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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第2章:Mechanical Heart
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初対話 ―怪物の問いかけ―

  ***



 ゆさゆさと振動を感じ、少女は瞼を開けた。編み物の途中で眠ってしまっていたらしい。これが最後の一枚だから、終わりまであともう少し。しかしそれを把握しているのは少女だけであり、たった今彼女を眠りから目覚めさせた同居人――体長3メートルを超える人の形をした怪物――も、彼女が何のために編み物を続けているのか知る由もなかった。


「あと何枚編むんだ?」


 揺り椅子から立ち上がって身体を伸ばす彼女に、怪物が問う。が、彼女はまるで聞こえなかったかのように見向きもせず、また揺り椅子に腰かけて編み物を再開し始めた。


「同じ物ばかり、飽きないのか?」


 飽きる・飽きないの問題ではないのだ。この編み物は少女の義務であり、小屋にこもっている最大の理由でもある。けれど怪物は、それを知らない。もう一ヶ月も少女の小屋に居候しているが、未だに会話をしたことがなかったのだ。何を問いかけても、少女は口を開かなかった。それこそ、怪物が突然押しかけて来た日でさえも。だが、怪物は気に留めていなかった。


「終わったら聞かせてくれ。その作業がどれほど有用なのか」


 怪物が押しかけたあの日、少女は目玉を落としそうなほどの驚きを顕わにしたものの、悲鳴一つあげずに編み物を再開させた。もちろん、怪物も最初は意地でも話をさせるつもりだったが、髪を引っ張っても首を絞めても編み物を取り上げても、彼女はその視線に何らかの感情を込めて見つめてくるばかりで、音声としての感情表明をすることはなかった。

 やがて、怪物はただ少女と空間を共にするだけに留まるという、当たり障りのない身の振り方を覚えた。街から持ってきた上着を羽織ったり、何も食べようとしない少女の傍らにパンを置いたり、暇つぶしの本を読んだりすることで、静かな小屋で時間を費やしていた。そんな日々の中でふと、怪物は思惟した。自分は何のためにこの場所に居るのだろう、と。どうして生まれ、この場所に辿り着いたのか、と。だが結論から言えば、怪物の中に答えは無かった。少女ならば答えを持っているかもしれないが、彼女は話をしないし、字も書かない。

 更にもう一つ、街に出るようになって得た疑問がある。街の人間と彼女とでは、怪物に対する反応が異なっていた。悲鳴をあげたり涙を流したり罵声を浴びせたりする行為は、「恐怖」によるものだと知った。が、彼女が怪物に向ける視線の示す感情を、怪物は掴み取れなかった。

 だからこそ彼は、威嚇して追い払わずに出迎えることにした。珍しい乗り物に乗ってやって来る、三名の客人を。


 小屋の入口で出迎えるように直立している大男を見て、アリスは息を呑んだ。エメラルドシティで会った時、フランケンは真っ先にジャックを払い飛ばし、アリスに「来イ」と命令してきたのだ。何をされるか分からない。でも、何もされないかも知れない。


「アイツ、何してんだ?」

「どうやら、かなり前から我々の来訪に気付いていたようだ。視力も聴力も良いらしい。この会話も、聞かれていると考えるべきだろうね」

「嬢ちゃん、ここらで車止めるか?」

「見晴らしのいい荒野に停めておくのはちょっと心配です。あっちに林があるみたいですが……」


 アリスの指差した方向には、針葉樹林があった。小屋の西側に広がっている。あの辺りだけ地質が異なっているようだった。


「んじゃ、コレは向こうの林ん中に停めとくぜ」

「私、先に降ります」

「なっ、何言ってんだよ! 一撃でぶっ飛ばされるかも知んねーのに、」

「そうするつもりなら、きっともうぶっ飛ばされてるはずです」

「あちらの警戒心もゼロではない。それを払拭することのみ優先するのなら、アリス嬢単独が望ましいが……私も反対だ。案ずるなジャック君、私が一緒に先行しよう」

「でも伯爵、」

「アリス嬢、一度深呼吸をしてはどうかな」


 反論しようとしたアリスを抑え込むような、伯爵の視線。諭すような口調でありながらも、譲れないところは決して譲ろうとしない雰囲気が感じられる。ゆっくりと吸い込んだ空気は冬独特の冷たさを含んでいて、緊張で速まっていたアリスの脈を落ち着かせていく。

 そうだ、焦ってもしょうがない。もっと冷静に、色んな展開を考えながら、色んな選択肢を見つけながら進まないと。前回この世界に飛ばされて来た時とは違う。フランケンに会ったからと言って、それが本当に「アリスが転移してきた意味」なのかどうか、分からない。


「……お願いします」

「了解だ。ジャック君も、車を停めたらすぐ小屋の方へ。折角の作品だ、壊されないよう人目につきづらい場所に置いておくといい」

「ああ。何なら迷彩柄のガレージだって生成するぜ」


 ジャックの冗談に、伯爵も微笑を浮かべて「名案だ」と返した。



  ***



「何故ここへ来た」


 真正面から歩いてやって来たアリスと伯爵に対し、フランケンが発したのは、たった一つの問いかけ。背の高い伯爵の二倍近くあるフランケンを前に、アリスは震える両手を拳にして答えた。


「話がしたいの。質問がたくさんある」

「父の指示か」

「それは表向き。オズの指示がなくたって、私は自分の意志で貴方に会いに来ていたと思う」


 象のような肌から覗く青黒い瞳が、アリスを審査するように見つめる。縫合痕だらけの顔はフランケンが人造人間であることを物語っているようだった。


「お前が偽っていないことは分かった。が、コイツは何だ」

「私の付き添い。ドラキュラ伯爵」

「初めまして、フランケン・シュタイン君」


 伯爵はにこやかに挨拶し、手を差し出したが、フランケンは握手しようせずに眉をひそめる。


「……お前は入るな。敵意がある」

「当然のことだろう? 私の大切なアリス嬢に、君が危害を加えないという保証がどこにもないのだから。ただ、私が警戒しているのは君だけだ。小屋の中にいる女性に私の敵意が向くことはないと断言しよう」

「女性?」


 アリスが伯爵を見上げ、フランケンは僅かに目を見開く。アリスと目を合わせ、伯爵は小さく頷いた。


「ああ、歳は恐らく10代後半、アリス嬢と同じくらいだ。しきりに何かを編んでいるようだね。セーターだとは思うが、どうだろう?」


 問いかけられたフランケンは、伯爵を見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「……俺には、分からない。入れ。三人目にも伝えろ」

「あ、ありがとう! お邪魔します」


 フランケンが小屋の扉を開け、アリスは一礼してから足を踏み入れる。伯爵は眷属の送信用コウモリに向けて「我々も入っていいらしい」とジャックに連絡をした。

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