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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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噂のルーカン ―給仕長―

「――で、いいか?」

「え?」

「ウサギさんってのを呼べば、あとは嬢ちゃんを任せていいのか?」

「あ、はい。押して下さって本当にありがとうございます」

「いーってことよ! ただサボってるよりよっぽどワケあり感があるじゃねーか」

「あはは……」


 今までの話の流れからして、ルーカンという人物が「車椅子押してました!」でサボりを許してくれるとはとても思えないが、苦笑いだけして黙っておく。


「というか、ルーカンさんってどんな人なんですか? 円卓の騎士さんのリーダー、とか?」

「いんや、アイツの役職は給仕長。円卓の騎士と兼任でな。そりゃもう何でも器用にこなすんだぜ? 食事管理から広がってキャメロットの農作物管理、そっから物流管理に手ぇ出して……今じゃもう土木(どぼく)工事もアイツの担当になってんだ」

「それ、(すご)すぎませんか……」


 とても一人でこなす仕事じゃない。聞いただけで頭がパンクしそうになる。同時に、何故ガヴェインがルーカンに(怯えるほど)頭が上がらないのかも何となく理解できた。同じ円卓の騎士の立場にあると言えど、こなす仕事量が尋常ではない人の指示には従うしかなくなってしまうのだろう。


「まぁそんなワケで、アイツは時々俺らにお仕事をお裾分(すそわ)けしてくんだ、ほぼ一方的にだけどよ」

「それは……そうなるでしょうね……」


 ルーカンの抱える仕事量を知っていながらサボるガヴェインは相当マイペースな人間らしい。というよりそれ以前に、イメージ的には王宮での雑務より国のために最前線で戦う方が性に合ってそうだ。


「でも、少しは手伝ってあげた方がいいんじゃないでしょうか……あ、差し出がましいですけど」

「ん? んー……けど結局何やかんやで回ってっからなー……どーせ出来んだろ、的な!」


 マイペースと面倒くさがりを掛け合わせるとはこの人のことだ、とアリスは苦笑した。逆に言えば、こんな人を国のために戦わせて従わせるアーサー王の器量が(すさ)まじいということになる。「ちなみに、ルーカンさんからは何を頼まれてたんですか」と興味本位で(たず)ねてみると、ガヴェインは「えーっと、さぁて何だったか……」と車椅子を押す手を(ゆる)める。


「……ダメだ、さっぱり」

「王宮の西側、街外れ、先日河の増水で一部倒壊した橋、修繕(しゅうぜん)工事の進捗(しんちょく)状況把握、動員人数及び資材の過不足を報告」


 ガヴェインの足が止まり、車椅子も止まる。と同時に、場の空気が冷えていくのをアリスは背中越しに感じた。

 初めて聞く声は十中八九ルーカンという人物のものだろう。思っていたより高めの声にますます興味を引かれる。

 姿を確認したくて可能な限り振り向いてみるが、ガヴェインの大きな図体(ずうたい)がアリスの視界を8割方占めておりルーカンらしき人物が捉えられない。しかし、ふと視線を下に落とすと、そこにはガヴェインの大きな足ともう一つ、とてもとても小さな、ガヴェイン比30%ほどの靴が見えた。


「何してる」

「いや、その、ヘルシング卿に頼まれてよぉ……」

「僕の指示、先出た」

「けどほら、勇者の嬢ちゃんだぜ? ほっとくワケには」

「勇者? 重症の」

「そうなんだ! 地下にいるウサギに会いに行くってゆーのをな、エスコートしてんだ!」


 ガヴェインがだいぶあたふたしながら何とか弁解しているのは分かった。「それなら後で良い」と言ってもらえるようにこの場をやり過ごしたいのだろう。だが、アリスは未だ見えないルーカンの姿が気になって仕方ない。ガヴェインの言い訳によって追い払われる前にルーカンの足元以外を何とか見れないか、と色んな角度で背後の状況を把握しようとする。

 と、その妙な動きに向こうが気付いたのか、ガヴェインの背後から真横にぴょこっと飛び出して来てくれた。


「初対面。勇者?」

「えっ……うんっ!」


 そう返した直後、アリスの中に小さな違和感。目の前に現れたルーカンという子は聞いていた通りとても賢そうな顔立ちをしていて…………


「……こ、子供!?」

「もうすぐ十一。勇者、年上?」

「う、うん。そう、なるかな……」


 子供だった。無意識に「人物」ではなく「子」という単語を使ってしまうほどに、咄嗟にタメ口をきいてしまうほどに、その見た目は(絶対に口にできないが十一にすら見えないくらい)子供だった。

 背丈(せたけ)は言うまでもなく、くりっとした瞳と手足の小ささ、声変わりもしていない声の高さなどなど、どこをどう切り取って情報化しても間違いなく、食糧生産や流通・土木工事を統括(とうかつ)する人物像とは結びつかない。


「えっと……ルーカン君? さん?」

大差(たいさ)ない」


 どちらでも、という意味だろうか。さすがに十一歳の子供に「さん」付けするのは不自然かと思い、「君」付けにしようと決める。

 よく見れば彼の上着の第一ボタンにはガヴェインのピアスにあったものと同じ模様が刻まれており、円卓の騎士のシンボルなのだと察する。そしてそれはすなわち、目の前の少年が紛れもなく円卓の騎士の一員である証拠でもあった。


「勇者アリス、石碑そっくり」

「え?」

「ああ! それは俺も思ってたぜ! 保管室の石碑に描かれてるのと似てんなぁってよ」

「ガヴェイン、僕の指示、早く」

「だっ、だから俺はこっから嬢ちゃんを……」

「もう不要」


 そう言いながらルーカンは曲がり角を指す。そこを曲がれば地下への階段はもうすぐだ。


「けどほら、ウサギを呼ばねーと! な、嬢ちゃん!」

「あ、えっと……はい、出来れば」


 ガヴェインがあまりに食い下がるので、半ば押されるように肯定する。しかしルーカンは「それも不要」と言って、今度は曲がり角の方に顔を向けた。つられてそちらを見たアリスにも、「不要」である理由はすぐにわかった。


「声が聞こえたんだが……療養中ではなかったのか、アリス殿」

「マーチさん! 実はその……気分転換にお散歩でも、ってヴァンさんが」


 ウサギの耳を持っているからか、どうやら地下の書庫からアリスの声をキャッチしたらしい。マーチ・ヘアが角を曲がって現れた。ガヴェインの残念そうな溜め息が聞こえたが、そこはもう触れないでおく。


「ハートキングダム軍司、付き添い可能。ガヴェイン、作業現場行ける」

「へいへい、わーったよ」


 コツコツ歩いていくルーカンと、トボトボ付いていくガヴェイン。その光景は傍から見れば、興味のまま進んでいく子供と仕方なく折れる父親。

 ガヴェインほどの体格をもってすれば、(その気になればの話だが)拳一つで黙らせることだって出来そうなのに、実際の力関係はルーカンが常に断然上だという。不思議に思いながらアリスは二人を見送った。

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