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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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王宮内散歩 ―反省会―

「マッド・ハッターさんが参戦した記録、見つかりましたか?」

「ああ。一通り目は通した。ただ、過去の記録は予測をより具体的にするためのデータに過ぎない。来る実戦で対処するには、相応の鍛錬(たんれん)が不可欠だ。それに、あの男がたった数回の交戦で手の内を全て見せるとは考えにくい」


 散歩とは言え無闇な外出は(ひか)えた方がいいとマーチ・ヘアが相当警戒していたため、アリスは王宮内を探索しましょう、と提案した。

 地下への道は階段しかないものの、他のフロアへはスロープが完備されており、車椅子でも上の階にあがることができた。2階より上の階は建物全体が緩やかなカーブを描いており、廊下の先が見えないようになっている。マーチ・ヘア曰く、城内での戦闘でも奇襲をかけられる工夫、らしい。


「それにしてもアヴァロンという国の目的が見えない。侵略した国は数知れないが、真っ向から戦争を仕掛けられているのはこのキャメロットだけだ。他の領土の拡大においては部下がそれぞれ交渉したり、戦争になる前に降伏させている」

「キャメロットは大きい国だから、アーサー王様が降伏しなかったってことでしょうか」

「しかし交渉という手段は有効だったはずだ。キャメロットにはまず、交渉人すら送られてきていない。記録がなかった」

「アヴァロンにとってキャメロットが特別なんでしょうか」


 わざわざ人員を割いて戦うことなど、アリスには到底理解できなかった。現代のように友好条約を結んで仲良く隣国でいることは出来ないのかと思う。支配下に置きたい、領地を広げたいなどと願っても、支配すればする分だけ支配されている側から命を狙われることを、歴史は語っている。

 この世界にはまだ、そのような「盛者必衰(じょうしゃひっすい)」の概念(がいねん)がないのかも知れないが。


「王宮の東側は林なんだな」

「みたいですね。あっ、あの辺で果物も作ってますよ」

「あの給仕長は倹約家と聞く。さすがだ」

「ルーカン君ですか……十一歳って言ってました。ホント、凄すぎますね」



 ふと、東側の景色からルーカンの話に移ったので、自分が十一の時は何をしていたか、記憶を辿る。社会科見学で色んな仕事を見て、お金を稼ぐということについて考え始めた頃だったか。



「あんな小さい子が、王宮のためとか国のために一生懸命職務を果たしてるの見ると……私、自分はまだ何にも出来ないんだなぁって……ちょっと(へこ)みます」

「……ああ」


 少しの間があり、気になって振り向く。マーチ・ヘアの表情は相変わらず何の情報もくれない。だからこそアリスは前後の文脈から質問をしぼった。


「マーチさんも凹むんですか?」


 一緒に旅をして分かったことは、「どうかしましたか」と聞いても彼は「いや、何も」と具体的な答えはくれないこと。普通の人と違って、「オープンクエスチョン」では会話が続かないのだ。

 だったらいっそ虱潰(しらみつぶ)しに「クローズドクエスチョン」で推察していくのが早い。あとは、よく見る。読みとりづらい軍人と言えど、本物の能面でもロボットでもないのだから多少なりとも信号が出るはずだ。

 アリスの考えは当たり、マーチ・ヘアはぶつかった視線を窓の外に逃がした。


「君は飲みこみが早い」

「それって、比較対象は女王様でしょうか」

「正解だ」


 マーチ・ヘアに「正解」と言われ、アリスは少し嬉しくなった。最初にもらった評価はEだったので、少しずつでも上がって欲しいとこっそり願っているのだ。

 ともあれ、軍人らしさを徹底させて勤めているマーチ・ヘアでさえ、ルーカンを見ると凹むとは……


「マーチさんは、自分に厳しいですね。鬼みたいです」

「それ以前の問題だ。僕は自分の務めを放棄(ほうき)したに等しい」

「え?」


 車椅子を止め、マーチ・ヘアはアリスの前に片膝をついた。頭を下げられ、表情が(うかが)えない。突然のことに戸惑うアリスだったが、彼の声色の変化だけはかろうじて()み取れた。


「女王様より(たまわ)った務めは、アリス殿がいなければ成立しない。だが僕は君を危険な目に遭わせた。務めの意味も規模も理解しきれていなかったんだ。今回のこと、謝罪してもしきれない。僕は、同伴者失格だ」

「そ、そんな……」


 彼は強く、強く自分を責めている。勤勉さと頑固さが伝わって来る。何を言っても慰めになどならないと、アリスは直感した。貸してあげた消しゴムをなくした友達に「大丈夫だよ」と笑うあの雰囲気は、恐らくこの人には通じない。

