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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第2章:Mechanical Heart
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不可解な反転(アップダウン)

「この時代に、自分は存在するべきじゃないって。そもそも、目覚めさせられた理由も分からないってね」

「目覚めさせられた(・・・・・)?」

「俺もマーリンに大体のことしか聞いてなかったけど、吸血鬼って不老不死だろ? でも伯爵サマは無駄に生き続けることを拒んだ。で、マーリンとお医者サマに頼んで、記録魔法で封印してもらったって話。地中深くの棺に入ってね。あの時代の一般人には勿論、キャメロットの円卓の騎士にさえ隠されてたんだ、この時代の人間がそんな伯爵サマの封印を解いて、起こすなんてあり得ないはずだったんだけどねぇ」


 情報が多くて頭が追いつかない。が、アリスの中で一つの確信が生まれた。


「伯爵の用事って……ジャックさんに、封印し直してもらうってこと……?」

「そう、正解。今度は絶対に情報が漏れないように、お弟子サマだけで封印作業して、誰も近付かないように管理し続けるってさ」


 不規則に揺れる車内。ゆっくりと俯き、きゅっと唇を噛む。握りこぶしの中では爪が掌に食い込んで、少し痛い。まただ。また、きちんとお礼を言えないまま、色々なことが片付いていく。「勇者」なんて肩書だけで、実際に役立ったかどうか、疑問だらけだ。


「私……何で呼ばれたんだろ……」


 フランケンに突きつけられたのと似たような疑問が、アリスの脳内に渦巻いていく。


「……有澤鈴()である意味は、あったのかな……」


 チェシャ猫の返答はなく、沈黙が流れる。

外部からの答えを求めているわけでもなく、アリスは自問自答しようと考えを巡らせていた。自分が「勇者アリス」として今回もこの世界にやって来た意味はあったのか、自分だから成し得たことはあったのか……。自分の中で出された結論は、「別に私じゃなくても良かったんじゃないか」というものだった。


「着いたよ」


 車が停まり、マーリンの隠居庵がフロントガラスの向こうに見えた。パッと降りるチェシャ猫に対し、アリスは座って俯いたまま。


「先、戻ってて」

「考えるなら部屋でもいいだろ」

「このまま、一人でゆっくり考えたいの」


 チェシャ猫を突き放したかったワケでもなく、単に自分の意志を率直に言っただけだった。(オズにも言われた通り)何の特性もない自分が勇者で良かったのか。目覚めるはずじゃなかった伯爵のこと、車内で見た夢のこともあわせて、ゆっくり考えたい……それだけだった。

 それゆえに、驚かされたのだ。大人しく車を降りたはずのチェシャ猫に、引っ張られて車から降ろされたことに。


「な、何!?」

「アリスちゃんって、本っ当に俺の話、聞いてないんだね」


 呆れではなく、その視線に混ざっているのは苛立ちだった。反論しようと口を開くが、チェシャ猫の方がコンマ数秒早く畳みかける。


「君の記憶力が可哀想なほど乏しいことは知ってたからいずれは忘れられるだろうなとは思ってたけどさぁ、ここまで早いとむしろ最初から聞いてなかったと考える方が自然だよねぇ? 第三者的視点で言えば、一切聞く耳を持たない君に対して不毛な提示を繰り返す俺が一番可哀想ってことになるのかなぁ」

「どうしてそうなるの!? 私、チェシャの話聞いてないなんて……!」

「聞いてたのかい? へぇ、それはそれは光栄だよ。だったら俺がシグナスで君に何て言ったか、思い出してみなよ。もしも覚えてたらの話だけどさ」

「シグナスで……?」


 これまでで一番イラつきながら挑発してくるチェシャ猫に戸惑いながら、アリスは必死に記憶の糸を手繰り寄せる。シグナスで、ということは、ハンプティに追い詰められたところで合流した、それ以降の話だ。確かに色々言われた。あの時はとにかくハンプティが恐ろしくて、頭の中がぐちゃぐちゃで……――



―「俺が全回復して起きるまで、待ってれば良かっただけの話じゃないか」

―「ホントに、世話の焼ける勇者サマだね……アリスちゃんは」

―「俺が一緒に考えないと、君は、君自身の優先順位ばっかりどんどん下げてくだろ?」

―「俺は、君がそうならないために居るんだ。分かった?」



 こちらの世界に来る前から、アリスは「考えること」が好きな人間だ。生じた疑問を解決するために調べものをすることも好きだ。しかし同時に、「考えることが趣味であり特技です」なんて、周りに言うことなどできなかった。共有されっこないと、分かりきっていたから。それに大抵、自分の脳内で完結させることが出来てしまうから。

 見上げてみると、チェシャ猫はまだ苛立ちを塗りたくったような顔をしていた。それでもアリスは、不思議な空気の柔らかさを感じる。心を縛っていたワイヤーがしゅるっとほどかれたようで、自然と口元が緩んだ。

 そう、基本的に彼は「勇者アリス」のお助けキャラなのだ。厳密に言えば、単純におちょくってるだけの瞬間もあるに違いないが、その言動の奥底にあるのはいつだって、アリスを支えようとする優しさ。


