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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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疾走(緊張+強引)

 王室のスフレ取り扱い店から南に小路(こみち)五本分進んだ裏道。中心街にある教会で、鐘が鳴っているのだろうか。残響に反応するかのように、古びた塀から小鳥が飛び立つ。

 その行き先にある空と雲をぼんやり見つめ、弾幕のかかった街灯の上、チェシャ猫は大きな欠伸と背伸びをした。


「ふぁ、あ……これで全部か。こんなのが頻発(ひんぱつ)したら心身ともにクタクタだよ」


 そう呟く彼の雰囲気こそ平常と変わらないものの、その手はスフレを食べていた時とはうって変わった獣の手。「チェシャ猫」の名からは想像もつかない、似つかわしくもない、狼のような手だった。


「さてと、物品調達ってことにしたんだっけ」


 街灯からスタッと降り立ったチェシャ猫の耳が、一つの足音をキャッチする。だがその方向には目もくれず、両手をぶんぶんと振って人型の手に戻すと、気絶し道に倒れている男たちから短剣や爆薬、その他売れそうな金品類を回収した。例のブレスレットは、念のため全て踏みつけて破壊しておく。光の粉のような(ちり)がサラサラと風に溶けていった。


「まったく……頼むよ軍司サマ、こーゆーのは俺に割り当てられた役職の管轄(かんかつ)外なんだからさぁ」

「失礼極まりない森番だ。僕が察知した分は一人も取り零していない」


 アリスたちを店に残し来た道を戻っていったマーチ・ヘアが、裏道の更に入り組んだ方から姿を現す。その腰には、チェシャ猫が拾い上げたのと同じ型の短剣がさげられ、白い手袋には(わず)かな泥の()ねがあった。


「え? だったらコイツら…………もしかして、あちらさん一枚岩じゃなかったりするのかな」

「見ろ、僕が片づけた奴らがつけていたバッジだ」


 パスされた銀のバッジに刻まれた紋章を見て、チェシャ猫は「ふぅん」と一声。


「一体どこから情報が漏れたのか……何にせよ、王宮で話を聞けば分かることだ。急ぐぞ」

「それじゃあまず、アリスちゃん迎えに行かなきゃね」



 ***



 仕方のないことだ。この世界に来て数日、確実に帰る術も分からないまま旅をしろと言われ、知らない国(援助をしてくれた場所)から知らない国(援助が期待できると言われた場所)へ移動したのだから。顔見知りなどいるはずもないし、逆に顔見知りが存在したらおかしい。


 …という弁解を、平常心のアリスならば口にできただろう。だが無一文であることで緊張状態に陥っていたことと、声をかけてきた彼の所持品と雰囲気が大変物騒だったことが、それを不可能にしていた。


「キャメロットは初めてか」

「あ、えと……はい……」


 大きな剣。光沢のある太い柄と、装飾が施された(さや)。背負っているのは、狩り用の弓矢だろうか。また、大きな麻のマントで外見の大半が覆い隠されているものの、ところどころ破れた革のブーツ、威嚇するような声色、鋭い眼光、フードの奥に垣間(かいま)見える濃い朽葉(くちば)色の髪……読みとれる情報全てがアリスを追い詰めていた。

 キャメロットには、入国許可証が必要なのだろうか、この人は市民に紛れた見張りだろうか、だとしたら無銭飲食及び不法入国で打ち首確実……だろうか……。そこまで考えが至り、アリスは頭を下げた。


「ご、ごめんなさいっ……連れが、連れが帰って来ないの! わ、私っ……どうしたら……」


 しっかり者のマーチ・ヘアだけではない。嫌味だらけなチェシャ猫ですら恋しく思えた。叶うならマーリンをこの場に召喚したい。膝の上で震える握りこぶしを見つめることしか出来なかった、その時。


