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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第2章:Mechanical Heart
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後付けの魔力 ―吸血鬼の怒り―

「さて、お前も大人しくしていてもらおうか」


 パイパーの左手の甲が光り、細いビームのようなものが放たれた直後、ホバリングをしていた伯爵が磁石で吸いつけられるかのように地面へと引っ張られ、ビタンッとうつ伏せに倒れた。


「伯爵!?」

「こ、れは……まさか、」


 かろうじて半身を起こしながら、伯爵はパイパーに目を向ける。


「吸血鬼、あまり我々を見くびるな。実験材料である貴様をより有効活用するために、オズ様は既に貴様の力を弱体化させる薬品を生成し、俺に与えてくださっている」

「弱体化って、ヴァンさんが作ってた薬……!」

「もっとも、オリジナルの軟弱な効能とは比べ物にならない、貴様の力を支配し、コントロールするための薬品だがな」

「くっ……」


 力の限り抵抗して片膝をつく体勢まで戻る伯爵に、パイパーは再び同じビームを当てた。


「無駄な足掻きは命を縮めるぞ」


 悲鳴こそあげなかったものの、伯爵の感じる痛みや苦しみ、もしくはそれ以上の怒りが、空気の震えとしてアリスにも伝わってくるようだった。これ以上の攻撃を受ける前にクラウ・ソラスで『(ウォール)』を展開すべきだと考えたアリスだったが、「待て」と伯爵の声が聞こえ、振り向く。室内に残されていた眷属(けんぞく)のコウモリから、伯爵が通信しているようだった。


―「彼らは今、こちらに対しほど良い優越感を抱いている。私とフランケンで時間を稼ぐ。ジャック君と離脱の策を練ってくれ」

「わ、分かりました!」


 迷ってなどいられなかった。アリスは素早く少女が今まで編んだ二十枚ほどのセーターをまとめて抱え、一階へ駆け降りる。彼女も危機的状況だということを把握したのか、ふらつきながらも編みかけのセーターとかぎ針を持ってアリスの後に続いた。

 その間、伯爵は荒い呼吸をしながらもパイパーに語りかける。


「恐れ入ったね……君達の傍には、私の眷属が見張りで付いていたはずなんだが」

「ふん、所詮は音波感知にのみ()けた小さな獣だ。我らがオズ様の技術をもってすれば、疑似音波によって容易に欺ける」

「なるほど。私が眠っていた三百年の間に、君達は大層な進化を遂げてしまったらしい。その副産物が……ここにいるフランケンのようだが」

「黙れ」


 今度はパイパーの左手の平が藍色の光を発し、直後、伯爵の目の前にピンを抜かれた状態の手榴弾が現れた。反射的に右手でそれを跳ね除けた伯爵だったが、爆発によって人中指と薬指が失われ、鮮血が飛び散る。


「これは……革新の系統、創造魔法か……?」

「いいや、初めからそこに物質が存在していたことにする、記録魔法だ」


 伯爵の指が飛んだのを見て、より優位性を感じたパイパーは、「くくっ」と笑う。


「貴様が眠らされていた棺には、オズ様も心底感動なさっていた。魔力を持たない一般人でも、これほどの効果を持つ記録魔法の陣が扱えるようになる技術……なんと素晴らしい」

「棺?」


 問い返すフランケンの横で、伯爵はいよいよその怒りの限界を迎え始め、ワナワナと拳を震えさせる。


「盗んだのか……我が親友であるヴァンが、命を懸けた研究を……全て」

「言葉を選んで発言をしろ。死んだ研究者の後を継いで活用するのが、今を生きる研究者の務めだと、オズ様はお考えだ。それに……血を吸う化物の分際で、何が『親友』だ。貴様にそう思われてしまった人間が、(みじ)めでならないな」


 伯爵は静かに、だが怒りと憎しみのこもった瞳でパイパーを睨みつける。そんな視線など気にもかけず、パイパーは右手を挙げた。と、小屋を囲んでいる軍人の持つ銃口、戦車の砲口の全てが、伯爵とフランケンに向けられる。


「もう一度言う、最後のチャンスだ。降伏しろ、貴様ら」

「…………悪いが、お断りだ」


 伯爵が答えたのとほぼ同時に、バンッと小屋の扉が勢いよく開く。


「クラウ・ソラス!!」

「撃てぇぇぇぇぇ!!!」


 アリスの叫びとパイパーの号令がぶつかり、全ての銃撃・砲撃は、虹色の輝きを放つ半透明の『(ウォール)』に阻まれた。


「伯爵! フランケン!」

「私は心配ないよ、この程度すぐ再生する」

「俺も、問題ない」


 フランケンは爆発を起こしたことこそあれ、受けたことはなかったため、衝撃に(ひる)んだという。被害は、服の一部が燃え破れてしまったぐらいだった。そうと知っても心配そうなアリスに、フランケンは言った。


「頼みがある、聞いて欲しい」

「私に?」

「ああ。彼女を連れて、ここを離れてくれ」


 アリスだけでなく伯爵も、目を見開いた。


「この軍隊は、俺の捕縛あるいは破壊を目的として派遣されている。つまり、俺がお前や彼女に同行しては、危険性を高めるだけだ」

「そう、かもしれないけど……」

「だったら私が共に残ろう」

「えっ!?」

「フランケンを守りたいと言っていただろう? 援護のためにと思ったが、どうかな?」

「な、何言ってるんですか! パイパーの義手には、オズが作った伯爵の弱体化の薬品があるし、さっきもよく分からない魔法使ったし……とにかく、絶対に不利です!」

「いいや、むしろここしかないんだ。アリス嬢、私はね、君が思うほど寛容ではないんだ。いささかあの軍人は気に入らなくてね」


 いつもより力強い物言いをする伯爵。

 本当は充分な時間を取って、誰をどう配置するか、パイパー率いる軍隊をどう退けさせるかを考えたいが、アリスにはクラウ・ソラスの『(ウォール)』にタイムリミットがあることも分かっている。ただ、即決するしかない状況になってしまったことを悔やんでも始まらない。


「……分かりました」


 伯爵がパイパーのことを「気に入らない」と言った理由にも察しはついている。単にいつでも考えを尊重するだけでなく、譲れないところは絶対に譲らない姿勢を見せられてしまうと、どうにも却下できない。

 一呼吸おいてから、アリスは覚悟を決めて伯爵を見上げ、左手を伸ばした。


「その代わり、絶対に負けないって約束して欲しいです。そのために出来る援助はします。私の血、吸ってください」


 彼が目を見開いたのは一瞬で、真直ぐに伸ばされた手を、愛おしそうに握り、手の甲にキスを落とした。自分に譲れないものがあるように、アリスにも譲れないものがある……痛いほど分かっていた。


「我が始祖カーミラに誓おう……必ず君を笑顔にすると」


 アリスの左手首、うっすらと青紫に見える複数の筋に、伯爵の白い牙が立てられる。注射よりもやや強い痛みと、熱が逃げていく感覚に耐えようと目を瞑るアリス。その血の効果はすぐに表れ、爆発で飛んだはずの伯爵の指は、キレイに元通りとなった。

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