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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第2章:Mechanical Heart
145/257

(運命の)目覚めた朝

  ***


 白衣のまま書斎で仮眠を取っていたオズは、ふと目を覚ました。ポケットから取り出した時計が示しているのは、午前4時。窓の外に目をやり、沈みかけている月に向けて、溜め息を一つ。

 目を覚まさせたのは、自分の内側で常にざわつくどす黒いものが蠢いている感覚。体外から取り入れられた毒のような気もするし、体内から生まれ出た自分の一部のような気もする。もう少し仮眠を取り続けることも出来るが、再びこの(うごめ)きに起こされてもストレスになる。オズは仕方なく内ポケットからピルケースを取り出し、一粒口に含んだ。


「オズ様、今ちょっといいですか?」

「何だ?」

「例のアレ、対処完了しましたよ。やっぱりボク、世界一優秀な隠密だと思いません?」

「でなければお前はここにはいない」


 オズの返答にくつくつと笑うのは、一仕事終えて報告に来たハンプティ・ダンプティ。「あと、コレもどうぞ」とコップ一杯の水を差し出した。


「気が利くじゃないか、珍しい」

「じゃなきゃ隠密なんてやってられませんって」


 水を飲み干しコップを返してから、オズは再び時計を見る。アリスがノザンへ出立してから、20時間しか経っていない。こちらが待機すべきはあと52時間。


「そーだ、オズ様。森の方はどうします?」

「捨て置け。あの勇者が言っていたようにマーリンの力が枯渇しているのであれば、最早用はない。仮に虚偽だったとしても……こちらには材料が揃っている」

「ああ、吸血鬼から採取した細胞、使えそうなんですか?」

「使えると分かった時点でお前に使ってやってもいい」

「それはイヤだなぁ。あ、パイパーの腕で試すのがいいと思いますよ。アイツだったら喜んでオズ様に腕の一本や二本……って、生身の腕は一本しかなかったか」

「パイパーに殺されるぞ」

「ご心配なく」


 オズの側近という立場上お互いに大人しくしてはいるが、ハンプティにしてみれば、ペーター・パイパーなどいつでも手にかけられるという口振りだった。


「ところで、どうしてノザンへの出兵、ストップかけたんです? 別に勇者御一行と日取りズラさなくたって良かったんじゃ、って思うのは、ボクの頭がまだまだオズ様の領域に程遠いってことで?」

「私はリスクを好まない。派遣した軍に僅かでも被害が出れば、その被害者の頭の片隅に、私の体制への反感が芽生える。歴史書を見れば明らかだ、小さかろうが無視はできまい」

「なるほどねぇ……ボクはてっきり、オズ様がフランケンに猶予をお与えになっているのかと」

「下らない妄想が過ぎるな」


 鼻で笑うオズだったが、眼光の鋭さを察知したハンプティはそれ以上続けるのを控えた。それでも、彼の中で確かなものとなっているアリスとオズの共通点……自分の内なる本能すら、考えないと分からない、という性質に基づくと、「ある結論」が導き出される。

 ハンプティは、それをいつ叩きつけてみようかと思案していた。アリスは思考を崩壊させて泣いて否定していた。オズはどんな反応を見せるのだろう。どのタイミングならば、突きつけた報酬としてとっておきの嫌悪を自分に向けてくれるのだろう。楽しみでもあるが、若干の恐怖もある。無意識に経つ鳥肌が、ハンプティの複雑な興奮を示していた。


「まぁ、そういうことにしておきます。ボクとしては、この手でアリスをいたぶれれば、それ以上のご褒美はないんでね」

「あまりあの娘に固執しない方が良い。周りが厄介だ」

「ごもっともです。けどまぁ、だからこそ余計にそそられるんですよ」


 退室しようとするハンプティに、オズは「待て」と一言。


「パイパーにも伝えろ、2時間後だと」

「了解です」



  ***



 高い高い壁の向こうから、一人の女の子がやってきた。十代前半ぐらいの見た目だったように思う。スッキリとしたボブショートの金髪に、穏やかなライトブルーの瞳をしていて、壁の内側では見られない黒い正装に身を包んでいた。あどけなさを感じさせる見た目とは裏腹に、彼女は父王と貿易の話をしに来たと言い、城の応接間に通された。

 それが、悪夢の始まりだった。

 黒服の少女が持つ銀色の懐中時計から、七色の光が溢れ出す。虹を思わせる美しさでありながら、その正体は災いの光だった。近くにいる者から順々に、災いの光の餌食になってゆく。城全体が混乱に包まれる中、光から逃げなくてはと、兄達の導くままにひた走る。「お前だけは守るからね」と優しく微笑んだ兄達に、隠し通路へと押し込まれた。壁を叩いても、兄達は決して開けてくれなかった。

 やがて聞こえてきた足音……妙に落ち着いた足音と、黒服の少女の声。


―「壁の外に出たがってたよね? それを、叶えてあげに来たんだよ」


 それきり、兄達の声はおろか、息遣いすら聞こえなくなり、絶望的状況になってしまったのだと悟る。

黒服の少女は、おとぎ話の魔女のように高らかに笑うことはなかった。ただ静かに、幼子への語り掛けのように、言葉を零した。


―「残念でした」


 必死に声を殺しながら、隠し通路の中で一人、涙を流すことしかできなかった。


  ***



 久々の温もりを感じ、そっと目を開けた。いつもの転寝とは違う。手の中に、膝の上に、何もない。


「おはよう」


 違和感の正体は、眠っている自分の体勢だった。横たわっている、何故。そして、自分に挨拶をしたこの女の子は誰なのか。


「気分は良くなった? 半日くらい眠ってたけど」


 混乱のあまり慌てて起き上がる。自分には、眠っている暇などない。あと一枚、あと一枚を早く編み上げなければ……!


「落ち着いて、大丈夫。貴女の大切なものは、ここにあるから」


 水色のワンピースを着た黒髪の女の子は、自分と同い年くらいだった。彼女の指差した先、ベッド脇のテーブルの上に、今まで編んだセーターと、網かけの最後の一枚、かぎ針、残りの糸。


「私はアリス、宜しくね。貴女は、その……理由があって喋れないんじゃないかって、思ってるから、名前とか聞かないでおくね」


 この女の子は、どこまで知っているのだろう。または、何も知らずに想像だけで受け入れているのだろうか。困惑していると、どこからかとてもいい香りが漂ってきた。


「あ、ちょっと待っててね。編み物してもいいけど、だるかったら無理に動かないで」


 いつの間にか自分は、小屋の二階にある部屋に移されて寝かされていたらしい。アリスと名乗った彼女が階段を駆け下りていく音と、下の階から数名の男の声がした。


「ジャックさん、彼女起きました。ちょっとだけスープもらっていいですか?」

「おう、用意して持ってくから、嬢ちゃんは傍にいてやんな」

「はい」

「アリス嬢も一緒に食べるといい。食事は誰かと共にする方が心安らぐだろう」

「そうですね、お腹すきましたし……そうします」

「我々は出立の準備を始めておくよ。フランケン、君の手も借りたいんだが、いいかな?」

「了解だ」

「ありがとうございます、伯爵。フランケンも、宜しくね」

「……彼女を頼む」


 散々話しかけてきたあの怪物は、とても流暢に話せるようになっていた。出立の準備とは、どういうことだろうか。思案してから、ハッとする。自分には関係ないことだ。とにかくあと一枚、早く編み終わることさえできればいい。

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