謁見(とんだ勘違い)
「着いたぞ、降りられるか?」
「えっと……」
「……乗れないならば降りられないか。これを持て。こちらの手は、ここに掴まっていろ」
「はい」
アリスの右手に馬の手綱を軽く握らせ、左手には馬具の端を掴ませ、彼は先にヒラリと降りた。
「どこか体は痛めていないか?」
「わっ、」
次の瞬間、アリスの体が持ち上げられる。表情一つ変えないまま、彼は「もうそれは離していい」と指示を出し、アリスを馬から降ろした。
不意に持ち上げられてから自分の足が地面に付くまでの時間を、とてもとても長く感じた。射抜くような彼の視線があまりに強く、逸らせない。長いこと日焼け止めもせずに外を歩いていたせいだろうか、ふらつきそうに顔が熱い。
昔読んだ絵本では、「王子様」というものはほとんどが金髪か茶髪で、優しい笑顔が特徴的で、自由奔放な性格で描かれていた。今アリスの目の前にいるのは、散りゆく前の銀杏の葉を思い出す朽葉色の髪で、整ってはいるものの笑顔など想像もつかないくらい無愛想で、自由奔放よりも勤勉実直で冗談が通じなさそうな印象。
にもかかわらず、彼に対して抱いた気持ちはありきたりで子供っぽい純粋な……ときめき。
「王子様みたい……」
その感想が声に出ていたと気付いたのは、「ふふっ」と誰かがふき出した声がしてからだった。
「えっ!?」
慌てて振り向いた先には、店で出会った藍色の髪の青年。必死に堪えようとはしているがあまりに笑えてしまうのでどうしようもない、という様子だ。何がそんなに面白いのか全く理解できないアリスを前に、彼は右手で謝る仕草を見せながら言った。
「すみませんお嬢さん、こんなに笑ってしまうのは失礼だと思ったんですが……あいにく王子どころかお妃もまだ娶っていないんですよ。ね、国王陛下」
「うるさい」
ふいっとそっぽを向き、馬番(らしき使いの人)に手綱を預け、彼はスタスタ歩き出す。
アリスの方はというと、与えられた情報を処理し、先ほどの自分の発言を顧みて、藍色の青年が笑いまくった理由に行きつき……青ざめた。
「こ、国王ってことは……あ、あなたが、有名な……!」
「あれ? もしかして名乗ってなかったんですか、アーサー王。だったら勘違いされるのも仕方ないですね、童顔ですし」
「何か言ったか? ヴァン」
「いえいえ、何でもありません。さあ、私達も行きましょう。ご案内しますよ、お嬢さん」
藍色の青年も歩き出すが、アリスは足を動かすことができずに立ちつくす。ただ、王様を王子様扱いしてしまったことが(どれほど失礼な行為か計り知れないがとりあえず)とんでもなく失礼であることを悟り、後悔の念に駆られていた。
まして、これから協力を仰ごうというのに、何て失態だ。第一印象がマイナスからのスタートでは、結果は絶望的。王様は自分の馬に乗せてまでアリスを運んでくれたのに、それに対して「王子様みたい」とは失礼千万だ。そうだ、謝らなければ。
アリスは緊張ですくむ足を動かし、王宮の扉を潜ろうとしたアーサー王に呼びかけた。
「あ、あのっ! ごめんなさい! 私、知らなかったとは言え、変なことを……失言でした、ごめんなさいっ……!」
足を止めたアーサー王が振り向いたので、ぐっと頭を下げる。今向けられている視線は、恐らく初めて店で会った時に向けられた威圧的なものだろう。この状況であの視線は耐えられない。緊張と恐怖で今度こそ逃げだしてしまいそうだ。
「別にいい」
その一言の直後、彼が再び歩き出す音。拍子抜けしながら顔を上げるアリスに、ヴァンと呼ばれる藍色の青年が微笑みかける。
「ああ見えてうちの陛下は寛大なんですよ、女性に対しては、ですけどね。そうだ、私もきちんと名乗っていませんでしたね。ヴァン・ヘルシングです。ミドルネームはありますけど聞かないでいてもらえれば」
「よ、宜しくお願いします。私は、」
「アリスさん、伺ってますよ。キャメロットの王宮へ、ようこそ」
***
応接室に通されたアリスに、ヴァンは先ほど買ったというお茶菓子を用意してくれた。それを口にしながら、アリスは考える。
キャメロットの王宮は見た目こそ立派な白い壁で囲まれているものの、内装はどちらかというと大きなお屋敷……いわばヨーロッパの一般家庭の家をそのまま拡大したような雰囲気だった。
フローリングに質素なカーペット(ただしサイズは大きい)、本当にサンタクロースが通って来れそうな大きめの暖炉、シャンデリアではなく街に売っていそうなランプ(ただしサイズは大きい)。
そう言えば店で会った時も麻のマントやら使いこまれたブーツやらで、あまりお金をかけているようには見えなかった。だからこそ国王陛下だという選択肢は最初に切り捨ててしまったのだが。
「美しいですね」
「え?」
「噂には聞いていましたが、原物を見るのは初めてです。マレフィセントの涙……その効力は『現状維持』だとか」
「ええ、そうみたいです」
「あなたの首からは外せないと伺ってます。…なるほど、茨の蔓が縒られた紐のようですね。見た目だけで言うなら、マッチの火で焼き切れてしまいそうな作りだ」
