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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第2章:Mechanical Heart
129/258

二の次にする女 ―判断結果―

  ***



 少女が編み物を始めてから、もうすぐ一年になる。来る日も来る日も決まった植物から糸を作り、編み続け、糸が足りなくなればまた()って作り……の繰り返し。

 話し相手などいない。遊び仲間もいない。どちらも、今の彼女には必要のない存在だった。編み物の仕事こそが彼女の生きる理由であり、また、未来への希望でもあった。

 一心不乱とはよく言ったもので、編み物をしている間は空腹すら忘れることができた。ただ時折、腰かけたまま気絶するように眠り、目を覚ます。本当なら仮眠を取る時間すら惜しいのだが、どうしても眠気がおさまらない時は、冷たすぎる水に掌まで(ひた)し、冷やした掌を首筋や頬にあてた。

 いつだったか、その仕草だけを見かけた誰かが、彼女を魔女と呼んだ。しかし、最も忌まわしい呼ばれ方に嘆く暇すら惜しく、やがて彼女は人里を離れ、空き家でひっそりと編み物をし続けるようになった。


―「ごらん、あれが北斗七星、大きな熊の尻尾だよ」


 夜空を見上げれば、彼女の心は満たされた。氷のような水、凍てつく風、白く染まる息、それら全てが人肌の温かさとなって、沁みわたっていくように。優しい兄達との思い出は、寒さにかじかむ彼女の指が動きを再開させるための充分な理由になった。

 小屋で一人、ひたすらに完成を目指し、編み続ける。そんな孤独ながらも穏やかな毎日は、三週間ほど前、突如として一変させられてしまった。


―「怖ケレバ、叫ベ」


 感情を捨てた覚えはないが、叫ぶことはできなかった。彼女の絶対的指針とも言える覚悟が、叫び声を発することを許さなかったのかも知れない。

 何の前触れもなく現れた巨大な怪物は、勝手に彼女の家に住みつき、出掛けては物資を持ち帰って来る。編み物をするためだけの小屋は、みるみるそれ以外の物で溢れていった。


 彼は今日も、読書をしている。この二、三日で、発する言葉も随分と流暢(りゅうちょう)になって来た。音を出す機械のようだったのに、いつの間にか、彼の所作(しょさ)の節々に少年のような純粋さを感じ始めていた。


「読みたいか?」


 彼の頭がぐるりと彼女の方を向く。慌てて首を横に振り、編み物を再開させた。



  ***



 カーレンが連れていかれる光景を目にしたことで、アリスは考え始めた。頭が重く、きちんと回っている気がしない。けれど、この牢から脱出する術を何とかして見つけなくては。暴走状態とは言え、伯爵は牢の錠を閉めてから別室へと戻っていった。エサを逃がさないための本能的行動なのだろうが、聞こえた音はガシャンという一回……ならば、鍵は簡易的な物に違いない。


「あの、すみません……内側から、鍵は開けられないんですか……?」

「出来ればとっくにやってるよ、鍵はあそこさ」


 アリスの質問に答えながら、彼女は牢の上部を指差した。高い。立ち上がっても、全員で肩車しても、届きそうにないほど、高い位置にあった。5メートルぐらいだろうか。

 そうか、と初めて気付く。四隅(よすみ)にあるランタンは、鉄格子の真ん中部分に(くく)られていたのだ。ランタンの位置が牢屋の天井部分だと、アリスは思い込んでいた。


「ここは古城だからね、天井も無駄に高いんだ」

「肩車したって届かなかったよ。それに、あの化け物がいるんだ、奇跡的にこの牢を出られたところで、追いかけられたら逃げきれっこない」


 4人の女性たちには、希望を抱くだけの精神力が残されていないようだった。

 だからこそ、アリスは考えなくてはならないと自分に言い聞かせる。根拠のないポジティブシンキングは、不満と怒りを増幅させるだけ。求められるのは、突破口。女性たちも納得するだけの、絶対的(・・・)な希望。



「……探知機は、この辺にあるんでしょうか……?」

「え?」

「エメラルドシティのそこら中にある、探知機です。この辺りには……?」


 アリスの問いに、女性たちは迷いながらも口々に返す。


「ここらは郊外だろうけど……まぁ、近くにあるんじゃないのかい?」

「いいや、あるはずさ。古い施設や遺跡の付近には必ず点在させてるって、前にオズ様が演説で」

「それ、アタシも聞いたことあるよ」

「けどそれがあるからって何なんだい? あの化け物は吸血鬼だ、魔力探知機には引っかからないだろうに」

「…………引っかかります」


 言うべきか言わざるべきか、悩んだ。けれど、ここから出られるという希望を彼女たちに与えることが最優先だと、アリスの中で定まった。


「伯爵じゃなくて、私が(・・)引っかかるんです」

「アンタ……何、言ってんだい?」

「魔力探知機に引っかかるって……それじゃあ、まるで……」


 困惑を通り越して、彼女たちの声色には恐怖が混ざり始める。それを肌で感じながら、アリスは思い切って立ち上がり、告げた。


「私が持っているこのネックレスは、魔法具です。私はオズに追われている身だから……私がここに居れば、オズの軍は必ず来る。私を捕まえるためと、そして……皆さんを助けるために」


 息を呑む4人。壁にもたれて立つのがやっとのアリスに対し、無意識に距離を取る。


「魔法具、だって……?」

「追われてるって、オズ様への反逆者じゃないか……!」

「ちょっと待ちな! アレが魔法具なら、さっき言ってた『武器じゃない』っていうのは、嘘ってこと!?」

「そ、それは違います! この魔法具は、盾や壁にしかならなくて……」

「信じられるワケないだろ! この反逆者!!」


 打ち明ける前にある程度の覚悟はしていたが、予想以上にこたえた。

 オズによって浸透させられた魔法への嫌悪や疑念は甚だしく、アリスは悟る。自分の発言はもう、彼女たちに一切聞き入れられることがないのだと。

 しかし皮肉なことに、彼女たちの言動に勢いが付き始めたとも感じていた。先程までの、ただ失血死を待つだけの絶望に囚われていた様子と、明らかに違う。4人とも、アリスに対して攻撃的な態度を取れるほど、元気になっている。その変化が、確かに伝わって来ていた。

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