「…………ごめんね、チェシャ。ありがとう」


 チェシャ猫は何も答えずに、苛立ちの表情から疑いの表情に変化させてみせる。ここまで分かりやすく顔に出してくれるのも珍しいな、と思った。


「私ね、今回この世界に呼ばれたのが私じゃなくても、最終的に解決できたんじゃないかって思ったんだよね。たとえば私のクラスメイトでも、弟でも、フランケンの疑問を受け止めることはできたと思うし、オズの研究が行き過ぎたんだって結論になって、批判の対象にしたと思う」


 誰でも良かったのに、自分が巻き込まれた。その理由をじっくり考えて推測してみたいと思ったのだが……どうやら意見を求められなかったことが、気に食わなかったらしい。

 物凄く大きなため息をついてから、チェシャ猫はアリスをバカにするように言った。


「それって、君がフランケンに言ってたのと真逆の理論になってるけど、気付いてる?」

「……へ?」

「アリスちゃんじゃなくちゃ、クラウ・ソラス持ってないだろ」

「……あ」

「仮にアリスちゃん以外がフランケンに呼ばれたとして、オズの銃撃を防ぐ術はあったのか。伯爵サマは味方として動いてくれたのか。俺にはそんな疑問が浮かぶけど」


 バカにしている口調なのに、どうしてそんな真剣な眼をするんだろう。心臓が跳ね上がったのは、何に対する反応なのか。急にチェシャ猫を直視できなくなって、目線を下へと逸らす。そんなアリスを包むように、チェシャ猫は優しく抱き寄せた。


「アリスちゃんは、自分の優先順位と自己評価を下げ過ぎなんだよ。それって、君の嫌う『偏った思考』なんじゃないのかい?」

「そ、そんなの、わかんないよ……」


 徐々にうるさくなる心臓の鼓動。(多分とっくに)赤くなって(しまって)いる顔を見られるわけにもいかず、チェシャ猫の腕の中から動けない。


「他のメンバーがどうかは知らないけどさ、少なくとも俺は……、俺がココに居るのは、君が、この世界のアリスだから」


 ダメだ、ダメだ。ちゃんと考えた上での返事ができない。これ以上ドキドキしてはいけない。これ以上、一緒にいたいなんて思ってはいけない。帰るべき世界があるし、心配かけちゃいけない人たちがいる、のに……。ぎゅっと強まる腕の温かさが、思考を溶かしていくみたいで。


「頭弱いのにお人好しで、変なトコ強情で突っ走るクセに泣き虫でさ、勇者の肩書がここまで似合わないのも珍しいぐらいだ。……けど、そんな君だから……惹かれたんだ」


 熱くて溶けてぐるぐるしていた思考が、その緩やかな動きさえ止める。動いているのは心臓だけだと、錯覚するほど。

 今の言葉は何? ホント? ウソ? 真意? 冗談? 確かめたい。確かめなくちゃ。でもどうやって……そうだ、目を見て、表情を確認して……ちゃんと聞きたい。


「チェシャ……今の、一体どういう……」


 赤くなってる顔なんて、恥ずかしがっていられない。後悔するくらいなら、このくらいの勇気はふりしぼってやる。見上げた先にあるのが、真剣な表情であって欲しい。


「……やれやれ、君は一体どこまで頭が弱いんだい?」


 アリスの(ささ)やかな願望は、彼の跳ねる尻尾のようにくるりとひっくり返されていた。アリスにはもう、ワケがわからない。覚悟を決めて視線を向けた先に、出会ったその日と変わらないチェシャ猫の表情――こちらを小馬鹿にした半笑い――が、当然のように配置されていた。


「俺、いつの間にか君と違う言語使ってる? 今はちゃんと通じてるかい? 俺だって暇じゃないんだ、あんまり一つの会話に時間割ける余裕はないんだけど」

「…………離して」


 視界はどんどん歪んでいく。湖に突き落とされたみたいな、重たい水に肺を押しつぶされるみたいな、痛みと苦しみが、ざくざくと容赦なく刺してくる。

 振り回されたくないのに、何を期待したんだろう。人を茶化して弄ぶことが好きな性格だって、散々思い知らされてきた。だからこんな風にからかってきても、動じないでいたかった。帰るためのゲートを探しに行ってれば、こんな風に……!


「もうやめて、離してよ……チェシャの、バカ……」


 涙が止まらないのも、本当は悔しい。これでは心の底から認めてしまってるみたいだし、下手したら伝わってしまう。惹かれてしまったのは、こっちの方だと。随分前に、帰りたくない理由が出来てしまってるんだと。

 目元を袖で一回だけこすって、そのままチェシャ猫を後ろに突き飛ばそうと胸部を押す。ここできちんと一線を引かなければ……頭の何処かで冷静な自分がそう言った。

 ところが今度はその腕を掴まれて、先ほどよりも強く、抱きしめられてしまう。


「な……何で、は、離して……離してってば!!」

「ごめん、違うんだ……ごめん」

「いい加減にしてよ! 意味わかんないし分かりたくない!! いいから離して、」

「離さない」


 (かたく)ななチェシャ猫に、言葉を詰まらせる。今はどんな顔をしているのか、これもさっきみたいな演技の一部なのか。そうっと視線を上げようとすれば、「ごめん、動かないで」と、よりいっそう腕の強さが増した。

 いつもこんな感じだ。チェシャ猫の意地悪が軽減される時は、きまって顔が見えない。だから、真意が問えない。からかうための演技なのか、照れくさいほどの本音なのか。


「泣かせたかったんじゃないんだ……ごめん」


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