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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第2章:Mechanical Heart
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想像上の存在意義 ―解答例―

「一つ思うのは、私にとって化け物はフランケンじゃなくて、貴方の方だってこと。私の世界にもたくさんいるんだよね、貴方みたいな自己中の化け物」


 元の世界のことを思い出しながら、アリスはオズに言い放つ。有澤鈴として生きる上で、なるべく関わらないでおきたい部類の人間――今、目の前にいるオズのような人間である。自分がすぐれていることが揺るがない事実だと思っていそうで、その価値観や目的によって他人を振り回している自覚がない。自覚があったとしても、別に良いんだと開き直ってそうなタイプだ。


「でもね、貴方を裁くのは私じゃない。エメラルドシティの住民であるべきだと思う。そのために、コレを持ってきたんだし」

「アリスちゃん、俺がやるよ」

「あ、うん」


 アリスが握りしめていた小瓶を受け取り、オズの頭近くにしゃがむチェシャ猫。「何粒ぐらい飲めばいいんだか」と小首を傾げながら、オズの顎を抑えつけ、中にあった錠剤を半分ほど彼の口に流し込んだ。

 拘束された状態での抵抗などたかが知れており、十数秒後にはオズの喉がごくんと動く。そして、錠剤は予想通りの効果を発揮した。ただしその身体に起きる変化はかなりの痛みを伴っているらしく、腹の奥底から響くような悲痛な叫びをあげるオズ。そんな彼を憐れに思ったのか、クラウ・ソラスの『(ヴェール)』が解けた瞬間に、伯爵が急速吸血によって失神させた。


「どうやら……彼の身体は、既に細胞から変異してしまっているようだ」

「ある意味、研究と実験の賜物ってヤツだねぇ」


 意識を失って横たわるオズを見下ろしながら、アリスは自分の頬に当たる風をやたらと冷たく感じていた。この人に同情できないのは、自分の心が狭いだけなのかもしれない。「永遠の命が欲しい」なんて、現代の日本でだってそこら中に転がってるありきたりな欲望なのに。



  ***



「ジャックさん! フランケンの状態は!?」

「嬢ちゃん! そっちは?」

「何とか無効化はしました」


 伯爵にオズの拘束を任せ、避難させていたフランケンの元へと戻ってきたアリスとチェシャ猫。激しい損傷を負ったフランケンの前に膝立ちし、アリスは話しかける。


「フランケン、私、オズと話してきた。けど、貴方が求めるちゃんとした答えは、もらえなかった……ごめんなさい」

「アリス……俺は、何のために、作られた……」

「……これは私の想像だから、正確な答えじゃないけど、それでも良ければ聞いて。オズが貴方に求めてたのは、第二の肉体としての役割。でも、貴方を自分に近付けようとして思考する機能を付けたら、オズとは違う、フランケンオリジナルの人格が出来た」

「父の言う、余計な思考力か……」

「余計ではないわ」


 咄嗟に口を挟んだのは、エリーザだった。アリスの隣に座り込み、フランケンを見つめる。


「貴方が貴方として考え、行動してくれたから、私はここに居るんですもの。他の誰が貴方を忌み嫌おうと、私はフランケンに感謝しています」

「エリーザ……」


 語り口調も相まって、エリーザの主張は常に正しく透き通って聞こえる。こんな風に、正面からきちんと答えることができたなら、どれほど気が楽になるだろう。

 フランケンは、自分が何故作られて、何故壊されそうになり、何故助けられたのか、きっと全ての情報処理が追いついておらず、理解が出来ていないのだ。見た目は大きいが精神的にはとても幼い彼に、存在意義だなんて哲学的な話、ましてアリス自身も答えを持っていない問いだというのに、語れるのか。


「あのね、フランケン」


 おもむろに口を開いたアリスは、そのまま深呼吸をした。そうだ、わからない。わからないのであれば、今自分が分かっているところまで、知っている範囲で、話すしかない。


「私のいた世界にも、たくさんの物語があって……たくさんの登場人物が、フランケンと同じように悩んで、答えを探してる。でもその質問に対する答えは、考えた人の数だけあるんだよね。だから……何百通りも何千通りもある答えから、フランケンの欲しい答えを見つけるのは、難しい」

