(優しめの)クセモノ扱い
「分かりました」
ロングヘアの少女は鈴の頭の後ろに手を回し、猿ぐつわを解き始める。
「念のため申し上げておきますが、出会って間もない貴女の頷きを信じたのではありません。こちらに居るバッシュは大変人見知りで、しかし人見知りであるがゆえに優れた観察力があります。嘘をつけばすぐにわかりますので、ご承知おきを」
「……あの、ここは何処ですか?」
「エーレンベルグの城内です。客間でないことについては、先に申し上げた通り、現時点で貴女に対するこちらの認識を『クセモノ』に留めざるを得ないためです。ご理解ください」
「それはまぁ、大丈夫なんですが……この国では『クセモノ』って判断されたら処分はどうなるんですか? 私は、探し物があって来ただけなんですけど……」
「探し物?」
「はい。魔法の鏡です。この国にあるって聞いて、あっ、別に奪おうとか盗もうとかじゃなくて、見てみたいと思ってるだけで」
あたふたする鈴から、後ろに隠れるボブショートの少女――先ほど「バッシュ」と呼ばれていた少女に視線を移すロングヘアの少女。恐らく、今鈴が語った内容の真偽を見抜こうとしているんだろう。バッシュがコクンと頷いたのを確認し、ロングヘアの少女は微笑んだ。
「そうですね、確かに魔法の鏡はこの国にございます。ですが貴女は……失礼、貴女の名は捕縛隊から聞いていますが、こちらは名乗っていませんでしたね。ドクと申します、よしなに」
一礼するドクに、鈴もぺこっとお辞儀を返した。
「これまでの話から抱いた疑問は多々ありますが、それはお互い様でしょう。こちらがまず把握しておきたいのは、アリスさん、貴女が何処から来て、何のために魔法の鏡を探し、何故正面の城下町からでなく森側から入国したか、という3点です。お答えいただけますか?」
口調は変わらず優しく穏やかだったが、ドクの視線はやや鋭さを増した。誤魔化したり嘘をつくメリットなど、どこにもない。鈴は全てを偽りなく話した。
自分が異世界――魔法のない世界――から来たこと。それは鈴の意思とは関係のない突然の出来事だったこと。最初に出会った小人たちに拘束と攻撃をされたが、王太子を名乗るマイアに援護してもらったこと。
「シェラン王国から……なるほど、貴女が森側から国境を越えた理由が分かりました。マイア王子は、魔法の鏡について、何と?」
「その鏡の前に立てば、私がどうしてこちらの世界に飛ばされてしまったのか、どうすれば帰れるのかが分かるかも知れないって」
「そのような不確かな話を元に、ここまでいらしたのですか?」
「正直なところ、藁にもすがりたいっていうか……それに、マイアさんが私の話を信じてくれたので」
「……バッシュ、どうです?」
後ろに隠れたまま頷くだけだったバッシュが、ドクの呼びかけに対して初めて口を開いた。
「だい、じょうぶ……全部、本心……」
彼女の返答(というより観察結果)を聞き、ドクは足を組み直して告げた。
「アリスさん、エーレンベルグの掟により、この城に入った人間の女は全て『クセモノ』と判定されます。けれど『クセモノ』に対してどのような刑罰が下されるか、その最終決定権は我らが王子にあるのです。加えて、その王子は現在外出中でして……」
「あ、あの、一つ確認していいですか?」
「どうぞ」
「貴女は……いえ、皆さんは、私から見たら女の子なんですけど……『クセモノ』じゃないってことは、人間じゃない、ってことですか?」
森で出会ったツインテールの少女にも、「女の子でしょ?」と聞いたら「違う」と言われた。最初は年齢の問題かとも考えたが、かなり大人びて落ち着き払っているドクもクセモノにされていないということは……。
「ええ、貴女方の言葉で表現するところの、ドワーフ、でしょうか。実際、少なく見積もっても貴女の十倍は生きているかと思いますよ」
「じゅ、十倍っ!?」
単純計算でドクは軽く百才を超えていることになる。驚きを隠せない鈴に、追い打ちをかける情報の数々。
「ドワーフの身体の成長は大変緩やかなのですが、ある瞬間からぴたりと止まり、以後は精神のみ成熟していきます。ただ、精神の成熟に関しては激しい個体差があり、同い年と言えど言動が幼い者もおります。とは言え人間より少し丈夫かつ、動物との意思疎通ができるため、我々はこのエーレンベルグ城内外にて、警備隊の務めを賜っているのです」
「えっと、それじゃあ……皆さんは、五つ子なんですか?」
順に整理していった中でとりあえず気になった部分を問い直す。と、ドクはほんの少し目を丸くしてから「アリスさんはまだ、五人までしか会ってないのですね」と微笑んだ。
「表現をお借りするならば、七つ子です」
「七!? す、すごいですね……」
