、ハッピーが捕まえる。が、その手はバッと振り払われた。


「ユキちゃんって呼ぶなって言ってんだろ!!」

「あははっ、ごめんごめーん!」

「大体何で『クセモノ』が城内にいるんだ!? 誰が何のために連れてきた!? 父上が定めた崇高な掟を破る気か!?」

「そ、そんないっぱい一気に聞かれても、ハッピー全然分かんなーいっ」

「くそっ!」


 自室のドアに拳を打ち付けたシラユキは、呼吸を整えてから叫ぶ。


「ドク! ドクはいないのか!?」

「おりますよ、王子。捕らえた『クセモノ』について、お伝えしたいことがございます」

「ああ……話が早くて助かる。ハッピー、俺が今日仕留めた食材、厨房に運んどけ。あと、スリーピー起こして軽く捌いてもらっといていいか? 調理は俺がやる」

「了解っ!」


 シラユキにパッと敬礼をしてから、ハッピーは元来た廊下を走り戻っていった。

 見送ったドクは、扉に打ち付けたシラユキの左拳を見て、ポケットからハンカチと小瓶を出す。薬だと察して手を引っ込めようとするシラユキに、「ダメです」と厳しい視線を送るドク。ほんの僅かな擦り傷に小瓶の塗り薬をつけ、ハンカチを結んだ。


「どうぞ、中で座ってお聞きください。あの『クセモノ』はもしかすると、長年到来を期待されていた、我々の希望であるかも知れないのです」

「希望?」


 ドクに促されて自室に入り、ソファに座るシラユキ。ドクは室内にあるティーセットで紅茶を淹れながら、王子に話した。アリスという人間の女性が、何処から何のためにエーレンベルグへやって来たのか。そして、アリスから聞いた、マイアとのやり取りについて。

 黙ったまま話を聞いていたシラユキが紅茶を飲み終わった頃、ドクは僅かに躊躇いながら別の話題を切り出した。


「我々がアリスを捕らえ、城内に連行した経緯はご理解いただけたかと存じます。ですので王子、一つ、お聞かせ願えませんか?」

「掟のことだろう?」

「はい。そもそも、人間の女を城の敷地内に入れてはならないと、何故お定めになったのか……考えが及ばない我々をどうぞお許しください」


 頭を下げるドクに対し、「そう(へりくだ)るな」と一言返し、シラユキは窓の外を眺める。宵闇に包まれていく街の上に、ダイヤのような星々が姿を見せ始めていた。


「お前達と契約を結ぶ前のことだ。父上は、俺を産んですぐ亡くなった母上の代わりに、俺の面倒を見させるための若い乳母を雇った。だが乳母との生活は俺が四つになった頃、何の前触れもなく破綻した」

「破綻……乳母が姿を消したのですか?」

「逆だ、逆。日課の散歩の途中、俺が森に置き去りにされたんだ。乳母は捕らえられて俺は保護されたが、父上は相当お怒りになって……あの法令を作った。女が俺に近付かないようにってな」

「……(おおむ)ね、理解いたしました」


 ドクの中で一つの仮説が出来る。若い乳母の胸中に芽生えたのは恐らく嫉妬……。王子として立派に成長してもなお、女性と見まごうほどの美しさを纏うシラユキ。その幼少期となれば、天使と形容される愛らしさであったに違いない。そして人間は、美しい者に対して相反する感情を抱いてしまう生き物である……ドクは、客観的にそう分析していた。


「そんなことがあったからさ、多分俺は、女に近付いちゃいけないんだ」

「では、アリスさんには何と?」

「掟を理由にお帰りいただいてくれ。この世界に来た理由なんて、魔法の鏡に頼らなくても探せるはずだ。それに、もし彼女が予言されてる『選定者』なら…………」

「……王子?」

「いや、何でもない。伝言宜しくな、ドク」

「承知しました」



  ***



 アリスが待つ部屋に戻ったドクは、見張り役のグランピーが縄をほどいたことを聞き、更に親しげに話している様子を見て、溜息をこぼした。


「感情に呑まれやすいのは欠点ですよ、グランピー」

「うるせーよ! だったらお前は突然王子や俺たちがいねぇワケ分かんねぇ世界に飛ばされて、急に縄で縛られて落ち着いていられるってのか?」

「それが同情している証拠だと言っているんですが……まぁいいでしょう。アリスさん、シラユキ様に全てお話しし、掟についても伺ってきました。その上でいただいた伝言があります」


 掟で定められている通り、自分は女に近付いてはいけない、だから帰れ――――その伝言をドクから聞かされたアリスは、軽く衝撃を受けてから、ジッと十数秒考え込んだ。


「アリスさん……?」

「……うん、やっぱ無理」

「え?」

「ドクさん、ごめんなさい。私、シラユキ王子みたいな考え方、あんまり好きじゃないんです。だから、ドア越しでも何でもいいです、文句言いに行かせてください」


 真直ぐな目で「好きじゃない」と言い放ったアリスに、ドクは呆然とした。庶民が一国の王子に対する否定的な考えをわざわざ表明するなど、メリットがなさすぎる。が、バッシュもドーピーも特筆すべき反応を示しておらず、とすれば今のアリスの言葉は偽りでもハッタリでもなさそうだ。

