(リアル過ぎる)巨人扱い
「おーい、こっちにも杭をくれ!」
「何本?」
「そーだなー……とりあえず六本だ」
「はいよー」
「やべ! こっちまだ固定が終わってねぇぞ! ロープだ、ロープ二本!」
珍しい夢だと思った。工事現場で男の人が作業してる……何を作ってるんだろう。作業中の現場近くで日向ぼっこする夢とか、意味わかんないなぁ……とりあえず、邪魔になってはいけないから起き上がるべきかな。
「…………え?」
目を開けたその瞬間、というより、起き上がろうと体を動かそうとしたその瞬間、鈴の全身に違和感が走る。動かせない、ワケではないが……動かしにくい。何故か。原因はすぐに、全身の感覚器官が教えてくれた。ロープで固定されているのだ。頭のてっぺんから足の先まで。植物と土の匂いがするから、寝そべっているのは多分草原で、正面に広がる青空と雲は、本物のような爽やかさだ。場所が屋外であることに間違いないのだが、試しに人差し指を動かしてみようとするだけで、関節ごとにロープが食い込む感触。
「どんな状況なの、コレ……」
溜め息まじりに自問自答すると、周囲から人の声が聞こえてきた。ざわざわと、何処かで事件が起きたかのように広がっていく騒ぎ。そちらを向いてみたいが、ロープで固定されていては頭を左右に振るのも叶わない。……と、思いつつも横を向けるようにと力をかけてみる。ダメ元だった。
「あ」
結論から言えば、鈴は左右の状況を確認することが出来た。鈴の首や肩周りを固定していたロープは驚くほど簡単に緩み、外れたのだ。しかしそんなアレコレは瞬く間にどうでも良くなり、鈴の脳内における思考の優先順位は一変する。
目に映った全てが、全ての人が、物が、鈴の知る「常識の範疇」を超えていた。どうりで、周囲から聞こえてきたにしては距離を感じるざわめきだった。鈴の距離感がおかしかったんじゃなく、そもそもの音量が小さかったのだ。突然声を発した鈴に驚いて霧散する「彼ら」の声が。
「巨人が起きたぞ! 逃げろー!」
「ダメだ! あのロープじゃ縛りが足りなかったんだ!」
「踏み潰されるぞ! 女子供を街から避難させろ!!」
状況把握に時間はかからなかった。つまり、アレだ。『ガリバー旅行記』みたいな夢を見てるんだ。絵本文化研究会に入って、読む本の童話率も上がったし、こだまの童話トークも結構聞いている。こういう類の夢を見ることがあっても、不思議なことは何一つない。もう一度目を閉じれば、きっと別の夢になる。もしくはそろそろ朝になって、目覚ましの音が聞こえてくるかもしれない。
それにしても巨人呼ばわりをされるなんて、自分の夢とは言え失礼な扱いだ。確かに鈴がここから起き上がって動き回ったら、「彼ら」――最大でも鈴の親指くらいのサイズの小人たち――の街はめちゃくちゃになってしまうだろうけど。このまま眠るから大丈夫だよ、と心の中で「彼ら」に告げながら眠るためのゆったりとした呼吸をし始めた鈴。
ところが、その睡眠導入はあえなく邪魔される。
「巨人が起き上がる前に、やっつけろ!」
「攻撃だ! 投石器を持ってこい!」
物騒な単語が聞こえ始め、それもこの状況なら仕方ないな、早く夢からさめないかな、と思いつつ、自然と瞼に力が入った。その直後のことだった。
ひゅんっ……コツン、コツンッ、
タタタタッ、チクチクッ、
「…………嘘でしょ」
夢だと信じたかった。信じさせていて欲しかった。瞼に込めた力が抜けて、少し滲んだ青空が正面に広がる。全身――と言っても、指先やふくらはぎ、腕の一部分だが――に点在してく痛み。それは、紛れもなく先ほどから騒いでいる小人たちが鈴に攻撃をしている証拠だった。
小さな子供だって知っている、夢か夢じゃないかを判断する方法に基づけば、おのずと答えが出る……、出てしまう。
痛みを感じるということは……とてつもなくリアルな夢、もしくは……現実。
「もう……痛いってば!」
石だか何だかがコツンコツンと当たるし、手足は針レベルの剣や槍でツンツンされるし、地味に痛いしくすぐったい。自分の置かれた状況を考えたいのに気が散って、鈴は思わず声をあげながら起き上がった。