「お待たせ……って、何してるんです?」

「丁度いい。お前、この娘を見たことがあるか」

「え?」


 下げた頭を恐る恐る上げると、同じように麻のマントを羽織った藍色の髪の青年と目が合った。慌てて再び下を向いたアリスを見て、彼はふっと笑みをこぼす。


「そりゃ見慣れないでしょうね、入国はさっき?」

「は、はい……」

「ほら、例の。首に()げてます」


 藍色の方は朽葉色の方にそう耳打ちし、店内を見回した。


「護衛は? 二人いるって伺ったんですが」

「戻って来ないそうだ」

「でしたら一先(ひとま)ず王宮にお連れするしかないでしょう。見つけちゃったことですし。お嬢さん、馬は?」

「いえ、歩きです……」


 アリスの返答に二人は顔を見合わせ、そして……藍色の方が先に背を向けた。


「では、私は先に戻りますんで。よろしくお願いします」

「なっ、おい!」

「お茶菓子は人数分買いましたからご心配なく」

「ヴァン……! ……はぁ」


 外に待たせていた馬に跨り、藍色の方は颯爽(さっそう)と大通りを駆けて行く。残された朽葉色の方は大きくため息をつき、アリスに問うた。


「名は、アリスで間違いないか」

「はいっ」


 もうこの問いかけには慣れた。本当は違うが、キノコの森でぼそっと名字だけ答えてしまったから、仕方ない。悔んでも悔やみきれないが、仕方ない。この世界にいるうちは誤答を正答にしておこうと決めた。


「お前は緊急の客だ。来い」

「えっ、あの、私まだお金……」


 腕を引かれて立ち上がったアリスは、咄嗟(とっさ)に懸念を口にする。すると彼はカウンターにいる店長(らしき中年男性)に向かって言った。


「つけておけ」

「畏まりました、お気をつけてお帰り下さいませ」

「ああ」


 2秒で無銭飲食未遂を解決し、彼は裏口に繋いでいた馬の元へアリスを連れてきた。


「乗れ」

「えっと……」


 乗馬は未経験だが、小学2年生のときポニー体験ならしたことがある。確か、紐を掴んで足をかけて……

 (ひづめ)を見つめながら必死に思い出そうとするアリスの様子から察したのだろう、「乗れ」と指示した彼が軽やかに(またが)った。


「乗れないなら初めから言え」


 お言葉ですが喋る(すき)と心の余裕を与えてくれないのはそちらです、と反論すべく顔を上げ、アリスはそのまま固まった。

 馬に乗るときの動きでフードがずり落ちたらしい。彼の朽葉色の髪は、燃える夕陽に溶け込んでいた。シンクロする暖色があまりに美しく、文句の内容も、文句を言おうとしていたことさえも、忘れ去られる。


「ほら、手を貸せ」

「は、はい……」


 差し出された手を握るのに、驚くほど躊躇(ためら)いはなかった。そのままアリスは持ち上げられ、彼の前方に横向きで座らされる。彼は片手で手綱(たづな)を握り、片腕でアリスを強く抱き寄せた。


「少し急ぐ。揺れるから掴まっておけ」

「え……きゃっ、」

「はぁっ!」


 彼の右足に脇腹を叩かれ、馬が(いなな)く。と、次の瞬間ものすごい風圧が襲ってきたので、言われた通りしがみつくように彼のマントに掴まった。


 大通りから一本裏に入った道を、駆け抜ける。まさに疾走。目を開けて景色がどんだけびゅんびゅん通り過ぎるか見ておきたかったが、そこに(こだわ)っていれば多分、眼球が乾燥してしまう。相当な速さに通行人も驚いているのだろう。時折歓声のような、熱のこもった声が通り過ぎていく。

 自分を運んでいるこの人はきっと、武勇伝をいくつか持っている偉い有名な将軍あたりなんだ、とアリスの思考が暫定(ざんてい)的な結論に辿りついた頃、振動が少し弱まり、風の音も優しくなった。


「わぁ……」


 そっと目を開けたアリスの視界には、スフレ店のある大通りを中心とした街の全容が広がっていた。夕陽によって長引く建物の影が、美しいコントラストを作り出す。

 どうやら王宮は小高い丘の上にあり、登るために馬を減速させたらしい。

 街の方から聞こえる陽気な音楽。鳥の鳴き声、子供たちの笑い声。木々の葉が擦れ合う音、街の向こうに流れる河が反射する夕陽。絵本に描かれる「平和」や「幸せ」が具現化したような光景に、アリスの緊張状態は解かれていく。


「なかなかの絶景だろう」


 彼も、アリスと同じく街を眺めていた。店での威圧感が演出だったのかと思わせるほどの、細められた瞳と優しい眼差(まなざ)し。朽葉色の髪は風に揺れ、やはり夕陽と一体化する。暖かく輝いているのは彼の方かと錯覚してしまいそうだ。


「彼らが創り上げた風景だ。ゆえに……尊い」

「……はい」


 馬上の揺れさえも、心地よくなる。彼が腕一本で支えてくれているだけで、安心できる。威圧的な態度と命令口調にビビっていたことが、バカらしくなってくる。まるで小学生の遠足でバスに乗っている時みたいな、ふわふわした気持ちに包まれた。

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