 ドクが理解に苦しんでいると、隣でグランピーが大笑いしてから、アリスの手を引いた。


「お前サイコーだぜ! アリス、こっちだ! 走って付いて来い!」

「あ、うんっ!」

「ちょっとグランピー……!」

「扉越しにしとくから安心しとけよ!」


 階段を上がっていくグランピーの声を聞き、ドクは再び溜息をついた。


「ドク……平気?」

「大丈夫ですよ。ありがとう、バッシュ。少し……不安ではありますけど、こうなってはもう、止められないのでしょうね。ただ……王子には荒療治になるかも知れません」

「シラユキ様、ご病気なの……?」


 不安げなバッシュに首を振り、ドクは優しくその頭を撫でた。


「いいえ。けれどいつか、国王として妃を(めと)るのであれば……必要な試練ということです」



 ツヤツヤした石の階段をグランピーと一緒に駆け上がっていく。脈があがるのと共に、アリスは自分の中に譲ることのできない「何か」の(くすぶ)りを感じていた。

 元の世界にいた時と変わらない、アリスの性質――自分の意見を持つために自分の頭で考えること、示された条件や置かれた状況下で矛盾を探そうとすること――は、どんな環境でも揺るがない。

 たとえ現実離れした小人たちに囲まれたとしても、水色の髪をした見た目小学生の女子たちに「クセモノ」扱いされたとしても。


「着いたぜ、ココが王子の部屋だ」

「ありがとう、グランピー」


 文句を言いたいと思ったのは、納得いかなかったから。もし自分が同じように掟に縛られる環境に置かれたとしたら、シラユキのような考えには至らなかったはずだと思ったから。もちろんアリス自身の考えをシラユキに押し付けるつもりはない。ただ、出会い頭に突き飛ばすのは失礼だし、アリスには謝罪と説明を求める権利がある。

 深呼吸の後、勢いよくドアをノックした。


「誰だ?」

「あの! 先程お会いしました、アリスといいます。このまま扉越しで話しますけど、許してください」

「お前、さっきの……ドクから聞かなかったか!? 俺は帰れと、」

「聞きました! 聞いた上で、納得できませんでした。どうして近付いちゃいけないんですか? 具合が悪くなるんですか? さっき、別に苦しそうな様子とかありませんでしたよね?」

「……異世界の部外者には関係ない」

「いいえ、あります。だって私、困るんです。何で呼ばれたのか、帰るための条件が何かも分からなくて、ヒントがもらえると知ってこの国に来たのに……。だからもし、シラユキ王子が女性に近付いちゃいけない原因を、解消できるなら協力を……」

「無理だ」

「どうして分かるんですか? てゆーか……貴方が掟に従わなくちゃいけない理由って、何なんですか?」


 あくまで理由を話さずにアリスを突っぱねようとするシラユキの態度に、アリスも段々苛立ってきた。解決する気が無いんじゃないかとさえ思えてくる。


「お前のように感情のままに話す女は危険だ、と父上に聞いたことがある」

「……何ですか、ソレ」

「父上は、俺を守るために掟を定めたんだ。よって、俺が自ら破る理由も、必要性もない。俺は女に近付かない」


 確かにちょっとイライラして、それが口調に出てしまったかもしれない。反省しつつ、アリスはシラユキの言葉の意味を考える。

 守るための掟……ということは、かつてシラユキは、人間の女に危害を加えられた? だからシラユキの父親は、害のある存在(人間の女)と接触させずに育ててきたのか。


「もしかして、知らないんですか? 一般的に女より男の方が、筋力あるんですよ」

「馬鹿にするな。それぐらい知っている」

「だったら何が怖いんですか?」

「怖い、だと?」


 生まれて数年後に出来た掟だと言っていたから、恐らくシラユキに何かあったのは幼少期。だったら、今なおその掟に従い続ける必要があるのだろうか。シラユキの言う通り、自ら破る必要もないが。


「これまでのシラユキ王子のお話をまとめると、こうなります。女性は危険だとお父上に習った、掟があるから近寄らないようにしてる、掟は女性から王子を守るためのもの、でも男の方が力が強いってことは知ってる……間違ってますか?」

「まとまってると思うぜ」


 黙りこくったシラユキの代わりに、グランピーが隣で答えた。


「私は王子の命を狙いに来た刺客とかじゃないですし、力比べするつもりもない。魔法の鏡を使えるのは貴方だけって聞いたから、会いに来たんです。教えてください、貴方は何を恐れて私に会ってくれないんですか? 掟を破ることですか?」


 扉の向こうからは、ついに何の返事も来なくなった。

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