条件提示 ―進言―
正直なところ、チェシャ猫を守れた時点でアリス的には上出来だったのだ。しかし「オズに会わせて」と言った手前、それなりに大切な話を持っていく必要がある。オズが食いつくと確信できるのは、マーリンの話題だけだった。
「貴方は科学の力を超える魔力を恐れた。だから排除する法律を作った。けど、魔力は……信じられないかも知れないけど、魔力を信じる人がいないと存在自体が衰えるの。貴方の法律と政策で、街の人は魔力を信じなくなった。だからもうマーリンさんは……自分で歩くことも出来ない状態になってる。私がこうして断言するのは、実際に会ったから」
「非常に興味深いが……奴のことだ。お前ごと謀っている可能性も否定できまい」
「私が知ってる三百年前のマーリンさんが出来ていたことを、やっていなかった。少なくとも、私の前では。魔力と体力の衰えを感じてるからだと思うけど、お弟子さんをとって、一緒に暮らしてた」
「弟子?」
「前に私と一緒にエメラルドシティの工場地区に来た、ジャック・ビーンズさん」
駆け引きの仕方など、今のアリスには考えつかなかった。ただ、間違いない真実を語ることで、オズにも分かって欲しかった。そちらの思惑通り、魔力は衰退している、と。
真直ぐにアリスへ向いていたオズの視線が、やや右に逸れる。アリスの発言を受け、オズも考えているのだろう。発言の信憑性、アリスの意図、次に投げる質問……あるいはその全てを。
「マーリンさんは、貴方に追われる理由も察してた。貴方が、不老不死の研究をしていて、魔力の利用も視野にいれてるって。でも、私が見てきた限り……もうそんなすごい魔力保持者はこの世界にいない。貴方はマーリンさんの反逆を警戒する必要もないし、同じように、マーリンさんの魔力で研究を支援してもらうこともできない」
畳みかけるようにつらつらと喋ったアリスはそこで口を閉じ、オズも黙ったまま。二人の間に、渦巻くような沈黙が流れる。言いたいことは一通り言えた。どう捉えられるか、そして、状況が好転するかどうかは、オズ次第だが。
「二つ質問がある。不老不死の研究について、いつ知った?」
「えっと、吸血鬼の古城に連れていかれる直前」
初めて質問合戦をした時もそうだったが、オズの質問は意図を掴みづらい。それが何なんだ、という返しをしたくなるが、絶対に意味がある。彼の中で立てられる仮説が、今の質疑応答でより確かな証明に変わったのだろう。
「ではもう一つ。取引によって私の駒になる覚悟はあるか?」
「駒?」
「喜べ。私はお前に価値を見出したのだ。見せしめとは別の、利用価値をな」
椅子から立ち上がったオズは、カツカツとアリスの前まで歩み寄り、前髪を掴んだ。
「殺すのは見送ってやる。お前は、私の創った不良品と接触したいのだろう?」
その瞬間、アリスの目が見開かれたのを確かめ、オズは鼻で笑った。バカにされたのは分かったが、それも仕方ないと納得せざるを得ない。
オズがした二つの質問のうち、二つ目はアリスの覚悟がどれほどかを尋ねるものだった。つまり、オズがアリスの思考や目的を見抜くのに要したのは、一つ目の質問のみだったということになる。絶対に何か意味があると身構えていたのに、深読みすべきだと思っていたのに、オズの思考には追いつけないのだと痛感した。思考力や洞察力において全く勝ち目がない、と。
「それで? 二つめの質問の答えをもらっていないが」
「取引ってことは、私も条件を言っていいの?」
「条件によってお前は、私の駒として最大限の効力を発揮できるのか?」
「できるって判断できたらやる」
アリスの曇りなき表明に、オズは掴んでいた前髪を放した。
「お前に与える任務は一つ。私の創った不良品……フランケン・シュタインと名乗る怪物を、処分しろ。必要な情報があれば渡してやる」
「処分って、あれは、生きてるのに……」