「大変だ! 起きたぞ!」
「に、逃げろー!!」
蜘蛛の子を散らすように、小人たちが鈴から遠ざかっていく。全速力で逃げているのは明らかなのだが、簡単に一人二人捕まえられそうだと感じた。しかし、今の鈴にとって優先事項は小人を捕まえて事情を聞きだすことではなく、自分自身で得られる情報を整理することだった。起き上がったその体勢のまま、辺りをぐるりと見回してみる。
「綺麗……」
一帯を彩るチューリップと、風が運んでくる香り。てっきり草原だと思っていたが、所々に咲くチューリップがアクセントとして絶景ポイントを高めていた。そして、右手側の(目算でいうと)50メートル向こうには少し暗そうな森、左手側の10メートル向こうには小人たちの居住区らしきミニチュアの街が見える。
全速力で鈴から離れようとと走る小人たちは、きっと「巨人」である鈴が街に入っては大変なことになる、という危機感のもと、先制攻撃を仕掛けるしかなかったのだろう。
「そんなことしないのにな……」
呟きながら、立場が違ったらきっと鈴もそう言った攻撃行為に加担してしまう気がした。ところが次の瞬間、鈴の予想とは異なる展開が訪れた。
「いいか! この距離を保つことを最優先にするんだ!」
「おーっ!」
「我々の街を守れ!」
「おおーっ!」
小さな彼らは、再び鈴に向かって投石し始めたのである。コツンコツンという地味に鬱陶しい痛みの再来に、鈴は絶句しつつも対応に悩んだ。ちょっと手を伸ばして薙ぎ払ってしまうのは簡単だ。しかし、果たしてその反撃は今後に悪影響を与えないだろうか……いや、間違いなく与える。与えないワケがない。こちらに来て初めて遭遇した人々に、良くない心象を抱かせるのは得策ではないはずだ。
とは言え、考え事をし続けるには無視できない地味な痛み。(あくまで想像だが)やめて、などと訴えかけたところで「巨人が怒りの叫びをあげた」とかいう捉え方をされるのは目に見えている。とりあえず耳の穴に石が入らないよう、念のため両手で覆っておこうと思った、その時。
「総員! 直ちに攻撃を中止しろ!!」
これまでこの場にいなかった、新しい声が響き、地味な痛みがぱたりと止まった。
「彼女が無抵抗を貫いているのが、皆には見えないのか!!」
上の方(と言っても鈴の体感的には胸辺りの高さ)から場に通る声に、小人たちは静まり返って礼をした。
「も、申し訳ございません! マイア様!」
これまで指示を出していた小人の声が謝ったのとほぼ同時に、鈴は見つけた。
「驚かせてしまっただろう。仲間の非礼を許して欲しい」
ホバリングするツバメの上に、リボンの手綱を握る小人が一人。深々と礼をする彼もまた鈴の親指サイズであったが、なびく赤いマントと堂々とした姿勢から、辺りに緊張感を与えている。
「失礼、申し遅れた。私はマイア。向こうにある小人の国・シェランの王太子だ」
王太子と聞いて、彼だけがツバメに乗っていることも、彼の一声で投石が止まったことにも納得できた。
「マイア、王子……えっと、初めまして」
鈴とマイアの視線を合わせようと一生懸命ホバリングし続けるツバメの真下に、そっと掌を添える。マイアがツバメに何か囁き、直後にツバメは鈴の掌に着地した。
「ありがとう。キーヴィにとっても高度の維持はなかなかハードなんだ」
彼が乗っているツバメはキーヴィという名前らしい。鈴は極力ゆっくりと頭を下げて、お辞儀を返す。
「いえ。あの、私の方こそ、皆さんを驚かせてしまってすみません。……気付いたら、ココで寝てしまってて……その、信じてもらう方が無理な話ですが」
「君は何処から……いや、まずは名を聞きたい」
「名前は、えっと……」
言いよどむ鈴の前で、小首を傾げるマイア。
「もしかして、記憶が……?」
「いえ、そうじゃないんですけど……でも……」
躊躇ったのは、どう名乗るのが適切なのか判断できずにいるからだった。この光景が、この世界が鈴の妄想や明晰夢でないとするならば、可能性が高い選択肢は一つ。ここが、あの世界だということ。しかし、確信が持てないまま「その名前」を使うのもどうかと思った。