「どうすれば、分かる?」

「何のために生まれたか、よりも、自分が生まれてこの場所にいるから、この結果になった……とか、私はそう考えるようにしてる。だって、生まれた瞬間には未来のこと、何にも決まってないんだよ? それなのにさ、いつどこでどうなるために生まれてきたんだ、なんて、分かりっこないでしょ?」


 フランケンの問い返しが止まり、アリスは続けた。


「少なくとも、フランケンがいたからシグナスの呪いは解けた。さっきエリーザが言ってたじゃない、後ろ向きになってた気持ちを、変えてくれたって」

「ええ、私にとって……いいえ、このシグナス王国にとって、貴方は恩人なのよ」


 ボロボロになった皮膚繊維から金属骨格が垣間見えるフランケンの手に、エリーザの白い手が重ねられる。


「私と一緒にいてくれて、本当にありがとう、フランケン。心から、心の底から感謝しているわ」


 シグナスの国全体を覆っていた灰色の雲が、強めの風によって流れてゆく。重苦しい風景を絵筆で払うように、日の光が辺りを飾り始めた。


「貴方さえ良ければ、シグナスに居てちょうだい。お父様やお母様は、私がきっと説得するわ」

「……俺は、ここに居て、良い、の、か……」

「もちろんよ」


 エリーザの目尻には光る物があり、微笑みもどこか儚げに見える。向かい合うフランケンに、その表情はきちんと見えているのか、アリスには知るすべもない。


「余計な、思考、など、無い……俺、は……居て、良い……生命……」


 幼子のように学習したことを反復してから、フランケンは重たげな首を上げ、シグナス王国全体に降り注ぐ陽光を、その瞳に受け入れた。


「エリーザ、アリス……あり、がとう……」


 アリスは見逃さなかった。フランケンはその瞬間、僅かだが確かに口角を上げていた。紛れもなく、喜びを伝えるための表情。しかしそれはほんの一瞬で、彼の瞳はそのまま細められていき……スッと閉じられた。


「……フランケン? どうしたの? 眠って、いるの?」

「分からない……。そもそも、フランケンって睡眠が必要なの? オズの屋敷で読んだ資料じゃ、食事は要らないって書いてあったけど……」


 オロオロするエリーザとアリスに対して、ジャックとチェシャ猫は冷静にフランケンの様子を見た。


「食事が要らないなら、フランケンが動くためのエネルギーは何処から捻出されてるんだい?」

「えっと……雷が落ちて、その直後に起きたって……あ! 電気!」

「つまり、充電がなくなっちまったってことか? まぁ見た感じ、損傷がひでぇのはほとんど表皮だ。骨格や感覚器官に致命的な(モン)はなさそうだぜ」

「じゃあ大臣サマの研究所に連れて帰れば、発電設備があるんじゃないのかなぁ?」

「待って。私が読んだ資料じゃ、設備でできる発電量じゃ起動まで出来なくて……偶然落ちた大きな雷が、フランケンがちゃんと起動したキッカケだったって」

「ああ、なるほどねぇ……大臣サマの用意できるエネルギーじゃ足りなかったってワケか」


 オズの執着からフランケンを引きはがしたところで、フランケンに関する資料と設備はオズの元にしかない……そんなもどかしさが、場にいる全員を沈黙させる。だが数秒後、エリーザがすくっと立ち上がった。


「私が預かります。預からせてください」

「でもエリーザ、フランケンを起こすには……」

「疲れているのに、無理に起こすのは可哀想だもの。それに……いくらもう一度起きて欲しいからって、私は、フランケンをあの恐ろしい父君の所へ返すのは、怖いわ」


 オズだけではない。オズを崇拝してきたエメラルドシティの民衆も、無抵抗な怪物フランケン・シュタインを見れば、今が好機だと言わんばかりに攻撃をしかけ、破壊しようとしてくるに違いない。これほど穏やかな寝顔を見せているのに。


「……分かった。フランケンはこのままシグナスに」

「いいのかい? 君が元の世界に帰る唯一のヒントじゃないか」

「うん……フランケンは私に『教えてくれ』って言った。だから私は、私が答えられるだけのことを答えた、その上でフランケンが眠ったんなら、きっと、私が答えるべき質問はもう無いってことだと思う」

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