(情なき)赤い革靴
みるみる遠くなっていくカーレンの姿を呆然と眺めていたアリスは、ハッと気付く。
「もしかしてこの車、パーツごとに創造されてるんですか?」
「おう! その方が、こういう時に対応しやすいんじゃねぇかと思ってな。ついでに、もし俺があんな風にこの車から離れても、動かすことはできるぜ。自動運転にしたのはそのためだ。嬢ちゃんが行きたい場所をイメージすれば、そっちに進んでくからな」
「そんな、縁起でもないこと言わないでください。分断されるのなんて、」
不安げに返すアリスは、ふと袖を引っ張られているのに気付いて振り向く。あと少しでセーターを編み終わりそうだった彼女が、後ろを向きながらアリスの袖を引いていたのだ。
「どうしたの? 一体……」
荒い運転の中で編み物を続けていたせいで気分が悪くなったのか、そんな予想をしつつ後ろを確認したアリスは、目を見開いた。
「ジャックさん……アレって、」
「何だ……あの数」
いつかテレビで見たことのある、イナゴの大群に近いと思った。森の中をぴょんぴょんと飛びながら迫ってくる、無数の何か。決して車のスピードは遅くない。アリスの世界に置き換えると、高速道路じゃなきゃスピード違反になる程度の時速は出ている。それなのに、徐々に距離が縮められているのは何故なのか。そして、迫るそれらは何なのか。
「……赤い革靴」
「え?」
「そういうことか……あの乱暴なお嬢ちゃんは、生粋の殺し屋だ」
「カーレンが!? えっ、てゆーかアレ、カーレンなんですか!? さっき確かに荷台ごと、」
「本物の人間は一人だけ。あとは全部、同じ姿をした殺戮ロボットだ」
「ロボット!?」
「大方、あのお嬢ちゃんをモデルにしてオズが大量生産したんだろーぜ。つまりアレは、相当ハイスペックな奇襲部隊ってことだ」
ハンドルに手をかざし、車のスピードを上げるジャック。だが、追手(ロボットの大群)は引き離されることなく付いてくる。信じられない、と零すアリスに対し、ジャックは予想が出来ていたようだった。
「あの無表情なお嬢ちゃん、赤い革靴履いてたろ」
「えっ、と……そう、ですね……綺麗なショートブーツでした」
「アレが脚力を上げるアイテムだ。つーか、足首から下が丸ごと機械なんだろーぜ。つまり……完全に追っ払うには、誰かが引き受けなくちゃいけねぇ」
最後の一言からジャックの意向を察し、アリスは咄嗟に彼の腕を掴む。
「ダメです、ジャックさん。私、その案には賛成できません」
「小屋の前にフランケンが残ったのと同じ理由だろ? あの最先端ロボット軍が狙ってんのは、魔力保持者だ」
「でも、」
「大丈夫だって、信じてくんねーか?」
ぽんっと頭に乗せられたジャックの掌。全然系統の違う顔のはずなのに、その微笑みはマーリンの穏やかさを思い出させるもので、アリスは言葉を返せなくなってしまう。
「嬢ちゃん、俺はアンタを守りたい。無事に元の世界に帰してやりたいし、俺が叶えられることなら何だって手伝いたい」
「ジャックさん……」
「そんぐらい大事なんだ」
「どうして、ですか? 私には、そこまでしてもらう理由なんて、」
「まぁその辺は、全部落ち着いたら話すからよ。とりあえず赤い革靴の相手は、この大魔法使いジャック・ビーンズに任せといてくれ」
今度はニカッと明るい笑みを見せ、ジャックは自分の腕を掴むアリスの手を優しくほどいた。
「いざ転移させん、この身を置いて」
「待っ……」
アリスの言葉は途切れ、車が走っていた道にはジャックが一人、残される形となった。
「潔いね」
初めに追い付いたカーレン――もとい、彼女を模したロボット――が、斧を振り下ろしながら言う。その斧はかわされるが、後から後からやって来るカーレンが、同じようにジャックへの攻撃を絶やさない。
「避けるのは悪あがき?」
「時間稼ぎ?」
「無駄だよ」
「残りの私が追いかける」
「一人じゃ手に負えないよ」
「向こうまでカバー出来ない」
「貴方はオズ様のものになる」
「アリスは処刑される」
「意味ないよ」
「全部意味ない」
「抵抗しても怪我するだけだよ」
数十体のロボットを相手に、降りかかってくる斧の攻撃を全てかわしながら、ジャックは考える。確かに、圧倒的劣勢であることは間違いない。が、相手はロボット。壊したところで誰も傷つかないし、血を流すことだってない。たった一人の本物を見破ることさえできれば……
「っと、その前に、だ」
ジャックは斧を避けたついでに、地面に手をついた。だがそれは決してよろめいたのではなく、ある魔法を発動するため。
「ノザンで生きる強い木々よ、俺達を囲う要塞とならん!」
次の瞬間、森の至る所で枝が生きているようにうねり、しなり、森の外へ出ようとする一部のロボットを容赦なく弾き返した。
「何コレ」
「木のクセに」
「変なの」
「出れない」
「通さねぇよ。アンタの目的は俺の捕獲なんだろ?」
ジャックは不敵な笑みを見せ、自分を取り囲むカーレンを挑発した。
「競争しようぜ、赤い革靴。アンタとアンタのコピーロボットが俺を捕まえんのが先か、俺がアンタの本体を見つけてぶっ飛ばすのが先か」
無表情の棒立ちでジャックを囲むロボット達が、一体ずつその口元に孤を描いていき、同じ順に両手の斧を構え直していく。
「……いいよ」
「……ちょっと面白そう」
「……無意味な勝負だと思う」
「……魔力には限りがあるもの」
「……それをいたぶる理由ができた」
4体のカーレンが地を蹴り、ジャックに迫ってきた。
「まずはどこから落とされたい?」
前から迫る斧は首、右から迫る斧は胸、左から迫る斧は腰、後ろから迫る斧は膝を切り落とす軌道をそれぞれ描く。
「縛り上げん、四方の斧」
ジャックの手の中で豆粒が光り、4人のカーレンの動きが止まる。
「どこも落とされたくねぇに決まってんだろ」




