エピローグ2 ―国王の休息―
「うわぁ、結構やんちゃしましたね」
終戦後、ハートキングダムから駆け付けたマーリンの転移魔法によって、ヴァンが来た。俺の怪我の具合を見て最初の一言がそれだ。
「無茶し過ぎですよ。姉君も相当怒ってたんでしょうけど、それを全部受け止めようとなさったんでしょう」
「御身は一人のものではなく国家を背負っておられるのですぞ。もっと謹んで行動なされませ」
「二人がかりで小言をぶつけてくるな、今の俺は怪我人だぞ」
「関係ありません。むしろ私は、ここぞとばかりに言わせてもらうつもりです」
「同じく。陛下に私どもの考えをお伝えする良い機会でございますからな」
「勘弁しろ……まったく」
目を閉じ顔を背けたところで、二人の小言は湯水のように溢れてくる。
エクスカリバーがあっても魔力保持者とのタイマン勝負は危険だ、アリスがクラウ・ソラスを使えなければ危なかった、そもそも単独でアヴァロンに向かったのが早計だった、日頃から単独で王都の様子見に行くのはよせ、交易の書類をトリスタンに任せるのはやめろ、外出時の麻のマントはみすぼらしい、スフレばかり食べては栄養が偏る……
「おい、今回のこととずれてないか」
「いいえ陛下、日頃の行いから正さなければ、有事の際に思わぬ形でツケが回ってくるものです」
「ヘルシング卿のおっしゃる通りですぞ」
2対1の現状では、どうにも分が悪い。仕方なく、大人しく聞き入れる素振りをしながら聞き流すことにする。
と、不意に扉がノックされ、ガヴェインが入ってきた。
「失礼するぜ、アーサー様。身体はどーなんだ?」
「横になっていれば問題ない。それより何かあったのか、ガヴェイン」
「ああ、ちぃっとデカい建物がグラついてたんだが、ついさっきとうとう崩れちまって……何人か閉じ込められてるらしいんだが、俺一人じゃ足りねぇんだ。マーリン、一緒に来てくんねぇか?」
いつになく真面目に頼むガヴェイン。
「大丈夫ですよ、マーリン。重傷・重体の面々は私とルーカンで引き受けます。街の方を頼めますか?」
「そうですな、お任せを」
一礼したマーリンは杖をふるい、ガヴェインと共にリスティス城下の街へ転移する。
「さてと、これを機に義手と義足にしてみます? 実は新しいタイプを作ってみたんですが」
「遠慮する」
「それは残念」
局所麻酔を打ち、傷口を縫合していくヴァン。意識が多少ぼやける中、俺は尋ねた。
「アリスは」
「ご自分の国に帰ったそうですよ」
「……そうか」
「あんなに勇敢で一生懸命な女性、世界中を探してもいないでしょうね」
「……そうだな」
「ガヴェインやルーカン、それにランスロットも懐いたらしいじゃないですか」
「……ああ」
「猫さんもせめて、別れの挨拶くらいはさせるべきだったと思うんです」
「……そうだな」
「もったいなかったですね」
「……ああ」
「だから、入国した際にお妃にしちゃえば良かったんですよ」
「…………何でそうなる」
「あれ? 残念。流れで『そうだな』っておっしゃると思ったのに」
「ヴァン、」
「怒らないでくださいって、冗談です」
俺が睨んだところで、ヴァンはいつもの微笑を向けるだけ。
と、そこで再び部屋の扉がノックされる。
「入室可能?」
「どうぞ」
「陛下、お加減」
「大事ない。ありがとな、ルーカン」
「ホント、陛下はルーカンに甘いですよね。縫合してるの私なんですが」
「感謝している。が、お前は余計なことを口走り過ぎなんだ」
「余計でしたか?」
「ああ、非常にな」
「だって、アリスさんのこと気に入ってたんでしょう?」
ヴァンとの付き合いは長いが、未だにこの「何でもお見通しですよ」という自信に満ちた表情は気に食わない。また、俺が気に食わないと知っててその顔を向けるのだから、厄介な専属医だ。敵対する立場でなかったことは、俺にとって救いなのだろうが。
「勇者、また来る?」
「さぁ……ただ、アリスさんが来るということは、この世界が勇者を必要としているってことになります。私個人としては、アリスさんにはお会いしたいですが、できればもう戦争などは御免ですね」
ヴァンがほんの少し眉を下げ、ルーカンに微笑む。
「ルーカンも寂しいですか?」
「多少」
「ですって、陛下」
「俺は何も言っていない」
「そうでした。そういうことにしておきましょう」
「ヴァン、」
「怒らないでくださいってば。治りが遅くなりますよ」
「関係ない」
「陛下、安静」
「……分かっている」
ヴァンが縫合を終え、俺はルーカンの入れてくれた紅茶を飲んだ。カモミールの香りを感じながら、一息つく。
「では、私は他を診てきます」
「ああ、頼んだ」
「ルーカンはココに居てください」
「承知」
再び横たわる俺を見張るように、ルーカンは傍の椅子に腰かける。
「俺は随分、信用されてないんだな」
「陛下、ランス同様。無茶する」
「しないさ。当分は、な」
―「貴方は生きるべき人なの!」
―「帰るべき場所がある! それにっ、貴方はその場所を、自分で守るんでしょうっ!!」
思い出されるのは、彼女の言葉。
俺は、これからもキャメロットを守らなければならない。俺を国王と認めてくれた、全ての民のために。姉上への罪悪感を理由に、逃げてはいけない。それを教えてくれたのは、無鉄砲と思わせるほど勇敢な彼女だ。
「ルーカン、俺は少し眠る。アグロヴァルが落ち着いたら、ここに呼んでくれ」
「承知」
目を閉じた刹那、再び彼女の声が脳裏によみがえった。
―「私は、アーサー様こそキャメロット国王に相応しいと思います」
温かくキリリと澄んだ、愛おしい声だった。