「ま、まさかソレ試したりは……」
「あはは、試しませんよ。万が一でも大切な勇者さんに火傷など負わせるわけにはいきませんしね」
この世界の人は相手が笑えないレベルの冗談が好きなのだろうか。ヴァンの愉しげな表情に、ハートの女王の微笑が重なる。
けれどともかく、このキャメロットの王宮でもアリスという勇者は命が保証されている存在、ということで間違いないらしい。打ち首になることはなさそうだ、と、ようやく少し安堵した。
「待たせたな」
「あ、アーサー王様!」
突然扉が開き、入って来たのは衣服を替えたアーサー王。深緑のマントはベルベットだろうか。ランプの灯りが流れるように反射されていく。
驚いて立ち上がったアリスに「座ったままで構わん」と言いつつ、自分も向かいの椅子に腰かけた。
「ロゼから手紙があったからな、勇者なる者が訪れることは分かっていた」
執事が持って来たラテを一口飲み、アーサー王はアリスと魔法石を見つめる。
「それで、勇者アリス、お前が望む支援とは何だ」
「えっ、と……」
情けないことに、尋ねられて初めて「何が必要なのか」を考え始めた。
ただ、ここに来た目的はハッキリしている。マレフィセントの涙を捨てに行くこの旅を、より安全に進めるための助けが欲しいのだ。その助けとは、具体的に言うのなら……アリスは必死に考えた。この世界に来て一番頭を働かせたかも知れない。
「アヴァロンが、危険って聞いて……」
「確かに、容易に奥地まで踏み込めまい。目的地は、モンス・ダイダロスだったか」
「はい。ですから……あの、モルガンの魔法に対処できるような……倒せるような、力を貸していただきたくて」
そう口にした瞬間、何となく脳裏を違和感が走った。が、支援を受けられるか否かの大事な場面で余計なことを考えてはいけない、とそれを振り払う。
アーサー王はジッとアリスを見つめたまま、5秒ほど無言を通し、視線を逸らして3秒ほど思案し、小さく言った。
「……なるほど」
残念ながら声色から汲み取れる情報はなし。アリスは姿勢を固まらせたまま息を呑む。恐ろしく長い沈黙で、何もしていないのに心臓が飛び出そうだ。こんなにゆったりした緊張を味わうくらいなら、今すぐ駆け出してアヴァロンに向かってしまいたい、とさえ思う。
「アリス、大変申し訳ないが、その要望には応えかねる」
「……え?」
「知っての通り、現在キャメロットは国境付近にてアヴァロンと交戦中だ。また、最近妙な輩が中心街に潜伏しているとの情報もあり、警備に人員を割かなければならない状況にある。ただ、何一つ助力できないというわけではない。ロゼの手紙にあった『アヴァロンおよびモルガンに関する情報』ならば、いくらでも提供しよう。ヴァン、地下の書庫の鍵を彼女に渡しておいてくれ」
「畏まりました」
「これまでの交戦状況は全て記録させている。無論、先日の2地区制圧を受けた際も例外ではない。必要ならば転記を認めよう」
最後に、滞在中に使っていい個室の場所を伝え、アーサー王は退室してしまった。呆然とするアリスに、鍵を取って戻って来たヴァンが呼びかける。
「アリスさん、アリスさん大丈夫?」
「あ、はい……」
「大丈夫じゃない人の受け答え方ですよ、それ」
「そう、ですよね…」
要望をあっさりと断られ衝撃を受け、アリスはようやく気付いた。
いつの間にか、呆れるほど高慢になっていたのだと。勇者であることは偉いことであり、認められることだと思いこんでいた。ハートの女王が自分をすんなり受け入れ援助してくれたことが感覚を鈍らせたのかも知れないが、それは高慢を生んだ要因のほんの一部に過ぎない。
「私、余所者なんだ……」
受け入れてもらうにも、肩書きだけでは不十分。仲良くなろうにも、握手だけでは全然足りない。そんな存在が、あろうことか一国の主に助けを求めたところで……
「勇者って、みんな余所者でしょう?」
ずんずん落ち込んでいたアリスの耳に、軽やかな問いかけ。藍色の瞳を細めて微笑むヴァン・ヘルシングは、アリスの右手に書庫の鍵を握らせた。
「すみませんね、陛下はプライド高くて。現在アリスさんの要望に応えることが理論的に無理だって、正直に言えなかったんですよ」
「理論的?」
「ええ。これまで交戦を繰り返してきて、モルガンに大きなダメージを与えられたためしがないもので。情けない話、いつも引き分け止まりです」
つまり、アリスの言った「モルガンを倒すための力」に見合う支援は行えない、ということになる。だとすれば自分は頼み方をまちがえたのではないだろうか……アリスはふと、支援を申し出た直後に違和感があったことを思い出す。しかし、もう断られてしまったのだ。資料を見せてもらうことで話が片付いてしまった。今、自分に出来ることは、ただ一つ。
「ヴァンさん、」
「はい、何でしょう」
「この鍵って、地下の?」
「そうです。ご案内しますよ、少し暗いトコなので」