「じき、他の者にも会えますよ。……話を戻しましょう。我々がドワーフゆえに『クセモノ』に該当しないことはご理解いただけたかと思います。そもそも、人間の女が全て『クセモノ』扱いされるというのではないのです。城下町には当然、人間の男性も女性も暮らしています」
「そうなんですか!?」
「ええ。国王が定めた『クセモノ』の定義は、この城の敷地内に入った人間の女、なのです。ただし、国民にはおろか我々にすら、この法令を定めた真意は明かされていません。王子がお生まれになって数年後に発布された、とは伺っているのですが」
「だから、処分を決めるのも定めた人たちしかできないってことなんですね」
「その通りです」
となると、処分が下されるまでは魔法の鏡を見せてもらうことも出来そうにない。かと言って、最終決定権を持つ王子を待つ間、ボーッとしているのも惜しい。なるべく多くの疑問を解消しておきたいと思った。
「あの、魔法の鏡って、どんな鏡なんですか? やっぱり魔力保持者に反応する的な……それとも、普通の人でも使える魔法具ですか?」
「どんな、というのはなかなか難しい質問ですね。提示された二択に基づいて答えるのなら、前者でしょうか。ですが、あらゆる魔力保持者に反応を示してくれるものではございません。マイア王子も、それを理解した上で貴女を誘導したと考えられます」
「限定した人にしか、効果が出ないってことでしょうか?」
「そうですね。現在、このエーレンベルグ国内においても魔法の鏡を正しく扱えるのは王子のみです。つまり、マイア王子は意図的に、我が王子への謁見を促したのでしょう」
「何のために……?」
「勿論、貴女が本物かどうかを見極めさせるため」
「本物……?」
「ええ。境遇と条件のみ鑑みれば、貴女は該当するのです。五年前、あのフェアリー・ゴッド・マザーが到来を予知したとされる『選定者』に」
薄桃色のドクの唇が、妖艶な微笑みを作る。また意味不明な単語が出てきたのと、マレフィセントに続き二人目の始祖の名前が出てきたことで、鈴の緊張も一気に増した。
フェアリー・ゴッド・マザー……鈴が教わった四つの魔力系統の中で最上位とされる「無限と調停の系統」の始祖だ。そんな大物が予知した内容なのだから、世界全体に関わることに違いない。
「この近辺で、五つの国が拮抗しているのはご存知ですか?」
「いえ、全然……そういったこの時代の内部事情みたいなトコは、あまり聞いてなくて……」
「そうでしたか。選定者というのは端的に言いますと、トップを決める役割を持つ者です」
「トップ?」
鈴が首を傾げたその時、扉がコンコンとノックされる。
「ドク姉、入ってもいいかい?」
「構いませんよ」
入ってきたのはこれまた水色の髪で、短めのポニーテールを揺らす少女だった。落ち着きのあるドクや人見知りのバッシュに比べると、天真爛漫な雰囲気が立ち姿だけで伝わってくる。鈴の方を向いて「あ、こんにちはっ」と笑顔を見せてから、彼女はドクに言った。
「もうすぐ戻るってさ」
「思いのほか早かったですね。今日は的中率が良かったのでしょうか」
「そうみたいだよー、重たいの持ってるっぽいって、ドーピー言ってた!」
内容がイマイチ掴めず疑問符を浮かべる鈴の表情に気付き、ドクは「失礼しました」と苦笑する。
「王子は狩りを趣味にしていらして……というより、このエーレンベルグ全体が狩猟と採取を主な生業としているのですが……日々の食事も、王子の狩りの調子に委ねられているのです」
「毎日狩りをするんですか!?」
王家なのに、という言葉を鈴はどうにか飲みこんだ。王国、と聞くとどうしてもハートキングダムやキャメロットの豪華絢爛な贅沢の極みといったイメージが付いて回るが、このエーレンベルグ王国は違うようだ。
「何と言っても、王子自らのご要望ですから」
「きっと自分が獲ってきたお肉振舞うの好きなんだよねぇ、ユキちゃんは」
「ユキちゃん……?」
ポニーテールの元気少女のコメントに、鈴は違和感を抱いて反応した。確か、「ユキちゃん」というのは「女はクセモノだ」という極端な教育を施した人物で……てっきり鈴は、七つ子の中にその存在がいると思っていたのだが。
改めてカウントしてみると、おかしい。森で鈴を捕縛した三人(ツインテール・三つ編み団子・ベリーショート)と、今目の前にいるドク・バッシュ・元気少女、そして(多分まだ会ってない)ドーピー……。いや、もしかして最初のツインテールがドーピーなのかも知れない。だとすれば残る一人が……
「あ、ユキちゃんっていうのは、この国のトップだよ」
「え?」
「ハッピー、その呼び方はおよしなさい。怒られてしまいますよ」
「大丈夫だよっ、聞こえてなければね!」
能天気なポニーテール元気少女――ハッピーという名前らしい――に呆れながら溜め息をつき、ドクは(体の前で縛られたままの)鈴の手を引いた。
「参りましょう。我らが王子、シラユキ様のお出迎えに」