「言葉を発するただの機械だ。私の期待する駆動をしなかったから処分する、間違っているか?」
白衣のポケットから小さな瓶を取り出し、中に入っている錠剤を一粒口に入れるオズ。ボリボリと噛んでから飲みこみ、話を続ける。
「失敗作とは言えプログラムは一級品だからな。身体能力は少なく見積もっても常人の数十倍ある。エメラルドシティから討伐軍を派遣させ余計な犠牲と無駄金を出すのは本意ではない」
国民をフランケンと交戦させるより、異世界から来たアリスを向かわせる方が、エメラルドシティとしての出資は少なくて済む、ということだろう。独裁者ながら国のことをよく考えているオズに、アリスは若干感心に近い気持ちを抱く。国民に支持されているだけのことはあるようだ。しかし、フランケンのことはあくまで「機械」として考えるらしい。
そしてここからがアリスの勝負所だ。オズの与えた任務をこなせるのか。そのために提示すべき条件は何か。言うまでもなく、アリス単独ではフランケンを倒すことなんて不可能だ。戦力が要るが、エメラルドシティから同伴者を出してもらえそうにはない。武器を貸してもらったところで、フランケンに太刀打ちできるかというと断言できない。それに……アリスがオズに約束してもらいたいこともある。
処刑覚悟でココまで来たのだ。どうせならマーリンやチェシャ猫、アリスを助けてくれた仲間を守れるような条件にしたい。けれど、ここで約束を取り付けても、オズがアリスに内緒で地下森林を潰しに行ってしまっては、アリスにはそれを感知することも、防ぐこともできない。
「さぁ、お前の番だ。条件があるなら言うがいい」
「……私一人で向かっても、フランケンには勝てない。協力者を連れて行きたいの」
「エメラルドシティから人材を提供しろと?」
「いいえ。一緒に来てもらいたいのは、貴方が今捕らえている吸血鬼・ドラキュラ伯爵」
初めてだった。アリスの言葉によって、オズの方が驚きを隠せなかったのは。さすがの彼も、捕縛している実験材料を貸せと言ってくるとは、予想していなかったのだろう。
「…………お前はなかなか私を楽しませてくれる」
「私は、前にいた時代で伯爵と面識がある。その時も、血を対価にして力を借りたから、今回も頼んだら動いてくれると思う。彼は普段とても穏やかな性格だけど、私が血を与えればフランケンにも対抗できる力を発揮する。実際に見たこともあるし、任務の成功率も上がるって保証できる」
「なるほどな」
「それと、今のはフランケンを討伐するために必要な支援だから、もう一つ言わせて。私が駒になる条件は、マーリン一派と呼ばれる魔力関係者を、もう二度と捜索しないこと」
「何だと?」
「さっきも言ったけど、貴方が作った法律によって人々の意識が変わったから、魔力の存在そのものが消えつつあるの。それなのに探し出して自分の研究に協力させようだなんて、やめて欲しい」
「その情報はまだ、私の中で信憑性が低い」
「でも真実には変わりない。この世界にいる魔力保持者や獣人の割合が減ったのが、何よりの証拠じゃないの? 私が前にいた時代は、半分くらいいたのに……。素質を持っていても、社会環境が魔力の開花をさせなかったってことじゃないの?」
人間は環境に左右されるものだ、と、歴史の先生が言っていた。環境が育む意識もあるし、環境が作る習慣もあるし、環境で伸ばされる能力もある。きっと、魔力も同じなのだ。必要が無いから、悪しきものだから、そういう意識のもとで退化してしまったのだ。
「別にそれが悪い変化だって言うつもりもないし、貴方が国のトップとして国民を守っているのは分かってるつもり。だからって、私を助けてくれた人たちが肩身の狭い思いをし続けるのは嫌なの。せめて、命を狙われる恐怖からは解放して欲しい」
「……了解した。条件を呑み、捜索は一切打ち切ろう」