 返答に困ったアリスは、ふと、固く握られたマーチ・ヘアの拳を見た。親指の先が赤い。


「あの……謝ってもらうことじゃないし、頭上げて欲しいですけど……無理そうなので、違うコメントします。えっと……マーチさんは、悔しかったら強くなる人ですよね」



 幼稚園の頃からたくさんの人と関わって来た。友達もそれなりにいる。だけどこんなにストイックな人は初めてで、どうやったらそんなに厳しくいられるのか不思議でならない。

 それでもただ一つ言えるのは、人間なら誰でも「褒められたら嬉しい」ということ。「ちょっとでも良い評価をもらいたい」ということ。


「私が勝手に店を出たのが原因なのに、マーチさんは今回のことで分身の術とか覚えちゃいそうで……そしたらまた一段と凄い軍人さんになるんだろうなぁって、今、そんな下らないこと考えました」


 マーチ・ヘアが何も言わないので、アリスは続けた。


「だって、マーチさんがご自分をどう思ってるにしろ、現時点で既に私からマーチさんへの評価はAなんですよ? まぁ、一般人の基準になっちゃいますけど」

「……君は、何を、」

「だからむしろ精進(しょうじん)しなきゃいけないのって私だと思って……ほら、持ち場離れたり、敵を前にして逃げだしたり……マーチさんからの評価、Eのままステイですよね」



  ***



―「軍司、ですか?」

―「不満か?」

―「いえ決してそのようなことは……」


 マーチ・ヘアが現職に任命されたのは、4年前のことだった。欠員が出たためとは言え、出自不明の平隊員が軍司など、異例の大抜擢(だいばってき)だった。勿論それは本人にとってこの上ない名誉であったが、同時に、他の隊員が面白く思わないことも当然想定できる。その一点が、彼の返事を歯切れ悪いものにさせていた。


―「お、恐れながら女王様、僕などより遥かに優れた部隊長方がいらっしゃいます……。それに、出自不明の僕にはまだ、人望というものが」

―「ふふ、確かにの。しかしそち、言葉と手が矛盾しておる」


 女王の指摘で初めて気付いた手の震え。それはまるで、心の葛藤をそのまま表現しているようだった。慌てて左手で押さえつけるが、それでも収まらない。

 制御できないことに驚きを隠せないマーチ・ヘアを見て、女王は再び微笑んだ。


―「そちの自己評価など聞いておらぬ。(わらわ)は、妾の指示を最も迅速かつ的確にこなした者を評価しているのじゃ。妾の認める基準を満たした上で、それでもそちが、自身の力不足を感じると申すならば、軍司の立場についた後も鍛錬を重ねるが良い。人望など、()すべきことを為した者には自然と付いて来るものぞ。戴冠(たいかん)時の妾を知っておろう」


 手の震えは止まっていなかった。しかし彼は深々と頭を下げ、力強く返答する。


―「有り難き幸せ」



  ***



「……君も、僕自身の評価など関係ないと……」


 何かぽそっと(つぶや)いて自分を見つめるマーチ・ヘアに、アリスは首を傾げた。やはりこのコメントはおかしかったかな、と。表情からは相変わらずさっぱり何も得られないため、どう続けようか悩む。

 と、次の瞬間、アリスの耳に(かす)かな声が聞こえた。それは一般的に「微笑」に分類されるもので……。


「安心してくれ」

「へ?」


 自分の目を疑った。

 あのマーチ・ヘアが、(こう言っては失礼だが)頭も表情もかなり固い軍人が、こんな(おだ)やかに語るなんて。


「君が敵に遭遇(そうぐう)した状況下での逃避(とうひ)は、戦略的撤退に該当する。持ち場を離れたというのは、本来の目的である国王陛下への謁見(えっけん)を果たすための近道だった。君の判断は全て正しい。よって現時点における僕から君への評価は……Bだ」

「ほ、ホントですか!?」


 褒められると嬉しくなるという理論が突如跳ね返って来て、アリスは思わず声を大きくして喜んでしまった。B判定ということは合格圏内だ。E判定から驚異のジャンプアップである。

 しかし、ぱぁっと輝いたアリスの表情とは反対に、マーチ・ヘアはいつもの無表情に戻っていく。


「だからもう一度謝らせてくれ。アリス殿、僕はもう決して自分の務めは(おこた)らない」


 映画で見たことはあったが、実際に「その行為」を見るのは初めてだった。アリスは思わず目を見開いて息を呑む。包帯でぐるぐる巻きにされている自分の右手が雰囲気を台無しにしていると思えるほど、「その行為」は美しく気高かった。

 マーチ・ヘアの右手がアリスの右手を取り、手の甲に唇が触れるか触れないかの位置まで運ぶ……

 一瞬だけだが、外国のお姫さまのような気分になった。


「全身全霊をかけて君を守ると誓おう。だから、片時(かたとき)も僕の傍を離れないで欲しい」

「えっ……えぇっ!?」

「というのは(いささ)か過ぎた表現か。僕には並外れた聴覚がある。有事(ゆうじ)の際はいつでも………アリス殿?」


 本当に、この世界の人の冗談は冗談に聞こえないから困る。というより、まさかマーチ・ヘアまで(超の付くほどの真面目な顔で)そんな表現を口にするなんて……


「な、何でもないです……」


 またもや少女漫画から飛び出してきたような台詞を言われ、心臓が止まりそうになってしまった。こういった不意打ちに対応する術を一刻も早く身につけなくては……。そんなことを考えながら、アリスは赤くなった顔を隠すように俯いた。


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